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SKYED7 -リオン編- 上  作者: 九綱 玖須人
交錯の果てに
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交錯の果てに 9

 トルゴ・アシンダルは化身装甲の製造を監督し装甲義肢を生み出した兵器製造の第一人者だ。


 そして管理も一任されている人物である。


 その特殊な兵器が直近一週間の間に二件も事件に関わってしまった。


 うち一件は本来ならば稼働しているはずのない場所だ。


 何処で兵器を運用するかは皇帝の決定によるが、誰にも怪しまれずに製造と移送を行えるのは皇帝を除くと彼の他にいない。


 普通なら疑われる立場にあることは明白だった。


 ならばこの会議は尋問なのか。


 アシンダルは普段の温厚な目とは程遠い鋭い視線でショズ・ヘイデン少佐を射抜いた。


「僕が装甲義肢を公安に横流ししたと疑っているわけだね?」


「いえ、それは」


 優秀な諜報員も流石に慌てる事になる。


 いくら皇帝の右腕たるヘイデンでもアシンダルに対して不遜な態度が取れるほど傲慢ではなかった。


 困ったヘイデンはブロキス帝を見るが、皇帝は目を瞑ったまま会話に参加する気配が見えなかった。


 これはきちんと釈明せねばならない、とヘイデンが再びアシンダルのほうを向くとアシンダルはにんまりと微笑んでいた。


「冗談だよぉ」


「は?」


「ごめんごめん。君も陛下も僕を疑っていないってことは分かっているよ」


 もしも諜報部が中将を疑っているのであれば破棄される恐れのある調査書の原本など送らないだろう。


 そしてヘイデンは座る位置でこれは尋問ではなくあくまでも会議であることを示していた。


 更に、尋問ならばブロキス帝の服装はあまりにも気軽だった。


 急に呼びつけられた中将が邪推して気分を害さないようにとかなりの配慮が見える対応であった。


 深々と頭を垂れるアシンダルにヘイデンは笑うしかない。


 お人が悪い、と小さく呟くとアシンダルは嬉しそうに声を出して笑った。


「ごめんってば。でもある程度情報を持っている者だったらそう邪推するかもしれないね。この密談だってたぶん大半の人が喚問だと思ってるだろうし。というか、それが狙いだったんだろう?」


 笑いながらアシンダルはヘイデンの思惑を暴いてみせた。


「陛下が御即位なされてから各機関の立ち位置がはっきりしていなかったからね。あの時はちょうどラーヴァリエと泥沼の戦争中だったし、当面は外敵に対し団結しなければならなかった。まぁ当初から異を唱えたり、今なおずっと沈黙している人たちもいるけど。しかしそろそろ味方をはっきりさせなくてはならなくなったってわけだ」


 アシンダルの推理にヘイデンは心の中で舌を巻いた。


 流石は長く生きているだけのことはある。


 普段の技術者然とした世捨て人ぶりからは想像出来ないほどしっかりと情勢を捉えているではないか。


 そうでもなければ人の上になど立てないのだろうが、普段が不真面目なぶんヘイデンは一層の警戒心を持った。


「アシンダル中将」


「はっ」


 ようやく口を開いた皇帝にアシンダルは姿勢を正す。


 皇帝は目を開き、まっすぐにアシンダルを見つめた。


「腹を探るような真似をしたことは謝す。余は非力だ。支えが欲しいのだ」


 皇帝の静かな告白にアシンダルは胸に手を置き深く頭を下げた。


 アシンダルは今まさに決断の場に立たされていた。


 皇帝の意志を拒むという選択肢はもちろんないが、次に発する言葉ひとつで今後の方向性が大きく変わってくる。


 先代には忠誠を誓っていたアシンダルであったが現皇帝ブロキスとの関係はそこまで密ではなかった。


 アシンダルにとって進言すれば二つ返事でいくらでも予算を割り振ってくれるブロキス帝は単に自分に都合の良い人間というだけだった。


 ブロキス皇帝という人物は実に不思議な御仁だ。


 皇帝は万人から恐れられていた。


 島嶼の小国を一夜にして滅ぼし、単身で帝国に乗り込み王座を奪ったという噂が彼を怪物に仕立て上げている。


 ただしそれは誇張ではなく事実だった。


 大勢の人間が彼の不思議な力を目の当たりにしており、故に誰もが恐怖で逆らえない風潮となっていた。


 しかし恐怖で抑え込まれた政治など長続きはしないものだ。


 綻びが出るのに一年とかからなかった。


 多くの人間が反帝の思想ありとして処された。


 また多くの人民が意図的に不満を外に向けられ戦場に駆り出されていった。


 現状、国内では労働従事者の減少に伴い生産性は下がる一方で需要に対し供給が追い付かなくなっている。


 最大の貿易相手であった島嶼諸国との断交も致命傷であった。


 帝都はまだ見せかけの栄華が続いているが末端の都市は目も当てられないことになっているだろう。


 弱体が著しくなれば交戦中のラーヴァリエだけでなく、二国間の情勢を見守っている他の列強たちが死肉に群がる猛禽のように上辺の大義を取り繕って参戦してくる恐れもあった。


 臣従か、静観か。


 勢力が定まらないうちの初手が一番難しい。


 今ここで皇帝に臣従を誓ったらアシンダルは多くの人間を敵に回すことになるだろう。


 それは技術課という、ほぼ全ての組織と繋がりが深い立場からも避けておきたいことであった。


 とはいえこの時期にこの場に呼び出され何の処断もなければ他者に即ちアシンダルは皇帝派だと思われても何の弁解も出来ないだろう。


 皇帝は何としてもアシンダルを取り込みたいはずなので大抵の事は黙認する腹積もりであるのは見え透いていた。


 それにしても皇帝は何を目論んでいるのか。


 その目論みに勝算がなければアシンダルは軽々しい返事など出来ない。


 しかし皇帝がそれを語ろうとしないのは如何なる事態にも付き従う真の忠誠を試しているからなのだろう。


 今までの技術課への厚遇がその投資だったと考えればアシンダルは今まさに局面に立たされているといえるのだった。


 面を上げたアシンダルはいつもの飄々とした顔で笑った。


「陛下。不肖このトルゴ・アシンダルは技術屋でございますれば、今まで通り思うままに物づくりに励むのみでございます」


 静観。


 それがアシンダルの回答だった。


 皇帝もアシンダルの技術力と再現力は手放したくないはずなので無理に臣従を誓わせようとはしないはずだ。


 いつまで続くか分からない現政権と命運を共にするなど愚策でしかなく、アシンダルの一存でそれを決めるには守るべきものが多すぎた。


 アシンダルの返答に対し皇帝は答えが分かっていたとでもいうように無表情のまま小さく頷いた。


 対してヘイデンも顔に表情はないが、その瞳には落胆の色が見えていた。


 これで良かった。


 アシンダルは自分の決断に後悔などしない。


 信を置かれない以上は現状以上の厚遇はないだろうが、そもそもアシンダルには出世欲も物欲もなかった。


 あるのは新しい玩具を作り続けることへの探究心だけだ。


 良くも悪くもただの技術屋がたまたま組織の上に昇りつめてしまった。


 それがアシンダルの自己評価であった。


「そうか、ならば今まで通り余の必要とする働きをせよ」


「御意」


 アシンダルは再び敬礼をし、終わるのを待ってからヘイデンが咳払いをした。


「ではまぁ、中将殿の御協力をさっそく仰ぎたいところですが宜しいですか?」


「なんだい?」


「先ほどの話の続きです」


 きたか。


 アシンダルは手札を切る心構えをした。

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