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SKYED7 -リオン編- 上  作者: 九綱 玖須人
戦いに挑む
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戦いに臨む 9

 暴徒と戦いながらロブはレイトリフを探していた。


 敵、味方、不明、民間人。


 至る所が死屍累々として日常の町並みが非日常となる。


 皇帝は逃げ切れたかもしれないが最早これでは元々ない権威が地に落ちたも同然だった。


 これは終わる事のない内紛となるだろう。


 そしていずれは弱体化したところを列強に飲まれるのだ。


 ブロキス帝はこれを望んでいたのだろうか。


 このような混沌の先に何があるのだろうか。


 今ではあれだけ敬遠していたバエシュの長が頼もしく思えてくる。


 この地獄に希望を見出せる人間は彼しかいない。


 皇帝の右腕であるヘイデンの部下であり自分の元上司を殺めてしまったロブにはもはやジウには帰れない。


 皇帝の子を受け取り不干渉を貫くジウでは自分が邪魔な存在となることは明白であるし、それならばレイトリフに身を寄せるべきではないかとロブは考えていた。


 ようやく得たジウでの暮らしという安息に背を向ける形になっても良かった。


 それよりもロブはこの凄惨な悪夢の中で彷徨い続け皇帝に対する怒りと悲しみで満たされてしまっていた。


 双方とも引き起こしたのはあの男だ。


 やはりあの男はアバドの邸宅で殺しておくべきだった。


 弾がなくなる。


 ただでさえ射撃があまり得意ではないロブは殺さないようにと足を狙っていたので余計に命中率が低く無駄弾を浪費してしまっていた。


 そこでロブは銃を棍棒のように扱い暴徒をいなし始めた。


 骨折は免れないだろうが殺すよりはましだと路地を走り抜ける。


 そこへ大きな影が立ちふさがった。


 血しぶきをあげて現れたのは見知った腐れ縁の大男だった。


 男はロブを視認するや否や歯をむき出しにして笑いながら豪快な音をたて鉄の棒を振り抜いてきた。


 咄嗟に避けたロブに間髪入れず前蹴りが飛んでくる。


 ロブは回避しながら目一杯叫んだ。


「待て! クランツ、俺だ!」


 近くの木箱の裏に隠れたロブだったがその木箱も破壊される。


「やるねえ! 都長さんとこにも活きのいい子がいたもんだ!」


 アルバス・クランツがどの立場で戦っているのか、そもそも何故クランツがダンカレムにいるのかロブには分からなかったが勢力が入り混じった現状が余計に状況をややこしくしていた。


