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至り着き 3

「私だって帝都にいたいわよ。中将は無実だって多くの声が必要だわ。今だってきっと不当な尋問を受けている。そうでしょう? 中将が反逆だなんて馬鹿げているし、陛下はどうかしてるわ!」


 エリスを睨みつけながらエイファが叫んだ。


 馬車の中に緊張が走った。


 今一度書類に目を落としかけたエリスであったが眼鏡の縁の上からエイファを見つめ返す。


 アルバスは舌打ちし、セロは右往左往した。


「エイファ落ち着いて……ウリックが告げ口したらどうするの」


「ウリック特務曹長です。短い間に二回目ですね、ディライジャ上等兵。そしてサネス少尉、陛下への侮辱は不敬罪に当たります。公言は控えるのが身の為ですよ」


 皆冷静ではなかった。


 セロがエイファを嗜めると言葉尻に反応したエリスが冷たい声を出す。


 そこへすかさずバルトスが噛みついた。


「てめぇも上官に生意気な口聞いてるじゃねぇか、ばばあ」


「ではジメイネス伍長、年長者として忠告しますが反省しない人間は大きな償いをすることになりますよ」


「喧嘩はやめようよ……」


 結成から一週間も経っていない集団などこんなものだろう。


 班のまとめ役であるはずのエイファは平和な駐屯地で熟練の部下の手厚い補佐を受けた温室育ちであり、実戦経験もない名ばかりの少尉である。


 バルトスとセロはつい最近まで泥沼の最前線で命を削ってきた戦場帰りであり、エリスは叩き上げの諜報部員だがエイファと同様に戦地の経験はなかった。


 つまり、あまりにも身を寄せてきた境遇が違い過ぎて合わせられるわけもないのだ。


 それでも皆が一致して思うのは、何故自分たちがこの任務に就いたのかだった。


 確かにアルバス・クランツが使用したと思わしき兵器の出所がレイトリフ大将なのだとしたら、レイトリフの身辺を探るのは自分たちの仕事なのかもしれない。


 しかしバエシュ領にはバエシュ領を担当する諜報員がいる。


 エリスは引き継ぎでバエシュの諜報員と接触する必要はあるが、少なくとも他の三人は不要だった。


 素人たちに諜報の仕事を学ばせようにも、これは失敗の許されない大きな案件なので正直邪魔以外のなにものでもなかった。


 しかも体裁としてはエイファのほうが上司であるためエリス自身は補佐という形に甘んじなくてはならないのである。


 エリスは今までヘイデン中佐と各諜報員との中継ぎを行う立場であり、合間に個人で活動出来る案件を抱えていた。


 つまりエリスにとっても集団行動は久しぶりのことであり実に勝手が悪かった。


 それでもエリスはエイファを帝都に残すのも危険な気がしていた。


 この女はふわふわした正義感を根拠に猪突猛進する癖がある。


 放っておけばヘイデン少佐に迷惑をかけることになりかねないと簡単に推察できるのだった。


「サネス少尉、貴女がアシンダル中将の何を知っているんですか。調整やら検査やらでたまに顔を合わせるくらいでしかない間柄なのに、本当に弁護できるとでも?」


「出来る出来ないじゃないの。しなきゃいけないのよ」


「話になりません。任務に集中してください」


「ま、あのじじいも玩具いじりにしか興味ないみたいな雰囲気出しといて意外と食わせもんだしな。案外本当に国家転覆でも狙ってたのかもしれねぇけどな」


「なんの為によ!? 中将がレイトリフ大将に加担して、何の得があるの?」


「何のって……そんなのは知らねぇよ」


 確かにそれはエイファの言う通りであった。


 ブロキス帝政権下では技術課は破格の待遇を受けていた。


 アシンダル中将が反逆して得することなどない。


 天井を見上げて考えていたセロがぽつりと言葉を口にした。


「……義憤?」


「ねえな」


「ないですね」


「…………」


 セロの呟きにバルトスとエリスが即座に反応する。


 義憤。


 それは確かに対ブロキス帝政下ではあり得なくもない話だった。


 ブロキス政権は独裁色が強く軍事面に偏りすぎているので市井の不満は決壊寸前であった。


 現状、大なり小なりの反乱組織が生まれているのも事実だった。


 かつてその最大勢力になるのではと噂されていたのがレイトリフの一派であった。


 一派には地方領主として中央の腐敗を正さんと蜂起する大義も人望も能力も充分に備わっていた。


 だがアシンダル中将がレイトリフ大将に加担したところで中将の立場の本質は変わらない。


 結局中将の作った兵器で血が流れるだけなので、中将の立場では義を語る資格はないのである。


 それは中将自身もよく分かっている事だろう。


 だから中将は政治を余計に語らずに兵器づくりに没頭しているのだ。


 つまり義憤の線も薄かった。


 義でもなく利でもない。


 いくら考えても本人の告白も状況証拠もない現状では答えなど見つかる由もなかった。


「あるいは意味などないのかもしれませんね」


 嘆息するエリスに皆の注目が集まった。


「東部三領のうちバエシュ領だけ新兵器の投入がありませんでしたからね」


「はっ? なんだよ、お試しで送りつけてみたってか? そんなこと……」


「なくはないね」


「……中将だもんね」


 今まで接してきた中将の性格からいって実にあり得そうな話であった。


「まぁ、考えても仕方のない話ですね。中将の動機は少佐たちが調べていますから。私たちの任務は不正の事実を突き止めること、それだけです」


「僕たちに出来るのかなぁ」


「出来る出来ないじゃなくて、しなきゃいけないんだぜ」


「なによバルトス、急にやる気になっちゃって」


「おめーの真似だよ」


「はっきり言って邪魔なんですけどね。しかし……ヘイデン独立大隊の構成員は現在四百三十一名です。それぞれが諸外国での諜報活動や各都市各機関の監視を担当しています。人数は逆に少ないくらいで慢性的に人手不足なんですよね」


「つまり頭数ってこと?」


「いないよりましって判断なのかもしれませんね。私に言わせて頂ければいると邪魔ですけどね」


「なんだとこのやろう」


「落ち着いて、バルトス」


「今更だけどいきなり新人を当てられるような任務なの?」


「そんなわけないでしょう。諜報員は現職の指名と身辺調査を得てようやく本人への接触があり、かつ各種試験を突破しなければなる事の出来ない精鋭です。あなた方のような行動力だけが取り柄みたいな人たちが入隊出来ただけでも奇跡ですしこんな重大な任務に就かせられるなんてありえない話なんです」


「入隊を希望した覚えはねぇよ」


「希望者を募る制度ではないですからね」


「絶対問題起こすよ……特にバルトスと、エイファ」


「一緒にしないでよ!」


「こっちの台詞だ、ばーか」


 やはり、この人選はあえて問題を起こさせようとしているのかもしれない。


 エリスは言い合う三人を見つめながら大きな溜息をついた。

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