漁村より 4
「黒い稲妻なんて存在しないよ」
エイファからサネス一等兵とハースト軍曹の一騎討ちの顛末を聞いたアシンダルは断言した。
周囲の研究者たちも各々の姿勢で二人の会話を聞きつつ小さく頷いていた。
「可能性がないわけではないけど……報告書に書かなかったのは、精神鑑定に回されるから?」
「はい、まあ。恥ずかしながら隊の皆と口裏を合わせようとしたのですが、合わせるまでもなく誰も見ていないとのことでしたので……」
「ふぅむ」
アシンダルは思案した。
エイファの証言は自分がサネス一等兵の化身装甲を確認した時に感じた違和感と整合性は取れていた。
動力発動機からは周辺の緩衝剤の溶融と配線の短絡跡が確認できたことから稼働限界に陥ったことは推察できた。
しかし溶融が起きるまで発電機を回すことは可能でも機体を動かすことは不可能だ。
稼働限界とは発電機と動力源間の接続が切断されることによって生じる動作不良のことからだ。
エイファ含め分隊の全員の証言ではサネス一等兵は一度動かなくなった後に急きょ再稼働し、ハースト軍曹と相討ちになって気絶している。
つまり一度動かなくなったその時点で過剰に発電機を回したとみて間違いない。
だがその後に動くことは理論上不可能なはずである。
アシンダルら研究者にはこれが不可解だったのだ。
「ねぇエイファ君、化身装甲の動力源は知ってる?」
「発電機能と聞いております」
「表向きにはね。でも違う。他の国が真似しようとして出来ないのはそれだ。内緒だよ、化身装甲の動力源にはセエレ鉱石を使用しているんだ」
アシンダルの告白にエイファは仰天した。
セエレ鉱石とは近年発見された新種の鉱石のことだ。
大きな力を加えると反応し、発光しつつ膨大な活動量を産み出す未知の鉱石である。
質量に見合わない活動量を保有するが故に万が一の危機管理が取りづらく、また質量に比例することのない活動量保有量から活用しづらいという面もある。
歯ほどの欠片で機関車を長期間動かすことが出来るものもあれば、抱えられないほど大きな塊でも瞬間的な働きしかしないものもあるというのだ。
また、鉱石自体も見た目の特徴がまちまちで外見では判別できない。
そして解析すると見た目通りの成分しか含有していないという、あり得ないことだらけの研究者泣かせの石だった。
共通点といえばある一定の力を加えると反応して発光するということと、発光中は接触する物体を含めて何故か異常に軽くなるということしか分かっていなかった。
その未知の鉱石を国家の威信をかけた兵器の動力源にするなど奇想天外もいいところであった。
「セエレ鉱石の発光条件に適している外部刺激は火花放電だった。火花放電によって反応した活動量を反復増大させることで従来の活動資源よりも充実した力を得ることが出来た。だから動力部にはセエレ鉱石と発電機が圧力場を介して併設されているんだ。鉱石と発電機の位置関係は非常に繊細だ。狂えば火花は上手く鉱石に伝わらなくなる。君達が小指下の引き金で装甲の速度や力を調節できるのは、引き金を引くことでこの火花放電に強弱がつくからだ。だけど上限と下限は設けている。下限は機体を動かせるだけの活動量であること。これは自動で常に微弱な放電を加えるように設計することで実現している。上限は君達の肉体が堪えられる限界だ。引き金を最大まで引いて得られる動作がそれだね。そしてそれは発電機の限界でもある。超加速によって抵抗がかかるとどうしても構造にずれが生じてしまう。それが稼働限界の正体だ。火花は上手く伝わらなくなり装甲はただの鉄の塊になる。一気に全身に鉄の重りがつくようなものだ。死んじゃうね。逆に活動量が大きすぎれば反作用に生身が耐えられない。いきなり動き出そうとしても装甲の中で生身が潰れちゃうわけだからやっぱり死んじゃうね」
恐ろしい事を具体的に説明されたがそれは志願した時に説明を聞いて了承済みだ。
「でもサネス一等兵は軍曹から得た傷以外は無傷でした」
「いいや。両肩が脱臼していた」
「それは装甲の重みによるものではないんですか?」
「そうとも考えられるけど私は仮説を立ててみたんだよ」
そういうとアシンダルは皆を促し、検査室内のサネス一等兵が横たわる特設台へと足を進めた。