至り着き 2
帝都からバエシュ領へ続く街道を馬車が行く。
東部平原の真ん中は心地よい風が吹き抜けていた。
遠くの山々ははっきりと見渡せ積乱雲が空を飾っている。
行楽日和ともいえる絶好の陽光の下で、蹄の心地よい音と振動に包まれながら馬車は東を目指していた。
反してその車内は険悪な空気で淀んでいた。
乗り合わせるのは男女四人の若者たちだ。
傍目には一般人にしか見えない彼女たちは、しかし軍人である。
それも諜報部の軍人であった。
行儀よく座っているのはエイファ・サネス少尉だ。
端正で品のある顔立ちをしているが今日はその眉根に皺が寄っていた。
目を瞑り、長い睫毛が時折ぴくりぴくりと動いている。
寝ているわけではなく不機嫌を内に溜めこんでいるようだった。
その隣には苛立ちを隠そうともせずに落ち着きなく貧乏ゆすりをする青年が座る。
頬杖をついて外を眺めるバルトス・ジメイネス伍長は景色が見たいわけではなく車内に目を向けるのが嫌なだけだった。
対面で困惑しながら縮こまっているセロ・ディライジャ上等兵は度々皆の顔を盗み見ては力なく目線を落としている。
そしてエイファの前で紙面に目を通しながら涼しい顔をしているのはエリス・ウリック特務曹長だった。
重すぎる空気は帝都から続いている。
主にずっと怒っているのはエイファだった。
バルトスが不機嫌なのはエイファの怒気に当てられたからで特に意味はない。
セロは現状を打開しようと試みてはいるのだが、元から性格が社交的ではないため空回っていた。
「エイファ、そろそろ機嫌直そうよ。いつまでもそうやってても事態は解決しないんだから」
深呼吸をして意を決したセロの何度目かの諫言にもエイファは耳を貸そうとしない。
声をかけられると微妙にそっぽを向くのは駄々をこねている子供さながらだ。
そのような態度を取っていても先に進まないどころか馬車はどんどんと先に進んでしまっている。
気が付けば何の話し合いも出来ていないまま旅路は終着地点へと近づいてきてしまっているのだ。
「なぁー、おい。俺らに八つ当たりしても仕方ねぇだろ」
バルトスがエイファに噛みついた。
聞く耳を持たないエイファよりバルトスが先に根負けしたようだ。
バルトスの荷担により少しだけエイファの反応が変わった。
薄目を開けてじっとりとバルトスを横目で睨み、そしてやっぱりまだそっぽをむいた。
「なんだよ、やんのかこら」
「八つ当たりなんかしてないわよ」
「してんだろうが、ブス」
今度は鋭くバルトスを睨みつけるエイファ。
一触即発である。
余計状況が悪くなった。
そのような中でもエリス・ウリックは我関せずだ。
ずっと眺めている報告書はサネス班の面々にも伝えておかねばならないことだろうに、早くまとめなくて良いのかとセロは気が気ではなかった。
「エリス……エリスからもなんか言ってよ」
たまらずに声をかけたセロであったが、エリスはエリスで冷たい視線をセロに浴びせた。
「ウリック特務曹長と呼んでください。不敬ですよ、ディライジャ上等兵」
「……ごめん」
「全く、あなたたちみたいな騒がしい人は帝都で大人しくしていて頂きたいのですが……」
エリスは大きく嘆息した。
今回の任務については帝都を発つ前にサネス班の面々には簡単に説明した。
レイトリフ大将の反逆行為を暴くというものが大まかな任務の内容だ。
つまりそれは慎重な間者活動であり、燕の雛のように騒がしい三人を連れて行くのは不適切としか言いようがないのである。
それなのにヘイデン少佐はわざわざエリスだけでなく三人も指名したのだった。
確かに諜報部は慢性的な人手不足だ。
それでもいないほうがまし、という人選だってある。
今回の案件がまさにそれであるが故にエリスは詳細を皆と共有する気は毛頭なかった。
適当に次の休憩地点である峠で降ろし、付近の炭焼きの出入庫の帳票でも調査させていた方が今後の役に立つとさえ思えていた。
しかしエイファ達も哀れだと、エリスは心の奥底では同情していた。
エイファたちサネス班は忙しく転進を繰り返していた。
ロブ・ハースト軍曹の追討捕獲任務はいつの間にかテロートの官憲の事情聴取に変わり、報告がてら帝都に戻ったら今度はバエシュ領に行けという。
しかも任務の発端はアシンダル中将とレイトリフ大将の共謀および反逆の疑惑であり、一週間前に会ったばかりの親密な中将は既に投獄され、技術課の面々とは面会が不可能となっていたのだ。
目まぐるしく変わる状況にエイファが不信感と怒りを抱くのは仕方のない事かもしれなかった。
だが自分たちは軍人だ。
そのような個人的な感情など不必要だ。
だからお嬢様は嫌なんだ、とエリスは内心で悪態をつく。
仕事中は感情を一切顔に出さないエリスに対しエイファは公私混同と感情の起伏が甚だしく、エリスはそういう女が大嫌いであった。