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至り着き

 バエシュ領はゴドリック帝国の本土であるランテヴィア大陸の東部地方の真ん中に位置している。


 山間においては木材加工により産業を興し、沿岸では漁業や海運の要衝となっていた。


 開発の遅れているエキトワ領や前線となっているリンドナル領と比べて経済は帝都に次いで発展している。


 近年では立地の良さからリンドナル領へ送り込むための兵站の集積地や造船基地としても栄えていた。


 かつてエキトワ、バエシュ、リンドナルは別の王家によって統治された国家だった。


 各地方領の名称はその国家の名残りである。


 領主は亡国の中で最も帝国に忠誠の高かった者が置かれた。


 エキトワとバエシュは真っ先に帝国に味方した貴族家が就き、リンドナルに至っては王家がそのまま領主として存続していた。


 バエシュ領方面軍レイトリフ軍集団司令官、ジルムンド・レイトリフはバエシュ領主である。


 先代ジョデル・ゴドリック帝政権下ではこれをよく補佐した名将であった。


 ブロキス帝の政変時にはいち早く領内の混乱をまとめ、後に大転進と呼ばれる帝国最大の敗走戦では島嶼から撤退するリンドナル方面軍の各部隊を多く救ったことから英雄と呼ばれていた。


 しかし英雄もブロキス帝政権下では鳴りを潜めてしまっていた。


 最低限の責務はこなしているのだが一年前を境に報告の遅さを若干感じるようになった。


 規律的な組織体系もどこか士気の低さが蔓延している気がする。


 それらはヘイデン少佐の思い過ごしかもしれなかった。


 それでもヘイデンはレイトリフが腹に一物を抱えていることを確信していた。


 ブロキス帝とレイトリフ大将には因縁がある。


 レイトリフ家は二代ナイアス・ゴドリック時代にバエシュ国を売った裏切り者として領国内の支持を失い統治に難儀した時期がある。


 そのレイトリフ家をよく慰め、求心力の回復に腐心したのが三代目ジョデル・ゴドリックだった。


 当然それは皇帝自身の為であっただろうが、反面決して捨て駒にせず協力の恩に報いようとする皇帝の想いにレイトリフ家は以後絶対の忠義を誓っていたのだ。


 ジルムンドも若い時分から先帝の寵愛を受けており慕っていた。


 その皇帝を殺したのがザニエ・ブロキス、現四代目ゴドリック帝である。


 バエシュの領民たちも先代を慕っており、よって領内のブロキス帝への非協力的な態度は得てして当然の事と言えるのだった。


 そしてもう一つは個人的な怨恨である。


 一年前にラーヴァリエ信教国と独断で講和し、無断で島嶼から引き払った罪で死罪となった方面軍の司令官キース・アロチェット大将に連座して処されたカーリー・ハイムマン少佐はレイトリフ大将の娘であった。


 レイトリフ大将とハイムマン少佐には不仲説もあったが、やはり娘の理不尽な不幸に心が揺るがない親はいないのだろう。


 この二つの要因で彼の蜂起は誰もが期待するところだったが、レイトリフは未だ不気味な程に何の反応も行動も起こしていなかった。


 しかしそれはヘイデンに言わせれば逆心の表れであった。


 静観を決め込むレイトリフに対して諸人の声は大まかに分かれていた。


 一つは愛する者を失い胆力が失せてしまったのだと哀憫(あいびん)する声。


 そしてもう一つは己も二心ありと疑われぬように帝政に媚びているのだという失望の声だ。


 ただし市井の声など耳を傾ける価値もないもので、レイトリフという男はそのような軟弱な玉でないことは彼を知る者ならよく分かっていた。


 ジルムンド・レイトリフは親であり軍人である前に誇り高き貴族なのだ。


 そんな彼の中でも恐らく大事な時期であろうこの時に先の巡視船の全隻沈没は未曽有の失態だった。


 幸いにも不審船を追った巡視船の乗組員たちは全員無事だったが、戦力的財力的に大損害を被ったのは言うまでもない。


 現場の過失なのかもしれないが事態が事態なのでレイトリフ自身にも説明責任が及ぶのは当然である。


 当初は軍法に基づき説明は皇帝の御前で行われる手筈だった。


 しかし急きょ説明は現地での聞き取りに変わった。


 本来ならば当人が帝都へ赴くのが筋であろう。


 しかし未だ事件後まもない事やハースト軍曹の行方の件もあり、現場の最高責任者を不在にされるのは宜しからずという理由で変更になったのだ。


 もちろんそんなものは建前であった。


 皇帝側の目的の核は不正に装甲義肢を移送し使用させた疑いの調査であった。


 機密の私的運用のほうがよほどレイトリフを失脚させるに良い手札である。


 レイトリフが本当に下手人だったのだとしたら当然この変更の意図はもう察せられているだろう。


 果たしてどのように調査班を受け入れるのか、バエシュ領の沿岸に不穏な風が吹こうとしていた。 

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