漁村より 7
見知らぬ青年二人と共にいたビクトル・ピーク兵長が歩み出てきた。
エイファは怒られることを確信した子供のように小さくなった。
皇帝との謁見時は仕方がなかったといえなくもないが、気絶した兵長を完全に忘れて置いてきてしまっていた。
言い訳にもならないがそれほど情報と皇帝の圧とがエイファの脳内を占めてしまっていたのだ。
「ごめんなさい、あの時は介抱したら皇帝の気に障りそうで……」
「その気に障りそうな空間で目を覚ました私の身にもなってください。まぁ結果何事もなくて良かったですけど」
「どうやって退出したんですか?」
「それ聞きます? 普通に、です。陛下も少佐も私なんか空気みたいな扱いで、それはそれは虚しかったですよ」
「ご、ごめんなさい」
ピークはこの若い無能な上司を子守するにあたって頼られる以上に蔑ろにされることにある種の喜びを感じていた。
咎めた時の本気の焦り顔も好きだった。
期待どおりのものが見られてピークは満足した。
そしてこのやり取りがもう出来ないかもしれないことに少しだけ寂しさを感じていた。
「うーん、君たちが追討部隊なの? とりあえずは知った顔だけど」
アシンダルが眉根を寄せて唸った。
エイファも捜索隊と聞いていたのでもっと大人数かと思っていた。
たった五人とは、これでは捜査隊ではなく捜査班だ。
ただピーク兵長がいるということはサネス小隊の面々は動かせるのかもしれない。
そのエイファの思いと裏腹に兵長はすぐに否定した。
「中将閣下、私は違います。少尉に一言申し上げたくて来ただけです。少尉はもはや上司ではありませんので私はすぐに小隊に帰陣し拘束中の皆と合流して次の処遇があるまで待機しなくてはなりません」
「ああそう。君も常々大変だね。とりあえず次の上司が決まったら教えてね。たぶん諜報部の息のかかった蛍族が来るからさ」
兵長の突き放した言い方にエイファは悲しくなったがエイファ一人だけヘイデン独立大隊に移ったのだからもう除隊扱いなのは仕方のないことだろう。
敬礼するピーク兵長の肩を優しく叩き、アシンダルはバルトスに向かい合った。
「ということは……君たちだけでハースト軍曹を探すの?」
柄の悪い青年が鼻で笑った。
「俺だけで充分なんだけどな。理には適っていると思うぜ。近距離の俺、遠距離のセロ、そんでサネスの飼い主のその姉ちゃんってな」
「飼い主……!?」
「狂犬みたくたちが悪いって聞いてるぜ。軍規なんか守りもしねぇってな。そんであんたは唯一その狂犬が懐いているだけで少尉になった人だろ?」
失礼な物言いにエイファはバルトスへ詰め寄るも痛い所を突かれて絶句した。
自分が常々気にしていたことは、こんな遠方勤務の見知らぬ男にまで知られていたのか。
あまりの険悪さに空気が重油のように重くなる。
その時長髪の青年が小さく口を開いた。
「セロ・ディライジャ」
皆が青年の方を向いた。
何を言ったのか誰もが咄嗟に理解できなかったが、徐々に認識できた。
青年はこの状況で自己紹介したのだ。
思わぬ展開に毒を抜かれエイファは怒るのが馬鹿馬鹿しくなった。
特殊な兵科に就く人間など性格も特殊に決まっているだろうに怒るだけ無駄というものだ。
つんとした態度でバルトスの横を通り過ぎエイファはセロの前に立つ。
直視出来ないのか目線を下に泳がせしきりに腕を掻くセロにエイファは満面の笑みを見せながら手を取った。
「サネス少……エイファ・サネスです! 宜しく、ディライジャ!」
「せ、セロでいいよ。エイファ。よろしく」
臆病なのか大胆なのか分からない返事にエイファは吹き出してしまった。
後ろではバルトス、ピーク兵長、研究者が鼻をひくつかせていた。
「ちぇっ、なんだよ」
「まぁ若者同士仲良くなるのは良いことだよね。でも悠長に自己紹介している暇あるの? 急ぐんじゃないの? そもそもなんで急ぐの」
アシンダルが至極当然の疑問を口にした。
ハースト軍曹は荒れ狂う海に消えた。
探索が絶望的な軍曹よりむしろ協力者を探した方が良いのではないか。
ハースト軍曹は何も持っていなかったのだから、その協力者がヘイデン少佐の娘を連れている可能性が高いと考えるのは自然だった。
「管轄外だからよくは知らねぇけどバエシュ領にあるテルシェデントっていう港町で赤ん坊を連れたアナイの雌がきを見つけたそうなんだよ。内陸方面に逃げたらしいけど、がきはバエシュ方面軍の連中が追っているから任せといて、お前らは軍曹を早く捕まえろって禿げじじいが言ってたぜ」
「アナイって、アナイの民? そうかなるほど、そりゃ面倒だね」
「どういうことですか?」
バルトスの言葉に合点がいった様子のアシンダルにエイファが質問した。




