漁村より 5
研究者とエイファを従えて検査室内に移ったアシンダルは横たわるサネス一等兵に掛けられた毛布を取り払った。
右肩から先の包帯以外は一糸まとわぬ姿となった一等兵の右胸上部には縫合痕があり、生々しく腫れあがっていた。
「実はここも傷を負っている」
アシンダルが傷口を指でつつくと一等兵の体が反応した。
鎮静剤の過剰投与で意識が混濁してはいるが反射反応は失われていないようだった。
「これは……いつ出来た怪我でしょうか。私はサネス一等兵がここを負傷する様子を見ておりません」
化身装甲の胸部の装甲は厚い。銃や弩砲ならいざ知らずこんなところに槍が通るはずもないことはアシンダルも当然分かっているはずだった。
「君は見たんじゃないの? 黒い稲妻に包まれたニファ君がハースト軍曹に突進して軍曹に喉を貫かれた瞬間をさ」
エイファは思い出した。
確かにサネス一等兵は最後に軍曹の突きを喰らっていた。
しかし搬送前に意識を取り戻した時には声を発していたので刺突は逸れていたものと思っていた。
化身装甲は操者が着る都合上、首から上腕にかけての部位のくびれがなく一体となっている。
「その時は首の横の空洞部分に槍が抜けたものとばかり思っておりましたが、実は胸部を貫いていたということでしょうか。あり得るんですか?」
「あー。それはその、なかなか言いづらいけど……内部に空洞なんてないんだよね」
「え?」
「まぁ原理に関してはこれ以上説明しても君だって面倒でしょ? とりあえず負傷はしていた。その事実を前提にしたかっただけだから、それでいいじゃない」
口ごもったアシンダルだったがすぐに手を叩いて仕切り直した。
少し不満気なエイファだったが専門用語を交えて話されてもあまりよく分かっていないのでアシンダルの提案に従うことにした。
「とにかく、この事から仮説を立てるとニファ君の化身装甲は黒い稲妻から動力を得て再起したと考えられるんだ。だけど……」
「しかし博士。その理屈ですと近くにいたハースト軍曹は地絡によって感電しているはずではないでしょうか」
エイファの隣にいた研究者が意見した。
アシンダルも頷いた。
「ダロット君、いい考察だね」
アシンダルに褒められ得意げに視線を向けてくる研究者と目が合いエイファは小首を傾げた。
「そうなんだよね。感電の条件も充分に揃っていたはずなんだ。でもそれを言ってしまうとエイファ君の報告を虚偽として、実はニファ君は途中で稼働限界に陥っていなかったと片付けるのが一番自然になってしまうんだ」
「あ……いや私はべつに少尉殿が嘘をついたと証言したかったわけでは……」
目を白黒させて何故かエイファに弁明しようとする研究者を尻目にエイファは疑問を呈した。
「では、中将閣下は何故私の報告を信用してくださるのですか?」
「そりゃ勿論、自分が常識に捕らわれているからさ。忘れちゃいけないのは扱っているのが未知の鉱物だってこと。それを既存の法則に当てはめてしまうと大きな落とし穴に嵌まってしまうかもしれないんだ。だからもしかしたらこの鉱石そのものに発電する特性があるのかとか、潰していかなければならない仮説はまだまだある。その上で君の報告は貴重だった」
「他に誰も見ていないのに、ですか」
「他の者と君には違いがある。それは君が装甲使いだということだ。装甲を通して可視化出来たのかもしれないし、それに……」
「それに?」
「いや、陛下やヘイデン君がやたらとニファ君の容態を気にしていてね。容態というか、早くニファ君をハースト軍曹の捜査に復帰させるように催促されたんだけど。ね、教えてくれなかったけど陛下は何か隠している。そこにも手がかりが隠されているんじゃないかと思うんだ。あ、そうだ。その件でニファ君はイクリオ軍病院に移されることになったよ。最新の医療を受けさせるから検査は中止だってさ」
研究者たちがざわついた。
エイファも驚いた。
研究者たちは単純に被検体が横取りされるのが不満なようだがエイファはその待遇に驚いていた。
イクリオ軍病院は軍の衛生部が管轄している最高の病院だった。
将官級の人物や執政の高官のための施設であり、前線で名誉の負傷をしたわけでもではなく治安維持活動くらいしかしていない一等兵が入れるような場所ではなかった。
いったいサネス一等兵はどういう扱いなのか。
エイファには知る由もなかった。