 ダンカレム兵は何も知らされていない者とラーヴァリエ信教に感化された者に分かれ、私兵や応援で各所から派兵された隊もそれぞれに分かれている。


 更にはもはや制御不能となったラーヴァリエ派の暴徒がおり、自衛のために武装した市民もいる。


 指示系統も異なるので誰が味方で誰が敵なのか分からない。


 もはや滅茶苦茶であり収束は不可能と思われた。


 クランツはどうやら向かってくる者全てを皆殺しにしているようだった。


 その姿勢にロブは2つの可能性を見出した。


 一つはクランツは自分も関係者だからと勝手に式典に参加し勝手に暴れているという予想。


 そしてもう一つはクランツがレイトリフの用心棒として雇われているという予想だ。


「クランツ! 俺だ、話をきけ!」


 ロブは自分がダンカレム兵の恰好をしつつ顔を隠していたことに気づき覆面を取った。


 おそらく近くには自分が指名手配犯のロブ・ハーストだと知る者はいないから大丈夫だろう。


 覆面でくぐもっていた声では分からなかったのか興奮状態で聞く耳持てなかったのか、しかしクランツはロブの顔を見ると途端に大人しくなった。


 振り上げていた鉄の棒を下し、穏やかな顔でロブとの再会を歓迎する。


「あれ、ロブちんだ。転職したの?」


 くだらないクランツの冗談に笑ってやる余裕などなかった。


 再び暴徒たちの怒号が近づいてきていた。


 音を聞き満面の笑みを浮かべるクランツは今にも戦いに赴きそうな姿勢だ。


 彼が知っている情報があるのなら早く聞きださねばまた制御不能になるだろう。


「クランツ、俺はレイトリフとの取引でここに来た。 お前もレイトリフと繋がっているんだろう? レイトリフはどこだ!?」


「あらま? いつの間にかロブちん味方になってたのね。とっつぁんならさっき死んだよ」


「死…………なんだと? まさか……お前が傍にいたのにか!?」


「ちがうよ。別行動。だって俺、自費で来たもん。そしたらこんな状況になっちゃって。爆発音がしたから見に行ったらたまたま死にかけのとっつぁんに会ったの」


「くそ……なんてことだ」


「ショズ・ヘイデン。あいつだぜ、とっつぁんを殺ったの」


「ヘイデンだと!?」


「詳しくは知らねえけどだいぶ恨まれてたみたいだな。いい機会だから殺したって感じだったぜ」


 ロブは顔を覆った。


 あの狡猾な老人のことだから必ず生き延びると思っていたのになんという呆気ない最期だろう。


 これで義理を果たす必要がなくなったとしても潜伏先を失ってしまった。


 国内における反帝の最大勢力の首領ともいうべき男が処されたことによりきっとバエシュ領も帝政派の誰かが領主にすげ替えられるだろう。


 ジウには帰れずバエシュも頼れない、いわゆる詰みの状況にロブは思考が回らなくなっていた。


「ロブちんはこれからどうすんの? 俺はとりあえずバエシュに逃げるけど」


「……レイトリフが死んだ以上、俺たちを匿ってくれる奴なんかいないだろう」


「それがそうでもないっぽいよ?」


「なに?」


「後で話すからさ、とりあえずこれから来る連中を先にぶっ殺そうぜ!」


 怒号と銃声の合間に蹄の音が聞こえる。


 騎馬と言う事は正規のダンカレム兵か。


 すると戦う道理はないのだが敵味方の分からないこの状況では話し合いなど出来るはずもなくきっと出会い頭に戦闘になるだろう。


 ロブは大きくため息をついて腹をくくった。


 通りの角から馬が見えた。


 それは六頭牽きの大きな馬車だった。


 御者台で荒々しく手綱を握る防塵面の男にロブたちは見覚えがあった。


 それは相手も同じであり馬車は傍まで駆け寄ってきた。


「おいおいおい、なにやってるんだあんたらは!?」


「ちょっとグレコさん、なに停車してるんですか! 早く……なにをやっているんですか貴方たちは!?」


 幌から顔を出して御者を叱咤した薄い顔の男は馬車の前にいる二人の男を見て仰天した。


 本来いるはずがない二人であり、一緒にいるはずがない二人だと思っていたのにこれはどういうことか。


「ウィリー!」


 弾薬を肩に担ぎながら屋根の上に腹ばいになっていたダグが叫ぶ。


 暴徒がすぐ傍まで迫って来ていた。


「あああもう、乗ってください!」


 ロブたちはすぐさま馬車に乗り込むと中にいたビビが二人に銃を投げて寄越した。


 その瞬間に馬車が急発進し、咄嗟に座射姿勢を取っていたロブたち三人の後方でウィリーがひっくり返った。


 馬車は間一髪で暴徒の乗り入れを躱し、射手の増えた馬車に太刀打ち出来ず次第にその距離を引き離されていった。




 辛うじて機能していたダンカレムの門兵が作った防柵を蹴散らし馬車はダンカレムからの脱出に成功した。


 黒煙を上げる都が遠ざかり、ザッカレア商隊の一同は大きく胸を撫で下ろす。


 ロブたちが汗を拭っているとウィリーが労いながら水筒を渡してきた。


 それを感謝して受け取りつつもクランツは冗談交じりに軽口を叩いてみせた。


「別に助けて貰わなくても俺らだったら逃げ切れるけど、なあ?」


 ウィリーは苦笑して頭を振った。


「ははは……無理ですよ。郊外にもう軍勢が迫ってきていたんですから」


「軍勢?」


「ヘジンボサム公の軍勢ですよ」


 ロブとクランツは顔を見合わせた。


 いくら火急の報せが渡っていたとしてもヘジンボサム公の領地からダンカレムまで、こんな短時間で到達できるような距離ではないからだ。


「おかしいだろ。なんでもう来てるんだ? この騒動は仕組まれていたのか?」


「仕組まれていたにしては被害が大きすぎます。おそらくは万が一に備えて式典の開催と共に作戦を遂行していたのでしょう」


「流石は元リンドナル王家だねえ。ダンカレムが反帝の温床になってるって気づいていたくさいな」


「気づいていたのなら最初から被害が出ないように動けたものを……」


「敵のあぶり出し、没落からの復興……いろいろ理由はあるんだろうさ。生きるってことは慈善事業じゃないのよロブちん」


「うるさいな」


「まあなんにせよ我々だけでも脱出出来て良かった。軍勢が到着したら脱出はほぼ不可能になりますからね。それにしても何故貴方たちがダンカレムにいたのか。びっくりしましたよ」


