戦いに臨む 4
「ねえセロ。少佐も辛い立場なのよ。分かってあげなさい。それで少佐、私たちはどうすればいいの?」
「うむ。誰が味方なのか分からないこの状況では少なくとも多勢に無勢だと理解しておかねばならない。いいかね、自分の身の安全さえ危ういのに我々が守れる人間には限りがあるということだ。取捨選択せねばならない命がある」
エイファたちは顔を見合わせたあと頷いた。
恐らく多くの無関係の者が犠牲になる。
しかしそれを嘆き拒否しても詮無きことだ。
この計画を一番被害の少ない最善手だと信じて全力を尽くすほか道はないのだ。
「まず第一に、必ず守らねばならないのは当然陛下だ。だが陛下には有事が起きた際にはウリック特務曹長のセエレ鉱石を使用してもらうことになった。だから警護は不要だ。他を守る」
「不本意ですけどね」
「セエレ鉱石を使用ってなんだよ」
「陛下はセエレ鉱石に眠る魔法の力を引き出せるらしい。私も深くは知らん。そういうものだと納得しておけ。話を戻すが陛下の次点で守らねばならない人物は誰か。当然、ヘジンボサム公だ。ヘジンボサム公は信頼の置けるお方だ。すでに話をつけ、有事に備え領地に軍勢を待機して頂いている。我々の使命はダンカレム郊外にあるヘジンボサム公の飛び地である別荘に味方の要人を避難させることだ。そこで化身装甲と装甲義肢の出番となる」
「悠長に着装してる時間なんかあるか?」
「それについては策がある。明日、現場で説明しよう。着装した君たちにそれぞれ守るべき要人を振り分ける。ヘジンボサム公の護衛はサネス少尉、君が就け。次いでナッシュ上級大将にはディライジャ上等兵、君だ。アストラヴァ殿にはジメイネス伍長、頼む」
「私がですか!?」
「上級大将……了解です」
「おっしゃあ任せろ!」
「元気になった、バルトス」
「私には荷が重いよぉ」
「少尉、サネス隊の代表は誰だね?」
「わ、私ですけど。うう……わかりました。しかし、そうなると他の方々はどうなるんですか?」
「残念だが他の所属の兵士に頼るか、ご自身らで用意した護衛を頼りにしてもらうしかあるまいな。はっきり言えば他は信用に足らない面子だ。妙な動きの報告を受けている。レイトリフ殿は知っての通りだ。アナトゥルバとモサンメディシュの二国はたまたま今は味方になっているだけで情勢によって簡単に陣営を変える連中だから信用できん。ガニライは記念祭の出席の返書が遅かった。二心あると考えていい」
「あのむきむき睫毛兄ちゃんは?」
「オロ殿の事を言っているなら護衛はいらない。ナバフ族はイウダル族と共にいち早く陛下に恭順した部族だ。先帝時代から親ゴドリックの姿勢を貫いているしな」
「先帝時代からって……信用できるのか?」
「組織として情勢を読む力があるということだ。つまり賢い。ゴドリックに忠誠を誓っていれば彼らは安泰だからな。ゴドリックの皇帝が先帝だろうと陛下だろうと、陛下に主権を剥奪されようと今の情勢ではそれに従うのが自国を残す最善の手だと分かっているのだ。だから彼らが裏切ることはない。ちなみにオロ殿は恐ろしく強いぞ。そして……冷酷なことを言えば討たれても大して影響がない少数民族だ。だから護衛につく必要はない」
「じゃあ私が戦っていいですか?」
「なんでそうなるんだね。よく聞けサネス一等兵、彼は味方だ」
「いらない人なんですよね?」
「少尉、どうにかしてくれ」
「いらない人! なんですよね!?」
「ニファ、落ち着きなさい!」
「はいお姉さま。私は落ち着きなさい」
「おっさん。ニファの護衛対象は?」
「見ての通りサネス一等兵に護衛は不可能だと判断している。遊軍となり、暴動の渦中に飛び込み向かってくる奴がいたらとりあえずぶっ殺せ。君はそれでいい」
「私はそれでいいです!」
「で、私は少佐の小間使いですか」
「言い方に刺があるがそうしてくれ。我々は各要人の初動を分析しつつヘジンボサム公の領地へ脱出し軍勢を連れて再び戻ってくる。それが任務だ。いいね?」
「……了解しました」
「さあ、君たちの装備は恐らくヘジンボサム公の別荘に入るところまでは持つだろうがそれ以降は稼働限界となっているだろう。公の護衛と協力し別荘の防衛設備を駆使してなんとか生き残ってくれ。これが明日の作戦の全貌だ。質問あるかね?」
「籠城戦かよ。初めてだぜ」
「僕たちいっつも野戦だったもんね」
「ぜんっぜん楽しみじゃない! なに喜んでるのよ!?」
「ひっ、ひひっ!」
「ニファ!? なにやってるの人前で! やめなさい!」
「あのな君たち、質問がないならないと答えたまえ」
まるで遠足前の子供たちのようだとヘイデンは溜息をつく。
