漁村より 10
ロブはイネスに質問した。
なぜ自分を助けたのかと。
イネスは答えた。
助けるのは当然だと。
嵐の翌日、浜辺には多くの物が打ち上がる。
女は朝早くから漂着物の採集に出ていた。
海からの贈り物は早い者勝ちだ。
死んで間もない魚介などは食料になるし何か使える物が流れ着いていたら儲け物だった。
ロブを発見した時には死体かと思い気が動転したという。
それもそうだろう。
しかし恐る恐る脈を確かめて見ると鼓動が感じられた。
生きていると知った時はもっと動転した。
「死体があがったら送り返しの儀式をしなければならないけど、それは町の皆でやるの。逆に生きていたら発見した人間が介抱しなければならないのよ」
送り返しの儀式とは死体を再び沖へ流し魂を鎮め穢れが戻ってこないようにする儀式だという。
ずいぶんと土着の信仰が根強い地域なのだなとロブは思った。
おかげでロブは治療までしてもらえたので助かった。
普通なら官憲を手配され、その流れで身柄を拘束されていただろう。
「ここまで運ぶのは大変だっただろう。誰か他にいるのか?」
ロブはなかなかの巨漢だ。
女手だけで運べるものではない。
他に誰がいるのかも気になった。
だが聞けば女は一人暮らしでその時はたまたま一緒に採集に来ていた老人と手分けして運んできたのだという。
イネスの家は海からほど近いらしい。
その老人は隣の家に住んでおり、今は腰を痛めてしまい床に臥せているとのことだった。
ますます申し訳なかった。
「気にしないで。そういう決まりなんですから」
「何か俺に出来ることがあればいいが」
そうは言ってみたもののロブは一刻も早く戦士の少女の安否を確認したかった。
それに万が一、この町に自分の捜索の手が回ってきた場合に巻き添えにしてしまうかもしれない。
三日も寝ていたということは近くに追っ手が来ているかもしれない。
厚意を仇で返すわけにはいかなかった。
「出来る事……そうですね、じゃあ正直に答えて頂けますか?」
「……何が聞きたい?」
「貴方はいったい何者ですか?」
当然聞かれると思ってはいたのでロブは真実を口にした。
「俺はロブ・ハースト。帝国陸軍の軍曹だった。今は反逆者として追われている。傷を負って崖から落ちて……今に至る」
ロブは女に包み隠さず素性を伝えた。
沈黙が生まれた。
女がどのような顔で何をしているのかは分からない。
身の危険は感じないのでロブは女が口を開くまで黙っていることにした。
暫くすると女が立ち上がった。
「声の、がらがらしている感じがなくなってきましたね。お腹空いてませんか? 作り置きですけど」
声からは焦燥も侮蔑も感じられない。
正体を明かす前と同じ声色だった。
詳細までは分からずとも大方は察していたということか。
それなのに助けたのは信心深いからか、それとも別の思惑があったのか。
「ありがとう。いただくよ」
ロブは素直に厚遇を受けることにした。
薪をくべる音が聞こえ、空の鍋を火にかける金属音がした。
作り置きがあるというのはどうやら嘘らしい。
考えてみればそれもそうだ。
鄙びた漁村である。
そして初夏だ。
作り置きなどすぐに腐ってしまうだろうし温め直すなど贅沢だ。
それほど裕福な環境だとはロブには到底思えなかった。
すぐに薪の爆ぜる音が聞こえてきた。
案の定料理は今から作るようだった。
視力を失ったからか聴覚と嗅覚が研ぎ澄まされているように思えた。
「海の側ですから。薪も塩を含んじゃってて。ちょっと時間がかかるかも」
「すまない」
ひょっとしたら料理は狼煙のようなものをあげる為の偽装なのではないかとロブは一瞬だけ邪推した。
だがその考えはすぐに己で否定する。
捕えるなら意識不明のうちに行動を起こしているはずだからだ。
再びイネスが傍に戻ってきた。
「ロブさん、って呼んでいいですか?」
「ああ」
「最初は犯罪者かと思ったんです。時々そういうのも流れ着くらしくて。でも色々あって放っておけませんでした」
「犯罪者には変わらん。軍を追われている身だ」
「なんで軍を追われたんですか?」
「……機密を盗んで他国に亡命しようとしたんだ」
「それをするとどうなるんですか?」
「皇帝が困る……かな」
詳しい説明など無意味だろう。
簡単に言ったが嘘は言っていなかった。
聞かれても詳細を話すつもりはない。
自分のやったことはそれだけ陳腐で外道なことだった。
登場人物、オリジナル設定が多い小説です。
登場人物や単語などをまとめた設定資料のページもありますのでご活用ください。
分からないことありましたら感想などでご質問いただけると幸いです。
設定資料に追加いたします。
https://ncode.syosetu.com/n2281fv/




