島嶼へ 2
最強の男。
血濡れになりながらも常に戦場で生き延びる様子からつけられた異名だ。
安い異名である。
ロブ自身は好きではなかったが誰しもが畏敬を込めて彼をそう呼んでいた。
少女もその異名を知っていた。
この地へ転属した噂を事前に耳にしていたのだろうか、いることは知っていたという風であった。
見れば少女はゴドリックの人間ではなかった。
赤い眉化粧に口元の刺青。
どの部族かは分からないが島嶼の何処かから来たのだろう。
しかし妙だった。
そんな少女が夜も遅くに軍営のそばで何をしていたのか。
周りには誰もいないようだがはぐれたにしては動きが不審だった。
お前は誰だ、とロブは質問に質問で返した。
「ラグ・レ」
少女は無表情のまま一言呟いた。
奇妙な響きだったがロブはそれが名前であると気づいた。
「何をしていた?」
「私は質問に答えた。次はお前が質問に答えろ。最強の男だな?」
「お前が質問出来る状況だと思うか?」
「受け応えも出来ん奴に言葉をくれてやるつもりはない」
少女は実に肝が据わっていた。
年端もいかない少女とは思えない落ち着きぶりだ。
部族の人間は大陸の若者よりも格段に早く成熟するというが、それにしても達観しすぎている。
やはり何らかの訓練を積んでいると見たほうが賢明だった。
「そうだ。そう呼ばれている。ロブ・ハーストだ」
「やはりそうか。私は並みの兵士には負けない自信があったのだ」
「負けない? 襲撃に来たとでもいうのか? 仲間がいるのか」
「違う。ここが軍営のそばだということは知っていた。だが森は休むのに調度いい。ここで仮眠をとるつもりだった。目的地はここではない」
「随分と気前よく喋るな。聞けば喋ってくれるのか?」
「そうだな。まずはどけ。重い。私はこの体勢は嫌いなんだ」
「逃げずに大人しくするなら離してやる。ただし武器は預かるぞ」
「わかった」
慎重に離してもラグ・レは抵抗を見せなかった。
ロブはラグ・レの腰の短刀を抜き、弓矢を回収した。
立派な装飾の柄を持つ短刀だった。
何の意味があるのかは分からないがまじないのようなものだろう。
弓矢のほうは即興の手作りであるようで簡素なものだった。
目線を外してもラグ・レは仰向けに寝転んだまま動かない。
ロブは不思議に思って声をかけた。
「何をやっているんだ。もう起き上がってもいいぞ」
「いいのか? 背中の鞍と、尻の割れ目と、あと靴の中に小刀を隠しているぞ」
「自分から言い出す奴に抵抗の意志なんかないだろう」
あまりの正直さにロブは呆れるしかなかった。
「それで、お前はこんなところで何をしていた?」
木を背に寄りかかりロブは目の前の少女を見降ろした。
少女はあぐらをかいてロブを見つめていた。
軍営に用がないというのは少女の嘘かもしれないが、会話をすればいずれぼろが出るだろう。
ロブは尋問に良い思い出がないがすぐに連行せずに暫く付き合ってみることにした。
「アルバレル修道院に用があった」
「アルバレル修道院?」
「知らんか?」
「いや、知っている」
知ってはいるが予想外の単語だった。
てっきりラグ・レはブロキス帝に反抗する島嶼国家の間者だと思っていたのでまさかその施設の名前が出るとは思っていなかった。
アルバレル修道院はエキトワの平原にぽつりと立っている修道院だ。
確かに他の町より軍営からの道のりが一番近かった。
もともとは初代皇帝の東部侵攻の際に皇帝の宿所として建てられたものらしいが、はるか昔にとうにその役目を終えている。
今は病人や孤児を受け入れる施設になっており傍らで街道間の宿場として機能していた。
何故ラグ・レはそのような場所に用があるのだろう。
もしかしたら身内がそこにいるのではないか。
それは充分にあり得る話だ。
「何故あんな場所に用がある? 親兄弟でもいるのか?」
ラグ・レは大きく頭を振った。
「違う、あそこにはブロキス帝の娘がいる。それを攫いに来た」
「なんだって?」
ラグ・レの口から発せられた言葉にロブは眉を顰めた。
ブロキス帝に子供がいたとは初耳だった。
伴侶がいたことさえ知らない。
信じ難い話だった。
「島嶼に下された詔勅を知っているか? 島嶼の国々を同盟国でなく完全な隷属国家として扱う宣言だ。あれで皆怒った」
「知っている。俺はラーヴァリエのイムリントに攻勢をかけていた部隊の一員だった。ブロキス帝が王座に付いた混乱で敵味方の死は無駄なものになった。その後その詔勅のせいで俺たちは島嶼で孤立無援になったんだ。何とか撤退したが上の人間は処断され俺は左遷された」
「それでよくまだ従っているな。先帝への忠義はないのか? 戦士としての誇りはないのか?」
「…………」
ラグ・レの言葉にロブは返事が出来なかった。
ロブ・ハーストは天涯孤独の身だ。
最初は守るべきものは何もなかった。
自分の生きる糧を得る為にがむしゃらに戦った。
決して先帝や上官に忠誠心があるわけではなかった。
だがいつしか仲間を守るためにも戦うようになっていた。
必ず生きて帰ろうと誓った仲間はたくさんいた。
しかしイムリント撤退戦は最悪の戦いだった。
劣悪な環境の中に大隊は取り残された。
どこから襲い掛かってくるか分からない元同盟国の横槍に隊は分断され、昼夜問わず逃げ回った記憶は今も脳裏にこびりついて離れない。
仲間は飢えや食あたり、虫や感染症で次々に倒れていった。
彼らは戦闘で死ねず何の意味もなく死んでいった。
何とか逃げ帰った兵士たちには碌な労いもなく、逆に踏みとどまらなかった事の叱責が浴びせられた。
上官の一部は失意の中で自死を選んだという。
しかしロブは何もしなかった。
自分なりに責任を取る事も抗議の声をあげる事もなくとりあえずエキトワ領への転属に従った。
その結果得たのは新たな仲間と、いずれ来るであろう決戦の機会だった。
これにもロブは何の信念もなく従った。
余計な疑問は持たないのが優秀な兵士の条件なのだ。
仲間が死なないようにと訓練を施したがそれは何の為だったのだろう。
仲間に生き抜いて欲しかったのか。
それほど仲間が大切なのか。
それは違う。
何故ならロブは撤退戦で死んでいった仲間たちの顔が思い出せない。
大事なはずの仲間たちの声が思い出せない。
ただ何となく従って、役目という皮を被って生きていたからだろう。
ロブには兵士としての誇りもなかったのだ。
果たしてそんな自分に仲間たちが眠る南国の泥の上を再び踏みしめる資格があるのか。
それを思うとロブはラグ・レの問いに胸を張って答えることなど出来なかった。




