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SKYED7 -リオン編- 上  作者: 九綱 玖須人
巨星を集い
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巨星を集い 10

 本祭を二日前に控え都長邸宅にて動きがあった。


 現在来訪中の要人を集めての晩餐会が開催されたのである。


 主賓やレイトリフら各領の重鎮は未だ本領に在るため招かれたのは既にリンドナル入りをしている者のみだ。


 名目は都長の快方祝いを兼ねていた。


 皇帝側の有無を言わさない文面で会わなければならなくなった都長にとってこの饗宴は詐病を揉み消す良い機会となった。


 先に現地入りしている各所の次官や島嶼の要人は主人役である都長の登場を温かく拍手で迎え入れた。


 にこやかな笑顔を顔に貼り付け挨拶をして回る都長を会場の片隅でロブは見守っていた。


 犯罪者として面の割れているロブは通常のリンドナル兵の装備を見につけることが出来ず、邸宅で雇っている傷痍軍人という設定で顔を隠していた。


 現在までの式典のつつがない進行と本祭の成功を祈り一同は華やかに酒を飲みかわす。


 そこへ一台の馬車が到着した。


 最後の到着となったのは帝都諜報部のショズ・ヘイデン少佐である。


 馬車はヘイデン自らが操縦していた。


 衛兵が驚いて聞くと人員は全て警備のほうに回したいからこれで良いのだという。


 馬車を裏庭の馬場に置いたヘイデンは表口から颯爽と晩餐会に参加していった。


 そのとき裏庭では馬車の管理を任された馬子が倒れていた。


 馬車の中から現れた黒衣の男はまるで無人の野を行くかのように不思議な力で裏門のカギを開錠しアバド邸の中へと入っていった。


 ロブは背中に悪寒を感じた。


 今、なにかが邸宅の中へ入った。


 そして分かる者だけに分かるように合図を送ってきたのである。


 この気配は魔力だ。


 挨拶に忙しいアバドの警備は放っておきロブは暗がりから会場を後にした。


 ロブは嫌な予感がしていた。


 大賢老は、奴は魔力の使い方を知らないと言っていたが果たしてそんな者がこのような合図を送ってこられるものだろうか。


 気配を辿り暗い邸宅の通路を歩いていくとオタルバが先に辿り着いていた。


「ロブ」


「ああ」


 邪悪な魔力はある一室から感じる。


 それは近くの魔法使いにのみ探知できる程度の僅かな魔力だった。


 二人が中に入ると暗がりに立っていた男が片手を広げる。


 部屋の中の燭台に一斉に明かりが灯った。


「ブロキス……」


 吹き出物だらけの灰色がかった紫色の顔色に落ちた頬、精気のない顔をした男が冷たい眼差しを向けている。


「ロブ・ハーストか。貴様が来ることは分かっていた」


 顔に似合わない若々しい澄んだ声からは敵意や殺意は感じられなかった。


 宴の談笑が余韻のように響く中、魔法使い三人による密議が始まった。




「まず貴様らが我が真意を汲み取ったこと、礼を言おう」


「やはり、子を大賢老に保護させるのが目的であのような行動を取ったのか」


「そうだ」


「真意を訪ねに大賢老が使者を寄越すことも計画のうちだったと?」


「そうだ」


「ふん、全ては自分の手のひらの上のことだったってのかい。いけ好かないね」


「貴様は」


「審判のオタルバ。ジウの使者は私だよ」


「我が子は息災か?」


「勿論さ。ジウは受け入れた者は無下にしないし、人質なんて姑息な真似はしないよ」


「助かる」


 暴君と呼ばれた男が頭を垂れる。


 その姿にオタルバは困惑していた。


 目の前にいる男は疲れ切ったただの若者である。


 話では確か二十代であったはずのこの男に対して何が、肉体と精神と風説と実像にここまでの不均衡を生じさせたのだろうか。


「で、あんたはいったい何が目的なんだい」


「…………」


「あんたはだいぶ他人を信用していないね。なのに何故、会ったこともないジウに自分の娘を託そうとしたんだい」


「邪魔だからだ」


「なに?」


「邪魔だったのだ。覇道を成すには。必ず枷となる存在だった」


「自分の子を……邪魔だと?」


「ロブ、そういう意味じゃない。分かってるだろ。本当にそう思ってたらわざわざ小細工してまで他人に預けようとはしないよ」


「……そうだ。頼るしかなかったのだ。俺は強い。だが無力だ。一人で千の大軍を相手にしたとて無傷で勝つことが出来るだろう……今のこのざまでもな。だがな、実際には俺を目がけて千の大軍が押し寄せるなんてことはない。俺に敵わないと思えば敵は必ず俺が厭う手段を講じてくるだろう。俺一人の勝利は勝利ではないのだ」


