交錯の果てに 6
エリス・ウリックがマノラからとんぼ返りをすること遅れて半日、テロートの町。
官憲庁舎から先頭を切って退出するバルトスの背中にエイファは抗議の声を浴びせていた。
しかしバルトスはどれだけ声をかけても反応しない。
同じくセロでさえエイファの問いに黙ったまま庁舎の建物を後にしていた。
「ちょっとバルトス、なんで貴方が仕切るのよ」
「全然話出来てないじゃない」
「あんまりこういうこと言いたくないですけどね、私のほうが階級上だからね」
「歳もたぶん上だし。ねぇ、聞いてよ」
「うるせーなぁ。だったらもっと頭働かせろよ、ばばあ」
「ばっ!?」
宿舎の庭園の半ばを過ぎたあたりでようやくバルトスが声を発する。
辛辣な言葉にエイファは目を白黒させた。
「セロ、索敵」
「周囲敵影なし」
「了解」
「何言ってるの……」
いきなり戦闘時の用語を使いだしたバルトス達にエイファは困惑する。
その様子を見てバルトスは溜息をつき、ようやくエイファと向き合った。
「あのなぁ、酔いどれクランツの台詞を聞いていなかったのか?」
明らかに馬鹿にした口調にエイファはむっとした。
バルトスが言いたいことくらいエイファも分かっている。
いち公安に過ぎないアルバス・クランツの口から装甲義肢という単語が飛び出したことだろう。
それは確かに警戒すべき事柄であった。
装甲義肢は化身装甲のいわば簡易版だ。
全身を包み驚異的な身体能力を引き出す化身装甲に対し装甲義肢は身体の一部の身体機能を補い強化する主旨の兵器である。
化身装甲より能力は劣るものの、運頼みに近い初装備時の致死率や稼働限界の極端な短さ、運搬・整備にかかる莫大な費用等の改善が大幅に見られるため開発が進められていたものだ。
この兵器は最近になって実戦に投入されたばかりの新兵器であり存在自体あまり知られていないはずだった。
当然新聞記者などにも漏れてはいないので戦場から遠く離れた町の公安が知り得るはずのない単語なのである。
「分かってるわよ、装甲義肢のことでしょう?」
「そのくらいは分かるだろうな。で、それが何でやべぇのかってのは分かってるのか?」
「戦場から遠く離れたこの町の公安の情報収集力? 誰かが機密を漏らしているってこと?」
「うー……まぁエイファの頭だったらそれでいいか」
「ちょっとそれどういう意味よ」
「エイファ。エイファは装甲義肢見たことある?」
「ないよ」
「ないよね。普通の人は化身装甲だって、稼働しているところは見たことないはずだよ」
セロの助言でエイファは気付いた。
確かに一般の人間は化身装甲ですら軍事行進の時に馬車に引かれている鎮座状態の姿しか見たことがないだろう。
そしてたった一年前ではあるが、クランツが現役だった頃にはまだ化身装甲ですら戦場に投入されていなかった。
装甲義肢は言わずもがなである。
つまりクランツは化身装甲も装甲義肢も、それがどのような原動力で動いているかなど知り得ないはずだ。
なのに彼はその先の事まで知っている口ぶりだった。
化身装甲はセエレ鉱石という特殊な鉱石に火花を当てて生み出される力を動力にしている。
僅かな火花でも大きな力を生み出すが、出力の調整を誤ると暴走する危険もあった。
その場合は火花が稲妻のように機体を走る現象が起きる。
サネス一等兵の黒い稲妻に包まれる様は異質であったが、エイファは度々一等兵が機体を暴走させる様子を見ていたし、その際には必ず稲妻に包まれる現象を見ていたのでよく知っていた。
実状は見聞きしていないので知らないが装甲義肢が化身装甲の簡易版であるという設計を鑑みれば装甲義肢もそうなのだろう。
クランツはどこでそれを見たというのか。
誰かがそれを教えていたのだとしたら、果たしてそれは何のためにだろうか。
「最悪の予想だけどあいつらは軍曹をあえて見逃した可能性がある。現政権に不満を持ってて、内情や機密を漏洩させてる奴とつるんでるのかもしんねえ。おっさんのあの一言にはそれだけのやばさがあった」
バルトスの突拍子もない憶測にエイファは苦笑した。
「考えすぎだと思う。だって軍曹が崖から落ちてマノラに流れ着いたのは偶然じゃない。そんな偶然の可能性にかけてずっと前から準備してたっていうの?」
「そうじゃねぇよ」
「だったら調べましょうよ。私たちはもう諜報部なんだから。可能性とかあやふやな事を言っているわけにはいかないわ。調査しないと」
「エイファ。バルトスは君の身を案じているんだよ」
「え?」
セロの言葉にエイファはきょとんとした。