交錯の果てに 10
「中将殿、不明の装甲義肢の出所について確認させて下さい。中将殿は装甲義肢をいくつ造り、何処に卸しましたか?」
アシンダルは腕組みして考えた。
「いくつ造ったかは忘れちゃったんだよね。予算の許す限りとりあえず作っちゃえって感じで作ったし。武器保管庫にもまだいくつかあるよ」
これは本心だった。
いくつどころかいつ作ったのかも覚えていないような兵器は保管庫に山ほどある。
装甲義肢はアシンダルの最高傑作ともいえる兵器ではあるが、当人からするとその扱いは他のがらくたと一緒であった。
「こちらのまとめによると歩兵科に七機、当方諜報部に一機となっております」
「ああ、そうかもしれないね。渡した子たちについては覚えているよ。腕型が七つに脚型が一つ。腕型のうち二つはバルトス君とセロ君のだからつまり今は陸軍に五つ、諜報部に三つあるってことになるね」
「陸軍の五機は?」
「卸したやつに関してはちゃんと納品証明書があると思うよ。事務に問い合わせようか」
「いえ、五機全機リンドナルの最前線で稼働中なので裏は取れています。その五機も調整や修理で帝都間の移送があった他は不明な出入りはなさそうです」
「じゃあやっぱり保管庫から誰かが持っていったのかなぁ。というか、テロートの官憲に現物を提出させたら?」
「その官憲からの報告書には一切装甲義肢の使用報告が書かれていません。使用した武器は事細かに記載するのが規律であるにも関わらずです。隠し通す気でしょうし、実際に隠し通せるという自信があるのでしょう」
「マノラの住民への聞き取りは? 誰か目撃者はいるんじゃない?」
「官憲が徹底して住民の避難を行っていたため目撃者は限られています。そしてその限られた目撃者も精神状態に難ありとされていて、証言の信憑性が問われることになっています」
「ふうん」
なかなかの徹底ぶりである。
監視対象外の地域だったとはいえここまで諜報部を後手に回させるとは反帝派も大したものだ。
それにしても大胆な作戦である。
ロブ・ハースト軍曹がマノラに流れ着いたのは偶然だろうし、その前にエイファたちが軍曹を岬に追い詰め取り逃がしたのも偶然だったのだろう。
軍曹が行方不明になってからマノラに漂着するまでの二日間でだいたいの漂着場所を割り出すのは諜報部もやっていたことなので他に出来る者がいてもおかしくはないが、その仮定を立てるや否や行動に移さなければ装甲義肢をテロートに移すのはほぼ不可能だ。
また、装甲義肢を移送できたとしても操者が適合しなければ意味がない。
装甲義肢は化身装甲ほどではないが着装してから慣れるまでに時間がかかるのだ。
火花の量を調整し、操者に合わせるという作業は繊細だ。
その調整は今の所アシンダル配下の技術者たちしか出来ないはずなので、操者は一か八かの賭けで着装したことになる。
もしくは危険性を知らされずに装備したのかもしれないが、無理に着装すれば出力の多少で生身の部分が耐えきれずに大怪我を負うか最悪の場合死に至ることもあるので、そうなったら無断で新兵器を移送していたことがばれてしまうだろう。
操者が歴戦の酔いどれクランツだったから何とかなったのかもしれない。
すると、装甲義肢を送りつけた人物はアルバス・クランツがテロートで巡査をやっていたことを知っていたことになるのではないだろうか。
アルバス・クランツら元リンドナル方面軍の兵士たちを各地に左遷させたのは皇帝らの采配であり、誰が何処に異動になったかは公には明かされていない。
結論を言えば装甲義肢を自由に移送出来る権限があり兵士たちが何処にいるかを把握している人物といえば皇帝しかいないことになり、一連の不祥事は盛大な自作自演ということになるのだ。
ただしそれは現状の情報だけで考察すればそうなる、という話でしかないのだが。
「アシンダル、余がお前に託した装甲義肢のセエレ鉱石は九つだ。残る一つはどうした?」
アシンダルはわざと報告を一つ抜かしていた。
それは皇帝からの予算厚遇の折に、今以上の接近を危惧したアシンダルが作っておいた一つの罪であった。
ブロキス帝が今更ようやく聞いてきたのは優しさ以外の何物でもないだろう。
聞けばそれは自白の勧告になってしまうのだ。
先に保管庫にある装甲義肢を誰かが持って行ったのかというアシンダルのぼやきが無視されたのはそれが全く意味のない台詞だったからだ。
化身装甲および装甲義肢の最大の特徴は原動力がセエレ鉱石という特別な鉱石であり、その鉱石は皇帝が所持し必要な時だけアシンダルに託しているのである。
セエレ鉱石がなければ装甲義肢は稼働しないので鉱石の入っていない義肢を盗んだところでそれは無意味な事だ。
裏を返せばアシンダルは皇帝に対し新兵器の稼働数を誤魔化す事は出来ないのである。
暫く沈黙を作った後、アシンダルはようやく手札を切った。
「……レイトリフ大将の元に試作機を一つ送ってあります」
「ヘイデン」
「至急調査班を送り込みます」
「レイトリフは以前から余に一物のある男であった。アシンダルよ、それを知った上での行為だな?」
「弁明もございません」
「よい、お前の望む通り罰を与えよう。さすれば余との密事も囁かれまい」
「……なんと、御見通しでございましたか」
「無論だ。故に悲しく思う。一人で策など弄せずに良かったものをとな」
アシンダルは恥じた。
皇帝は思う以上に思慮があった。
しかしここまで考えの及ぶ皇帝がなぜ政においてその思慮を見せないのだろうか。
やはりアシンダルには皇帝の目論みが見えなかった。
「衛兵、これへ!」
ヘイデンが紐を引くと扉の外で鐘が鳴る。
鐘の音を聞くと部屋前に立っていた兵士が飛び込んできた。
「この者は陛下の御前で情報を秘匿した反逆者である。牢へ連行せよ!」
「陛下……」
困惑する衛兵がそれでもアシンダルの両肩を抑えるとアシンダルは最後に深々と皇帝に頭を垂れた。
ブロキス帝は何の反応も返さなかった。
アシンダルが連行されると部屋には皇帝とヘイデン少佐の二人だけが残った。
「……中将もなかなかの狸じじいだったな。やっぱり何の思惑もなく臣従ってわけにはいかないもんだ」
ヘイデンが溜息をつくとブロキス帝はうっすらと笑みを浮かべた。
「あれで良い。どの道よい仕事をしてくれた。レイトリフは邪魔だった」
「ハイムマンの父親、か。まぁ一応の大義は出来たか。アルバス・クランツがハイムマンの伝手でレイトリフと繋がっていたと仮定すれば辻褄があうな。……しかし邪魔をするにしてはずいぶん回りくどい手を使うもんだ」
「表向きには軍曹およびその仲間の逮捕に対して最大限の協力をしているように見えるからな。だがその実は俺の弱味を握るために全力を投じていたというわけだ」
「やはりレイトリフは知っているのか?」
「あの女から聞いたのかもしれんな。今回の件でそれが濃厚になった」
「どうする?」
「地方を統治させるには優秀な人材だったが……残念だ」
「わかった」
「軍曹の方はどうなった?」
「軍道終わりに待機中のエキトワ方面軍とは未だ接触せずだ。一応手は講じたが……まったく余計な事をしてくれたもんだよ。今回もかなりの出費だ」
「無駄にならぬよう急いでくれ」
「分かっているさ」
すぐさま諜報部ではバエシュ領行きの調査班が編成された。
調査班には帝都に戻って間もないサネス班が当てられることになった。