策謀 6
カヌークとテルシェデントの間には波によって浸食された小さな入り江がいくつもある。
狭すぎるので居住には向かず漁師たちが漁の合間に休憩を取るなど一時的な上陸にのみ使用されていた。
食事時を過ぎた昼下がり、海は穏やかに煌めいていた。
浜辺には燻った煙の立ち上る焚き火が残されていた。
完全に火が消えていないのはわざとだ。
それは少し離れた斜面の木陰で海を見つめる少女が残した痕跡だった。
傍には立派な馬と、足元には首輪を付けた猫と籠に入った赤ん坊がいる。
猫が籠を覗き込むと赤子は嬉しそうに手を伸ばして笑った。
少女の瞳に崖の陰から現れた船首が映った。
入江に姿を現したのは一隻の商船だった。
商船は煙を確認すると異様な速度で入江に入ってきた。
不可解な船だった。
帆船である。
十数人が乗り込める規模の中型だ。
しかし乗組員が誰もいない。
そして帆船とは思えない鋭角な舵取りで進路を変えるのだった。
乗っているのは筋肉質な女性がただ一人である。
その姿を確認した少女は籠を置いたまま浜に駆けだしていった。
「ノーラ!」
「ラグ・レ!」
大きな声で呼び合う二人。
たった数日しか離れていなかったが酷く懐かしい気がした。
船がいよいよ波打ち際に近づくと海面が膨らみ大きな海洋生物が現れる。
それは船を上回る巨体の海洋哺乳類だった。
ウェードミット海牛という。
島嶼からランテヴィア大陸の沿岸に広く生息する海獣の類である。
体長は成獣で成人男性四人分を優に超す。
肉や油が上質なため一応狩猟の対象にはなっているが、傷つけた際の反撃で命を落とす者が多く割に合わないのが実情の大型海洋生物だった。
通常では夏の間は海牛たちは涼しさを求めて南下していく。
この時期にエキトワ領で海牛を見られるのは稀だった。
それが見られるのはノーラがいるからだ。
海牛が船を牽引していたのである。
海獣に好かれ意のままに操ることが出来る。
それがノーラの力だった。
投げた錨が海底を捉え牽引の縄に抵抗がかかると海牛は前進を止め浜に寝転がった。
ラグ・レはその横を走り抜け、船から降りたノーラの胸に飛び込んだ。
ノーラはしっかりと小柄な少女の体を抱擁する。
彼女にとってラグ・レは妹のような存在であった。
「心配したじゃないか! 怪我はない? 首尾は?」
船にいて軍の動向を監視していなければならなかったとはいえラグ・レに危険な思いをさせてしまったのをノーラは悔やんでいた。
ノーラの問いにラグ・レは答えなかった。
その代り背中に回していた手はいつの間にかノーラの胸に添えられている。
感動の再会かと思いきやラグ・レは真剣な顔でノーラの胸をまさぐっていた。
「…………」
「……なにしとんの」
「よし、これならいける。ノーラ、乳を出せ!」
「ええっ!?」
ノーラはただただ困惑しか出来なかった。