交錯の果てに 5
「逮捕は……やりすぎですよウリックさん。あの人たちはこの村の稼ぎ手なんです」
「知りませんよそんなこと。あんな連中に頼らなければ存続出来ない村ならどうぞ滅びてください」
「言うじゃないか。ま、ありがとうよ。どうにもイネスはああいう輩に絡まれちまう宿命があるらしくてな」
「ぼさっとしているからです。私そういう人嫌いですね。同性としても人間としても」
「えっ」
「で、あんたは治安の見回りに来たわけじゃないんだろう? 何しに来たんだ」
分かりきった答えが返ってくると思ったソールの思惑に反し曹長の台詞は意外なものだった。
「この家の現場検証に来ただけです。ただそれだけですが、確実に私の目で見る必要がありました」
「現場検証? ロブ・ハーストの行先が知りたかったんじゃないのか?」
「そんなものはとっくに割り出し済みです。なるほど……少佐の言っていた通りですね」
ぶつくさと呟くと曹長はにやりと笑った。
「せっかくの布石に玩具を渡した者がいるらしい」
ソールとイネスには何の事なのかは分からない。
分からないが、エリス・ウリックの笑みには背筋に寒気を覚えるものを感じる二人だった。
「お客さん、あたしゃどうすりゃいいんですかね!」
不意に聞こえた声の主は馬車の御者だった。
しびれを切らして着いてきたようだ。
「ああ、すみませんでした。もうすぐ出発でいいですよ。一旦テロートに戻ってください」
「あたしゃ帝都内専門の路線馬車ですよ」
「賃金は言い値で払いますから。経費で落としますし、落ちなかったら少佐のつけにしますから安心してください」
「えっ……ならいいんですがね。……いいんですかね?」
「いいんです。では行きましょう」
「もう行くの?」
イネスが呼び止めると最初は無視して歩いて行こうとしたエリスだったが思い直して戻ってきた。
「ロブ・ハーストはアルテレナの軍道を通ってカヌークからアルマーナを目指しています」
「アル……マーナ?」
「イネス、最初の問いに答えましょう。私は軍曹の知り合いでもなんでもありません。彼は軍人として大いに名を馳せた存在だ。私も軍人であり、知らないはずがない存在です。でも貴女は知らなかった。つまり貴女と軍曹は住む世界が違う人間なのです」
「私、彼にさよならを言えなかった。謝れなかったんです。私、彼を利用しようとしていたんです! だから……だから謝りたくて。謝りたいだけなのに」
「不要でしょう。彼には成すべき使命があります。貴方の謝罪に付き合っている暇はありません」
「そんな……」
「いずれ使命を終えたら戻って来るかもしれませんがね。その時貴女は彼に、過去に捕らわれた姿を見せるつもりですか? 遠くを見つめている暇があるんならまずは身近なところを見つめるべきです。そして謝るならまず先に、自分の家でもないのに片づけをしている人に謝る事をおすすめします」
イネスははっとしてソールを見た。
エリスは歩き出し、二度と振り返らなかった。
女は深々と頭を下げ見送ると、老人に向き合い気まずそうに謝罪と感謝を述べ家の片づけを始める。
老人もまた黙って頷くとその作業を手伝った。