交錯の果てに 4
馬車がマノラの入口に着く頃にはエリスたちはとうに村の中へと入って行っていた。
御者台から降りた御者は頭を掻きながら眼前の光景を暫し見つめた。
茂みには三人の男たちが無様な姿を晒してのびている。
見れば屈強な海の男たちのようだが、これをあの乗客の女性が退治したとは理解し難かった。
理解出来ないのは喧嘩の強さだけではない。
もう降りる、と言うや否や馬よりも早く颯爽と駆けていくなど誰が信じられるだろうか。
帝都からテロート、テロートからマノラと散々こき使われてきたがどうやらとんでもない人物だったようだ。
諜報部の軍人など見ての通りの出不精かと思えばこれがなかなか侮れないものである。
しかしいつまで専属でいれば良いのだろう。
そろそろ代金を貰って終わりにしたいのだが解放されるのは何時になるのだろうか。
とりあえず次に帝都行きじゃなかったら代金の上乗せ交渉は必須だな……と御者は大きなため息をついた。
ソール翁は瓦礫と化したイネスの家を片付けていた。
事件の後も村の者たちの差別的な態度は変わらず、ただ破壊された家だけが残った。
代償は大きいが致し方なかった。
嵐の後に現れ、まるで嵐のように去って行った男は文字通り嵐として捉えるしかないのだろう。
イネスはあわよくばロブに恩を着せて家に住まわせようとしていた。
自業自得とはいえ変化のない寒村ではそうでもしなければ搾取されるだけの運命など変わりはしないのだろう。
得体の知れない負傷者を招き入れた時から結果は見えていたのかもしれない。
人命は優先されるべきだし、ロブも悪い人間に思えなかった以上ソールにはこれで良かったのだと自分を納得させるしかなかった。
対してイネスは本当に頭がおかしくなってしまったのか、ロブの去っていった方角を見つめるだけの時間を過ごすようになってしまった。
朝は浜辺の散策から始まり、後は日がな一日中村の入口で過ごすのである。
それは後悔なのか自責なのか。
いずれにせよ今はまだ二日だ。
日が浅すぎるので諌めるのも酷だと思ったソールに出来る事は、娘のように親しい彼女が自棄的な生活を送らないように黙って補助してやる事だけだった。
足音に振り返るとイネスが帰ってきていた。
ようやく自分の行動を顧みることが出来たのかと思いきや、イネスは客人を連れていた。
ソールは客人を見た瞬間に嫌な顔をした。
その女性が軍服を着ていたからだ。
どうせロブ・ハーストの足取りを辿ってやって来たのだろう。
それにしてもイネスは何故こうも面倒な人間ばかり連れてくるのか。
ある意味天賦の才と言わざるを得ない運のなさだな、とソールは鼻をすすった。
「ここが貴女の家ですか?」
「はい、私の家です。その時私は村の共同井戸でお皿を洗っていたので見ていないのですが、おじさんの話だと壊したのはテロートの官憲の人だそうです」
「イネス、誰だいその人は」
「この人は帝都の諜報部のエリス・ウリックさんよ。ウリックさん、この人がソールおじさんです」
「初めまして。帝都諜報部ヘイデン独立大隊のエリス・ウリック特務曹長です」
「この人、さっきボリスたちから助けてくれたんです」
「なにっ? またか!」
ソールは呆れた。
しかし無事だったように見えるが特務曹長が追い払ってくれたのだろうか。
「強姦未遂ですね。たまたま発見しただけです。私も個人的にむかついたので連中の体の一部を破壊しておきました。あとは逮捕するよう公安に圧力をかけておきますので明日の朝には豚箱行きです」
ソールはまじまじとウリック曹長を見た。
男三人を相手に自分が無傷で相手を負傷させるなどどのような技術だろうか。
曹長の足はかなり太いが体型的に筋肉質とは到底呼べず、むしろあまり締まっているとはいえない体つきである。
軍人ゆえ、対人格闘の極意でも学んでいるのだろうか。