「子を守ることがお前の勝利……ということか?」


「その通りだ。俺は我が子を巻き込みたくなかった」


「…………そうか。やはりそういう理由だったか」


「ロブ?」


 ロブは静かに怒っていた。


「お前がそう思う気持ちが、何故他の者も持っていると思わない?」


「…………」


「お前のその思いが、多くの同じ思いを抱える者たちに、悲しみを、絶望を与えたと、何故考えなかった!?」


「考える必要などないことだ。思うだけでは叶わん。俺は叶えるために手を尽くし、その者たちは力がなかった。ただそれだけのことだ」


「お前……!」


「ロブ、落ち着くんだ!」


 オタルバは驚いてロブを制した。


 ロブがここまで感情を露わにしているのは初めて見た。


 ロブの脳裏にはこのくだらない戦争で死んでいった多くの人々の姿が浮かんでいた。

 

 それら何万の命が守りたかった小さな幸せを摘み取ったのは、たった一人の男による同じ思いだったのだ。


 家族を思い死んでいった敵味方、巻き込まれた民間人、自分が手を下した子供達。


 彼らの事を思うとロブは皇帝が許せなかった。


 しかし皇帝のその思いを否定することも出来ない。


 大事なものを守るために誰かの大事なものを殺めてきたのは自分も同じだった。


 広義で見れば皇帝も自分も同じであるとロブは理解してしまっていた。


 やり場のない怒りはオタルバに制されたことによって逃げ道を失う。


 ロブは唇をわななかせ、血が滲むほど太ももを握りしめて耐えた。


 オタルバは不器用な男の偲ぶ姿が不憫で仕方なかったが今は慰めている場合ではない。


 しかし皇帝に向き直り、嫌味の一つでも言いたくなるのだった。


「……あんたは立派に独裁者してるねえ。多くの人間を巻き込んでまでやりたかったことが愛娘を守ること、だなんて呆れてものも言えないよ」


「独裁などではない。ただ単に俺は政治を知らん。俺がセイドラントの出であるというのは貴様らも知っているだろうが……俺は父王を追放して王になるまでも、なってからも政に携わったことがなかった。だから自分なりに自分が出来ることをやっていた。それだけのことだ」


「開き直るんじゃないよ。そんなことならわざわざゴドリックの皇帝にならなくたって良かったろ。客将で充分だったはずだ」


「言っただろう。俺一人の勝利は勝利ではない。ラーヴァリエを滅ぼすには多くの軍勢の力が必要だった。ゴドリックの軍事力と経済力は魅力的だったがジョデル帝は邪魔だった。俺は俺の思うままに動かせる国が欲しかった」


「セイドラントだけじゃ飽き足らずゴドリックも玩具にするつもりかい」


「ジウに接点のない俺にとっては他の島嶼を乗っ取るより、何度か訪れた事のあるゴドリックが一番乗っ取り易かったという都合もあるがな」


「一度行った場所を思うだけで移動できる縮地法……雨燕の精隷サキナの力かい」


「知っていたか。そうだ。精隷石は我が子以外の何もかもを失った俺に残された最大の武器だった」


 アルバレル修道院に子を移したのも化身装甲をエキトワ領に配備したのも全ては気脈を見守る大賢老に子の存在を気づかせるためだった。


 精隷石を原動力にするように技術部のトルゴ・アシンダル課長に提言したのも皇帝だった。


 精隷石と伝えたはずだが聞き馴染みのない響きだったことでアシンダルが間違えセエレ石と公表してしまったという行き違いがあったにせよ、それは大きな問題ではないので訂正はしなかった。


 化身装甲は皇帝の発案ゆえにアシンダルたちは懸命に活用方法を模索したが、それが実戦に不向き過ぎてどうにもならなかったのは皇帝に実戦投与の意志がなかったからだった。


 結果、装甲義肢というそこそこ使える兵器が出来上がったものの皇帝の意図はそこになかった。


 要は異常な気脈の変化を大賢老に察知させることが出来ればそれで良かったのだ。


「まあいいさ。とりあえずあんたの望みを大賢老は聞いた。だったらこっちの望みも聞いてもらおうじゃないか」


「赤子を交渉の道具に使う気か? 人質にはしないのではなかったか」


「交換条件って言葉を知らないのかい。いいから聞きな。今後一切、島嶼には手を出すんじゃないよ」


「臣従する島嶼諸国には侵攻した覚えはない。俺が敵と見なすのは俺に害を成すものだけだ。……だが、いいだろう。島嶼へ展開している軍勢は一度本土に下がらせる。しかしそれを好機と見て突いてくる者には容赦はしない。それで良いか?」


「ああ。だが口約束は……」


「口約束しかなかろう。俺たちは本来会っていないはずなのだから。信用はないだろうが信じてもらうしかあるまい」


「そうかい。ああそうだ、さっきは大賢老は受け入れた者は無下にはしないって言ったけどね、実はあたしは受け入れるのに反対だったんだ。あんたが口約束を破るならあたしはあの子を殺す。いいね?」