そして今に至る。
ナバフ族の戦士長オロは立ちあがると隣のバンタシェ・デルキウィリ=モサンメディシュ外交代表に隠し持っていた短刀を突きつけた。
それを機にナバフの使節団がモサンメディシュの使節団を取り囲む。
「オロ殿……何を!?」
驚き顔を引きつらせたデルキウィリを一瞥し皇帝は大衆に向けて叫んだ。
「この男は禁教であるあの忌まわしい邪教、ラーヴァリエ信教に魂を売った愚か者だ。主権を我がゴドリックに譲渡することに賛成しておきながら法を遵守する気はなかったらしい。ラーヴァリエへの入信は我が国の法では死罪だ。だから拘束した。それだけのことだ」
人々から悲鳴があがる。
要人らも顔を見合わせどういうことかと緊張していた。
「ば、馬鹿な!? 何を根拠に……横暴だ! いくら陛下とはいえこれは横暴が過ぎる!」
「悪いがこの法は俺が決めたものではない。リンドナルでは昔から適用されていたそうじゃないか。それをゴドリックの法に取り入れたのは先帝のジョデルだ。俺はそれに倣っただけだが、俺が横暴なら貴様らが敬愛してやまない先帝は一体何になる?」
「…………!」
デルキウィリは言い返すことが出来なかった。
「だが安心しろ。俺は慈悲深い。今この場で、自分はラーヴァリエの信者ではないと宣言すれば解放してやる。簡単な事だろう? なにもラーヴァリエを貶める発言をしろというのではない」
「そ、それは……」
デルキウィリは大衆を見た。
固唾を飲んで見守っている大勢の人々の目の一部から裏切りを問う視線が感じられる。
助けを求め見たアバド都長は視線を逸らし、島嶼各所の要人たちも周囲を見回すばかりであった。
思いもよらない急な展開にデルキウィリの心臓の鼓動は早鐘のように鳴り響いていた。
「どうした……? たったの一言だろう? 何故言えないのだ?」
群衆から再び非難の声が沸き起こったがそれは次第に疑心に変わっていった。
何故言えないのか。
何故言わせようとするのか。
二つの批判の声がぶつかり大衆も隣りにいる者が自分と違う立場にいることに気が付いたのだ。
つい先ほどまで共に祭を楽しんでいた住民が別の何かに見えてくる。
その時口々に囁かれる誰とも知らない声が人々の耳に届いた。
「関係なくないか?」
「仮にモサンメディシュの外交代表がラーヴァリエの信者だとしても、それは皇帝がモサンメディシュから主権を取り上げたせいじゃないか?」
「皇帝の横暴がそうさせたんだ」
「仕方のないことだったんだ」
「そもそもこの大転進記念祭だって、なあ」
「皇帝は謝罪もせずにまた同じ過ちを繰り返そうとしている!」
「なにが皇帝だ!」
「偉ぶって!」
「全てお前のせいだろうが!」
「くたばれ独裁者!」
「モサンメディシュの使節を解放しろ!」
「アバド都長は何をやってるんだ!」
「オグポラ王子! 何が偉大なるトゥルバだ!」
「ガニライの誇りはどうした、ディアマクタ!」
「何故立たない!? 同胞の危機だぞ!」
「選ばれし我らの同胞が下賤なる暴君に汚されようとしているのだぞ!」
嵐のように響く怒号の中から聞こえてくる言葉の中に混じる不穏な単語に対しアバド都長は心の中で叫んだ。
やめろ馬鹿ども。
今はその時ではない!
皇帝はかまをかけているだけだ。
デルキウィリ殿も、貴方が尊い犠牲となれば多くの者たちが嫌疑不十分で救われるのになにをやっているんだ!
しかし自分が止めに入れば次に槍玉にあげられるのは自分だろう。
それだけは嫌だ。
何故こんなことになってしまったのか。
自分が築き上げてきたものが全て壊されようとしている。
もうやめてくれ!
「ヴァナ・ヴァーリエ!」
ついに聞こえてはならない言葉が群衆の中から発せられた。
主に還れ。
ラーヴァリエ信教の教徒が使う最も代表的な言葉だ。
それは自分たちの信じる唯一神への感謝、挨拶、鼓舞する時の掛け声など様々な場合で使われる言葉であるがゴドリック帝国圏内では聞こえて良い言葉ではなかった。
しかし愚かなる群衆は自分たちの正義を盲信し、頼りにならない権力者たちに痺れを切らして立ちあがってしまったのだ。
ヴァナ・ヴァーリエ! ヴァナ・ヴァーリエ! ヴァナ・ヴァーリエ!
思ったよりも多い声に流石のヘイデンも冷や汗が流れた。
ここまで浸透してしまっていたのか。
急に豹変した隣人に訳も分からず泣き叫ぶ女子供。
呆気に取られる応援兵士たち。
その応援兵士の持つ得物目がけて急に群衆が手を伸ばした。
「なっ!? やめっ……」
「ヴァナ・ヴァーリエ!」
抵抗する暇もなく得物を取り上げられた兵士がその得物で喉を貫かれ絶命する。
轟いた悲鳴が未だ惑うていた人々の心に火をつけた。