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策謀 3

 ヒルダ達は少女から受け取った赤子を枕元に寝かせ今一度夫婦の寝台に戻った。


 暫く天井を眺めながらヒルダは明日の作戦を考えていた。


 ハリエも隣りで落ち着きなく寝返りを打っていた。


 やがて夜目に慣れたのかヒルダが起きていることに気づくと囁いてきた。


「おい、おい、あいつ島嶼の少数民族だろ」


 ヒルダはすぐには答えずに首を少し起こして少女を見やった。


 少女はハリエの外套を被り荷物に擬態して寝ていた。


 念の為の処置だった。


 息子たちには赤ん坊の事は誤魔化せるだろうが特徴的な外見の少女の口止めは難しい。


 万が一息子たちが少女に気づいてしまった場合、仕事中にうっかり他の家の者に話してしまう危険性が高かった。


 だから少女にはハリエの外套を被って寝てもらうことにしたのだ。


 夏場なので少々暑苦しくかなり臭いが、息子たちはハリエの私物を勝手に触ると歯が飛ぶくらい殴られるのを理解しているので知らない荷物が増えていても興味本位で触ったりはしないだろうという判断だ。


 薄闇の中、その塊が穏やかな呼吸で上下しているのを見てヒルダは安心した。


「だろうねぇ」


「だろうねぇ、じゃねぇだろ。なんで島嶼の奴がいるんだよ? テルシェの官憲に報告したほうがいいんじゃねぇのか?」


 夫の提案にヒルダは溜息をついた。


「報告してどうするんだい」


「どうすんだいってよう……今世の中は情勢不安なんだぜ? 不審者の報告は国民の義務だろうが」


「なあにが義務だよ。それであたしらに何の得があるんだよ」


「じゃ、じゃあ内緒にするってのか? せめてお頭くらいには報告しとかねぇと」


「ばか。そんなことすりゃ結果は同じだろ」


 ヒルダは少々苛立って夫の脇腹を肘打ちした。


 ハリエは痛みにくぐもった声を出したが脇をさすりながら至極まっとうな事を聞いてきた。


「なんでそんな肩を持つんだ。もしもばれたら俺らがここにいられなくなるんだぜ?」


 面倒になったのでヒルダは夫の手を取り下腹部を触らせてやる。


 議論に値しない時、黙らせたい時はこうしてやると良い。


 男などいざという時には小心で役に立たないが少し情をかけてやれば使えなくもないものだ。


 今回はハリエが日和見て馬鹿な言動をしないようにさせねばならかった。


「あの子にはあの子なりの理由があるのかもしれない。でもあたしらが詮索するようなことじゃない。あんな小さな子が助けを求めてきた。赤ん坊が何も食わんってんで、泣き腫らすくらい心配して、だ。だから助ける。それだけのことだろ。肩を持つとか、そういうんじゃないよ」


「で、でもよう」


「見りゃあ誰だって分かるくらいまっすぐな子じゃないか。あんたには悪い子に見えたかい? 悪い大人に騙されてるような、間抜けな子に見えたかい?」


「うーん……」


「少なくともあんたよりは賢そうじゃないか」


「うん?」


「おっと、あんたは立派な男だ。何が正しいのか本当は分かってる。あたしはあんたのそういう所が好きなんだよ」


「おお? お、おう。そうか?」


「そうだよ。だからあの子を助けてやろうよ、ね?」


「まぁ、お前がそういうならなぁ」


 ヒルダには何が正しいのかは分からない。


 しかし目の前で起こった事を、官憲に報告だの世の中の状勢だのと大きな枠組みで語るのは間違っていると思った。


 男は社会に必要とされたいが為に妙に正義ぶって承認欲求を満たそうとするのが良くない。


 少女を、赤子を危険にさらす権利など自分たちにはないのだ。


 午前中を乗り切れば後はまた普通の毎日に戻る。


 自分の人生なんてそんなもんだし、それでいいのだ、とヒルダは目を閉じるのだった。




 一方、ヒルダが夫を説得している声をラグ・レは寝息を立てたふりをして聞いていた。


 最悪の場合にはすぐに赤ん坊を奪って走れるように備えていた。


 しかしどうやらその心配はないようだということが分かった。


 久しぶりに横になってゆっくり休むことが出来そうだった。


 明日の昼前にはここを出立し、次の目的地を目指さねばならない。


 テルシェデントは既に警備が厳重になってしまっているため協力者の船に合流することはもはや出来ないだろう。


 同行を願い出たはずのロブ・ハーストも(つい)ぞ来なかった。


 しかし彼ほどの戦士が捕まるのも想像できないのできっと今も何処かで島嶼に脱出する手段を考えているはずだ。


 となれば考えられる場所は一つしかない。


 バエシュ領テルシェデントからほど近いエキトワ領のカヌークという漁村が次の目的地だ。


 ロブ・ハーストにもテルシェデントで合流できなかった場合にはカヌークを目指すように言ってある。


 カヌークにも協力者がいるからだ。


 ラグ・レが敢えて山へ逃げたのは追っ手に次の行動を読ませないためだった。


 ただしカヌークとテルシェデントは近いので念のため警備が厚くなっている可能性もあった。


 厳密に言えば二つの町の管轄は異なるので連携に手こずり未だカヌークの警備は以前のままであるのだがそんなことはラグ・レには分からない。


 いずれにせよ早く行動しなければ脱出の術は刻一刻と減っていることに変わりはなかった。


 目を閉じるとラグ・レはすぐに眠りの中に誘われた。


 しかし朝方には外套の臭いのせいで変な夢を見てしまうのだった。

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