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至り着き 4

 馬車は小休止を挟み山へと差し掛かった。


 標高は高くないが幅の広い小山の連なりだ。


 ここを越えてしまえば開けた先にすぐ海が見える。


 その湾岸に栄えるのがテルシェデントの町だ。


 車内が暗くなったことでエイファは車窓の日除け布をめくる。


 一行が森に入ったことが分かった。


 森の木々は鬱蒼と生い茂り夕方とまでは言えない時分だというのに薄暗い。


 心なしか道も悪く車輪がよく跳ねるのでエリスは手摺に掴まった。


「山まで来たね」


「ここを越えればテルシェデント?」


「そうですね。予定通り夕方までには着くでしょう。その後現地の諜報員と合流し、翌日はレイトリフ大将のいる政庁に訪問します」


「飯はどうすんだ?」


「ご勝手に」


「皆で食べようよ。僕は牡蠣が食べたいな。名物なんだ」


「行ったことあるの?」


 エイファの問いにセロが嬉しそうに微笑んだ。


「あるよ。リンドナルへ出兵した時と帰還した時にね。経由地になってるんだ。特に出兵した時は楽しかったよ。これが最後の贅沢かもしれないからって、特別手当が出されるんだ。僕とバルトスは美味しいものを食べに行ったんだよね」


「その時から知り合いだったんだ?」


「その時からっていうか、昔からの友達だよ。僕もバルトスも同じ孤児院出なんだ」


「あっ……」


 事もなげに語るセロだったがエイファは二の句が継げなくなった。


 その様子を横目でみたバルトスは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「同情してるつもりかよ。そういうのいらないぜ。優先的に新兵器の試験操者になれたし給料も同期より良かったしな」


「みんなから奢れって凄かったよね」


「仕方ねぇからな、結局皆で飯食いにいって、すげぇ盛り上がったよな! そんで調子に乗って皆であっちの店にも行ったっけな」


「あっち?」


「その話はしないほうがいい、バルトス」


「あれ? そういやお前いたっけ?」


「その話はしないほうがいい、バルトス」


「あ、そういえばお前、尻込みして一人で先に帰っちまったんだよな!」


「その話はしないほうがいい、バルトス」


「不潔ですね」


「ねぇ、あっちってどっち?」


「牡蠣の店の話だよ、エイファ」


「おっ、どういう意味だ?」


「最っ低」


「エリスは牡蠣が苦手なの?」


 あらぬ方向に流れかけていた話がエイファの天然無知ぶりに救われセロは内心で安堵した。


 その顔色を見ながらにやつくバルトスと、そんなバルトスに侮蔑の目を向けるエリスであった。


「いいなぁ、私そういう一緒に楽しんだ同期とかいないからなぁ」


「そうなの?」


「うん、士官候補の在宅勤務って形で家にいたらどんどん昇進していったから」


 エイファの歯に衣着せぬ告白に、にやついていたバルトスが真顔になる。


 バルトスやセロが泥沼の前線に志願し死ぬ思いで装甲義肢の扱いを覚え、僅かな特別給に喜んでいた時、エイファは自分の邸宅で優雅な生活を送りながら兵士の生死を握る立場へとなっていたのだ。


 前線ではないが同じく死ぬ思いで諜報員となったエリスが当初からエイファに喧嘩腰だったのはその背景が気に入らないからだった。


 エキトワ領に配属されてからロブ・ハーストやビクトル・ピークといった歴戦の戦士の背を見て多少は学んだようだが、それでもまだエイファは認められるほどの兵士には程遠かった。


「ええ……なにそれ」


「ゴドリックの闇だな。格差社会だ」


「西部出身の士官によくある話ですね」


「西部の偉い奴らってさ、ゴドリックの始まりの地だかなんだか知らんけど、意味もなく気位高いよな」


「こんな話もありますよ。御当主が趣味の狩りで落馬して勤めが果たせなくなって、代わりに馬鹿娘がしゃしゃり出てきて仕官になって現場を引っ掻き回すっていう地獄みたいな話です」


「ねぇウリック特務曹長、それって私のこと言ってる?」


「ただの伝聞ですが?」


「…………」


 またも小競り合いが始まりそうな雰囲気になった時だった。


 馬が(いなな)き、馬車が止まる。


「なんだ?」


 倒木でもあったのだろうか。


「おおい、何があった?」


 バルトスの問いに御者からの返事はない。


 怪訝に思い顔を見合わせる四人。


 バルトスは半身をねじって進行方向にある御者台側の車窓の日除け布をめくった。


「お?」


 行く手には確かに倒木があり困惑した馬が足踏みをしていた。


 しかしそれを御するはずの御者は御者台の上で斜めに傾き項垂(うなだ)れている。


 見れば脳天に矢が刺さり、僅かに痙攣していた。


 動いているように見えるが既に絶命しているのは誰の目にも明らかだった。


 周囲の草むらが揺れ十数人の男たちが出てくる。


 手には様々な武器を持ち、中には猟銃を持つ者もいた。


 待ち伏せの襲撃だ。


 音に気付いたセロとエリスの目つきも変わった。


「囲まれたね」


「おお、総数不明。銃持ってる奴もいるぞ」


「御者さんは?」


「射られて死んだ」


「野盗でしょうか」


「金品っていうより僕たちの殺害自体が目的かもよ」


「ま。二、三人捕まえて聞いてみようや。それ以外は排除な。逃がすなよ」


「了解」


 瞬時に武装する三人。


 エイファも三人に遅れながらも解除していた装備を手早く身に付けた。


「ちょっとあんたねぇ、私の立場とらないでよ」


「うっせぇ馬鹿。あ、そうだ。おい、これから先は俺がいいって言うまで名前呼ぶの禁止な」


「……? 分かってるわよ! ……?」


「とりあえず諸々の確認しておこうよ」


 じりじりと距離を詰める襲撃者たちは汗を流し緊張していた。


 対して襲われた方が冷静に迎撃態勢を整えていた。

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