「それはこっちの台詞だウィリー。クランツと知り合いだったのか」


「あ、いや」


「あー。あのさあ、薄々ロブちんも察してると思うけどさ、とっつぁんからあの何とかかんとかっていう玩具を俺に届けてくれたのがウィリーさんなのよね」


「ウィリー、最初から全て知っていたのか。レイトリフに雇われて」


「まあその、すみませんロブさん。商売人なもので顧客とのやり取りは内密にさせて頂きます」


「そうか……アルテレナの軍道で出会ったのも偶然じゃなかったんだな」


「……すみません」


「あんまり責めてやるなよ。敵味方なんか時の運だろ? で、ウィリーさんたちは何でここにいるのよ?」


「顧客の開拓ですよ。大転進記念祭は帝都本領の最前線たるこの地で商売をするのに打ってつけの機会でしたので」


「へー。いいお客さんいた?」


「残念ながら。良い市場かと思ったんですが調べれば調べるほどきな臭さが増しまして。この内乱で今後台頭する人物を見極める予定でしたが粒だった傑物はいらっしゃいませんでした。それどころか既にラーヴァリエ信教が入り込んでいるのを知って、我々武器商人一同はこぞって逃げ出す機会を窺っていたんですよ」


「結局巻き込まれちゃってるねえ」


「大誤算ですよ。おかげで大赤字です」


「売らなかった武器弾薬のおかげで俺たちゃ生き延びれたじゃねえか。前向きに捉えようぜ……よっと」


 屋根の上からダグが降りてきてウィリーから水を受け取った。


 御者台のグレコ以外が馬車内に揃ったところでロブはダンカレムにいた理由を語った。


 ジウを目指していたことはウィリーにはばれているのでジウに行くことが出来たことは話したが、ジウが皇帝とレイトリフに二重に協力を約束したことと自身が魔法を使えるようになったことは秘することにした。


 ジウに帝国の重要機密を運び出すことには成功したがジウは中立の立場を曲げず、結局ロブは少数のジウの同志と共にレイトリフの元に出戻って詫びの代わりに皇帝襲撃に参加したとの説明は一応ウィリーたちを納得させるだけの辻褄が合った。


「レイトリフさんと共闘関係にあったと思っていたアバド都長は同時にラーヴァリエとも内通していたってことですか」


「ああ。味方のはずのアバド都長の護衛をするようにとレイトリフに頼まれて来たんだが……それに気づいてレイトリフの元に向かった時にはもう遅かった」


「まじめだねえロブちんは」


「クランツ、お前が不真面目すぎるんだ」


「しかしそれにしてもあの人がまさかこんなところでお亡くなりになるとはね……」

 

「あ、それなんだけどさ。この馬車って何処を目指してるの?」


「テロートです。そこに私の会社の船があります。テルシェデントにもありますが、あえてエキトワ領まで陸路で逃げます」


「ふうん。俺はバエシュのどっかで降ろして貰えるとありがたいんだけど。ブランバエシュさん家にとっつぁんの伝言があんのよ」


「ブランバエシュ? ……そうか、ブランバエシュか! レイトリフとブランバエシュは共闘関係にあった。クランツ、レイトリフの伝言とはなんだ?」


「ん? 今までありがとーってさ」


「はぐらかすなよ」


「クランツさん、やめたほうが良いでしょう。貴方は目立ち過ぎた。足がついたらブランバエシュにも粛清の矛先が向けられてしまいます」


「んな事言われてもねぇ。伝えるって約束しちゃったし」


「だったら私に作戦があります。その代わり、お二人の身は私に預けてくださいませんか?」


「作戦て?」


「私の商隊に入ればいいんです」


 それを聞いてクランツは手を叩いて喜んだ。


「なあるほど! 傷痍軍人の格好をすれば俺だって分からないからブランバエシュに近づけるわけね。転職かあ。ま、テロートに戻ってもおひげの隊長に迷惑かけるだけだし、他にやりたいこともねえし。いいぜ、俺はのった!」


