島嶼へ 5
三人はいるだろうか。
明らかに舐めきった言葉の響きにロブは良からぬ者の気配を感じていた。
さしづめ一人暮らしのイネスにちょっかいをかけている近所のごろつきといった所だろう。
実に分かりやすい、とロブは嘆息した。
「あんたたちなんか誘ってないわ。この人には栄養が必要なの。静かな環境も。だから出て行ってよ!」
対してイネスは嫌悪感の溢れる大きな声で彼らを拒絶する。
ロブは少し違和感を感じた。
先ほど自分と接していた時のイネスとは何かが違った。
相手に敵意を抱いているからこそなのだろうがまるで心を病んだ人間のような危うい匂いがしていた。
「おいおい近所づきあいは大切にしようぜ、俺たちの仲じゃねぇか」
「栄養だぁ? 精つけてどうすんだよ。お日様が見てるぜ?」
「静かな環境ったってこれから盛るんだろうがよ」
下卑た笑い声が一瞬だけ聞こえたが何かが衝突する音と共に止む。
イネスが男たちに向かって何かを投げたようだ。
当たらなかったのか、当てる気はなかったのか、とりあえず男たちに直接的な被害はなかったらしい。
それでもだいぶえげつない物を投げたようで男たちからは少し緊張が感じられた。
「どうしようと夫婦の勝手でしょう!? 出て行ってよ! 出て行け!」
後半は絶叫に近い拒絶を示すイネス。
男たちが何かを言っているようだがイネスの叫び声でロブには聞こえなかった。
暫くすると荒い息遣いのイネスだけが残った。
男たちは退散したようだった。
「大丈夫か?」
「ああ、ごめんなさい。驚いたでしょう。ああでもしないと帰ってくれないの」
本当に感情が昂っていたわけではないようでイネスは男たちが来る前の落ち着いた声色に戻っていた。
なかなかの変わり身の早さだった。
「何を投げたんだ?」
「石です。煮炊き場の石。なるべく近くに投げているけどもちろん当てるつもりはないわ。当たってもそれはあいつらのせいよ」
石を戻す音がした。
拳よりも大きな石だろうがよく女性の肩で投げられたものだと感心する。
イネスは再び料理に戻ったようだ。
不穏な状況は嵐のように過ぎ去っていった。
「ずいぶん嫌っているんだな。だいぶ酷い奴らのようだが」
「漁が終わって時間が空くと来るんです。戦争に行かず残った男たちは皆あんな感じ。自分たちがこの町を支えているんだって偉そうにして。我が物顔で振る舞うから皆迷惑しているんです」
よくある話だ。
だが被害を受ける人間には良くある話で済む話ではない。
一人暮らしの家に男が訪問の挨拶もせずに急に押し掛けるなど当事者の女性にとっては恐怖そのものだろう。
先ほどのようにイネスが狂ったような態度を取るのも無理はなかった。
「ところでイネス。さっき夫婦と言わなかったか? 誰と誰の事を言っているんだ?」
「イネス! 無事か!」
ロブの質問は遮られた。
今度は怒気を纏った老人の声だ。
銛を構え、日焼けした枯木のような細身と顔半分を覆った縮れた白髭が特徴的な老人だった。
威嚇をするように開かれた口にはほとんど歯が残っておらず目は充血し、ロブの目が見えていれば一見して狂人のようだと評していただろう。
声を聞いて入り口を見たイネスは仰天した。
「おじさん! なにしているの!」
「なに、だと? またあの阿呆どもに絡まれていると思って助けにきたんじゃないか!」
「腰は大丈夫なの!?」
老人は脂汗を浮かべてなんとか立っていた。
声からも切羽詰まっている様子が感じられた。
またもイネスは大声を出したが今度は柔らかさのある響きだ。
気を許した相手であることはよく分かった。
「失礼、イネス。今度は誰だ?」
「おお、起きたのか。意識が戻って良かった」
老人もイネスの身に危険がなかったことを確認して安堵に胸を撫で下ろした。
「ロブさん紹介するわ。この人はソールさん。さっき話した私の隣の家の人です」
「ああ、そうか。イネスと一緒に俺を運んでくれたせいで腰を痛められたそうで、申し訳ない事だ」
「気にせんでええ。イネスも、そんな事は言わんでええぞ」
「ソールさん、この人はロブさん。元帝国軍人で、今は軍から追われているんだって」
「ふん、そういうことだったか。まあここは戦争とは無関係な寒村だ。あんたと軍の関係なんてどうでもいいことだ。とりあえずは傷の治療にゆっくり専念するといい。それに……いてくれたほうがイネスも喜ぶだろうしな」
「ソールさんも余計なこと言わないで。調度良い所に来たから食べて行ってよ。ご飯を作っていたの。出来たら運ぼうと思っていたから三人分あるわ。さあ座って」
良い匂いが鼻をくすぐりいよいよ空腹が強く刺激される。
ロブはありがたく料理を頂戴することにした。
話はその後からでも遅くはなかった。




