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島嶼へ 8

 潮風がロブの髪を撫でた。


 屋内にいるはずなのに日差しが頭に感じられる。


 家の上半分が吹き飛んだのだから当然か。


 瓦礫が壁から落ち地面で割れる音が聞こえた。


「いきなり、なんだお前は!」


 ソール翁が怒鳴った。


 不躾な招かれざる訪問者に対する当然の疑問だろう。


「あっじじい、いたの? お前あっちの家のじじいでしょ?」


 対してアルバス・クランツはまるで悪びれた様子はなかった。


 台詞から察するに周辺情報は細部まで把握済みなのだろう。


「お騒がせしとりまぁす。御挨拶が遅れて失礼こきました。えーわたくし、テロートで官憲をやっておりますアルバス・クランツと申します。えーこの度はたれこみがあったのでね、わざわざ出張して参りました。えーそれがですね、ロブ・ハースト、えー彼がですね、国家機密をですね、そのー、なんちゃらかんちゃらでですね、んー、あれした容疑でね、捜索がかかったからでえ、あります」


 長々と喋ったわりには殆ど意味のない内容だ。


 ロブは懐かしさを感じつつも、正直もうあまり関わりたくないと思っていた人間の一人であるクランツとの出会いに大きくため息をついた。


 クランツは前線に染まった軍人だ。


 そして南方方面軍の失態を機に転属された兵士の一人である。


 しかし彼のようなどの軍閥にも属さない常在戦場の狂人はなんだかんだで南方方面のどこかの隊に再編成されているとばかり思っていた。


 それが自分と同じくエキトワ領の、更に平和な港町の警備などという仕事に回されているとはロブは露ほども知らなかった。


「っとまぁ真面目な話はここまでにして。お前、目ぇどうしたよ?」


 本気で心配する声色がロブに向けられた。


 ロブが回避行動を取っていなかったら即死したであろう奇襲を仕掛けてきた人間と同一人物とは思えない調子だ。


 良くも悪くもそれがクランツ特務曹長という人間だった。


 瞬間瞬間の状況に重きを置いた言動をする人間なのだ。


「クランツ、相変わらずあんたは支離滅裂だな。そんな感じで官憲で上手くやれているのか?」


「わかるぅー? 全然馴染めてないんよ。これすっごく今の課題。かといって今更性格も変えられないし? でもテロートで官憲になるように言われたのは軍令だしで正直俺も困ってんのよ」


「困ってるのはそんな軍令であんたを受け入れざるを得なかったあんたの上司だろう」


「ねー本当にね、かわいそうだよね。……で、見えてんのそれ?」


「あんたの相変わらずの顔が見えるくらいにはな」


「あ、そう? なら良かったけど。じゃーん、これ凄いでしょ。装甲義肢。貰ったの!」


 ありえない質量で金属が擦れる不快な音が聞こえた。


 まさか、とロブは舌打ちをする。


 どういうわけか彼の言葉が本当なら官憲の筈のクランツは軍の最新兵器である装甲義肢を身に着けているらしい。


 ロブ自身は見たことはないが装甲義肢とは化身装甲の簡易版という噂である。


 一気に攻め込んでこないところを見ると機動力はないようだ。


 つまりクランツが装備しているのは腕のみの装甲義肢なのだろう。


 クランツはロブも一目置く対人格闘の玄人だ。


 通常の状態で一対一で戦うのも面倒なのに今は非常に分が悪い。


 装甲義肢など当たらなければどうとでもなるがロブは目が見えていないのだ。


 そしてその事実は知られたくはなかった。


 周囲の気配を探る。


 あの狂人だけが自分を捕えにきたとは考えにくい。


 彼が未だ官憲組織の下っ端ならばどこかに上司がいるはずだし、少なくとも数人規模の班を構成して来ているはずだ。


 未だ他の官憲の言動が聞こえないのが不穏だった。


「クランツ、お仲間はどうした? やる時には徹底的にやるあんたが高を括って一人でやって来たとは思えんが」


「褒めてくれてありがとー。でもさっきも言ったけど俺は下っ端だから。人員編成の権限なんかねぇよ」


「上司はどうした? 置いてきたのか」


「さぁ? そこらへんにいるんじゃねぇの?」


 おちゃらけてはいるが相手の欲する情報は教えない。


 クランツは意外と理性的だった。


 逃走はもとより考えていないがソール翁が近くにいては戦いに巻き込んでしまうかもしれない。


 場所を変えようにも他にいるはずである官憲たちはロブのその行動を予想して隠れているのかもしれないので迂闊に動くこともできず、状況は最悪だった。


「ところでおじいちゃん、ここはあなたのおうちじゃありませんよ。ちょっと危ないから離れててくれない?」


 クランツがソールに話を振った。


 わざと巻き込んだり人質に取ったりする気はないらしい。


 それもそうだろう。


 官憲がそのような卑劣なことが出来るはずはないのだ。


「黙れ悪党! ロブが守ってくれんかったら死んでいたところだったわ!」


「えぇ悪党って……俺官憲なんですけど」


「今更民間人の心配か? 家は壊したのに」


「だって家主はもう確保してるもん。あとはお前しかいないって普通思うじゃん」


「な、なんだと?」


 ソールが叫びロブは歯噛みした。


 容疑者を匿った容疑と言う事か、イネスは既に捕えられてしまったらしい。


「なあロブ、お前がなんでこんなことをしたのか、じっくり聞いてやるから大人しく投降してくれよ」


 優しくクランツが囁いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 爺ちゃんの「黙れ悪党!」が良かったわ〜www 他人の家壊しちゃダメだよね、やっぱ。 イネスちゃん捕まっちゃったのか。どうしよう。
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