「ありがとうございます! ロブさんはどうします?」


「俺たちに貸しを作り、お前たちは何を得る?」


「単純な話、お二人の戦力が加わってくださると大助かりなんです」


「この人数で帝都に戦争でも仕掛けるか?」


「まさか。まずはほとぼり冷めるまでノーマゲントに逃げましょう。私の故郷です」


「ノーマゲント……そうか。どおりで帝政相手に商売をしないわけだ。つまりお前はゴドリックを弱体化させるための工作員だったわけか」


「違います。国は関係ありません。私が望むのは世界平和なんです。私は、不思議な力なんていう時代錯誤な力を使っていたずらに侵攻を繰り返すこの小さな国が、他のどの大国よりも恐ろしかった。いずれ世界に厄災を振りまくんじゃないか、そんな懸念があったんです。だから私はこの国を主軸に商売をしていました。勢力の均衡を保つためにね」


「隊長の勘は当たるんだぜ」


「世界平和ねえ。武器商人なんてやってるわりにはずいぶん夢見がちだね、ウィリーちゃん」


「夢想家だから武器商人なんて出来るんですよ、クランツさん」


「ごたごたに介入して何が世界平和なんだ」


「争うのは生き物としての性ですので止めようがありません。しかしその性にも超えてはならない一線があります。いいですかロブさん。我々は、ともすれば外道の所業に陥りがちな戦争という無法地帯において規則をもたらす存在なんですよ」


「正義感歪んでるぅ~」


「…………」


 ウィリーの発言を受けてロブは大賢老のことを思い出していた。


 千年を生きる枯骸は気脈を見守り世の不文律を保とうとしていた。


 そして目の前の男は武器を売り歩くことで世界の均衡を保とうとしている。


 手段は異なるものの見つめる先の目的は同じということか。


 同じ人間でありしかも自分よりも若いウィリーが語るにはまるで戯言のような夢だ。


 いや、ちっぽけな人間ながらも世を憂い精一杯自分の出来る事をやろうとしている姿を戯言だと一蹴してもよいのだろうか。


 戦争で飯を食い、戦争から逃げ出し、大いなる存在に庇護されることで明日の生を与えられる日々に落ち着こうとしていた自分のなんと矮小なことか。


 罪深い自分がこの男と出会ったことは宿命なのかもしれないとロブは思った。


「……不文律崩壊の阻止、か」


「なんて?」


「まあ、無理強いはしませんけどロブさん、行く宛はあるんですか?」


「……お前には一度助けられている。わかった、俺もお前について行こう」


 ウィリーがにっこりと笑い、ダグがロブの肩を拳でこつんと叩いた。


「よっしゃ! また宜しくな、ハーシー!」


「またロブちんと一緒に働けるとはねえ、俺は嬉しいよ!」


「聞こえますかグレコさん! 商隊に二名加入ですよ! ハーシーと、ええと……ランツです!」


「そいつぁいいや! こき使ってやる!」


「とりあえず関所にはまだ報は届いていないでしょうからこのまましらを切って切り抜けますよ! ビビさんは二人に制服を用意してあげてください!」


 新しい目標が出来た。


 笑い声に包まれる馬車の中でロブはふとオタルバたちに思いを馳せる。


 戻ればきっと迷惑をかける。だからさよならだ。


 迷惑をかけたくない一心でロブの決意は頑なだった。


 


 二日後、テルシェデントの軍港に先に到達していたブランクたちの元にザッカレア商隊の馬車が訪ねた。


 町は領主の凶報が真実であるか誤報であるかで大混乱に陥っていた。


 そんな中、ブランクとオタルバはノーラを先にジウへ帰し危険を冒してまでロブの合流を待っていた。


 ロブは再会を喜ぶブランクに思いの丈を話した。


 ブランクは泣きながらロブに詰め寄った。


 その様子をオタルバは腕組みをしながらじっと見つめていた。


 ほとぼりが冷めたら必ず戻るからそれまでの辛抱だとロブはブランクを慰める。


 そう、決して今生の別れではないのだ。


 ヘイデンたちがどう報復に出るかを見極めるために一時的にノーマゲントへ渡るだけだ。


 だからブランクたちも早くジウへ逃げたほうが良い。


 そう促すウィリーにオタルバは素っ気なく背を向けた。


 そして発せられた声は震えていた。


 勝手な男は嫌いさね。


 もう二度と戻ってくるんじゃないよ。


 オタルバは決して振り返らず、涙を拭ったブランクはまたなと言い残してオタルバの後に続いた。


 遠ざかっていく光が街の輝きに溶けるまでロブはずっと二人の背を見送っていた。

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