「……ああ」


「よし、交渉成立だね。じゃあご褒美だ、あんたに情報をくれてやる。バエシュ領のレイトリフがあんたに謀反を起こす準備をしているよ。あんたがちまちま変な策を弄したせいでロブはレイトリフに見つかっちまったんだ。幸いにも奴は帝国の重要機密の正体をまだ知らない。だけどジウが内政干渉してるってんで弱味を握ったと思ってるレイトリフはあたしたちを味方に引き入れようとしている」


「知っている。奴はそういう男だ。以前から妙な動きをしていることは分かっていた。大転進記念祭は不穏分子どもが決起するのに調度良い節目だからな」


「じゃあ話は早い。茶番に付き合っておくれよ。ノーグタンの南の渓谷で炭鉱連中とそれに扮したバエシュ兵があんたの帰路を待ち伏せしている。あたしたちはレイトリフの策どおりにあんたを襲撃するからあんたはサキナの縮地法を使って逃げてくれ。そうすれば色々うまくいくんだ」


「ほう。ノーグタンの炭鉱がレイトリフの手に堕ちていたか。それは知らなかった」


「悠長だねえ」


「石炭は採算が合わん。あそこはただ罪人を働かせるための施設だから重要でもない。それより……貴様はなぜ精隷石の力を知っている? 他の石が持つ力も知っているのか?」


「ああ。ジウから聞いている。そういえばあんたはどうやって石の力を知ったんだい? 継承かい? それともあんたもジウみたいに魔力が見えるのか」


「…………継承だ。だが継承の過程でどの石がどの力を持っているのか分からなくなってしまっていた。俺はラーヴァリエを滅ぼす兵器として使えないかと全ての精隷石に魔力を込めてみた。その後の展開は……貴様らも知っての通りだ。セイドラントは不毛の地となってしまった。同時に俺はゴドリックへと飛ばされていた」


「やっぱり、あんた適当に魔法を使ってたんだねえ。あんたの今のその弱々しい不安定な魔力は呪詛によるものだ。精隷石と契約してその力を使った癖に魔力が足りなかった際に生じる呪いだよ。それぞれの精隷石が一定の魔力を保持するまであんたの魔力は精隷石に食われ続ける。元気になりたかったら元気になるまで精隷石を使っているあの兵器の稼働はやめることだね」


「気前が良いな。情報をただで寄越すとは」


「とりあえず、諜報部の眼鏡の女が持っている精隷石が縮地法の精隷石だ。今のあんたじゃ縮地法を使えるだけの魔力はないだろうからあたしの魔力を移してやる。だから帝都に帰るまでにあたしらの所に持ってくるんだ。そしてノーグタンの南でそれを使え。いいね?」


「分かった。約束しよう」


 本当は魔力を移すことが出来るのはロブだったがオタルバは嘘を教えた。


 ロブが蛇神の分身の呪いによって望まぬ魔力を纏っていることは皇帝も知っているだろうが、既にそれを自在に操れることは黙っておいたほうが吉であると判断したからだ。


 かくしてロブたちとブロキス帝は密約を交わす事に成功した。


 これで無駄な戦争も余計な内紛も未然に防ぐことが出来たわけである。


 話が終わったので皇帝は晩餐会に行かなくてはならない。


 皇帝が立ちあがったとき、再びロブが口を開いた。


「カーリー・ハイムマン」


 じろりと皇帝はロブを見やる。


「覚えているか。キース・アロチェット。ネイサン・プロツェット」


「…………レイトリフの娘でありリンドナル方面軍少佐だ。それに方面軍大将、前線部隊中尉だ」


「お前が一方的な軍法会議で銃殺に処した者たちだ」


「ロブ……!」


 諌めるオタルバに手の平を向けロブは制する。


 昂った感情は既に抑えロブは冷静さを取り戻していたようだが、せっかく話がまとまった後に何を言い出すのかとオタルバは訝しんだ。


「レイトリフの決起はお前がハイムマンを殺したことに起因する。原因はお前だ。だから今回は未然に騒動を防げるわけだからレイトリフを咎めないでやってくれ」


「……未然に防がれるのであれば咎める罪もあるまい」


「ハイムマンたちは一体なんの罪で裁かれた?」


「今更なにを言っている。知っているだろう。無断で兵を退いた罪だ。それは如何なる理由があろうとも追求されるものであるし、正式な軍法に則った処罰であることは貴様とて理解しているだろう」


「ハイムマン少佐とアロチェット大将は分かる。だがプロツェット中尉まで銃殺に処された点が俺にはずっと疑問だった。前線部隊において無断で兵を退いた隊の中で唯一、中尉のみが処刑された点がな」


「聞き取りによれば中尉は真っ先に撤退を主張し伝鳩を使って流言を行った。他の前線部隊長とは罪の重さが異なる」


「……俺たちプロツェット隊は撤退中にハイムマン隊と合流した。その時ハイムマン少佐はプロツェット中尉に何か言っていた。少佐と大将の陣はセイドラントの沖にあった。そしてハイムマン隊は度々セイドラントに間者を送り込んいた。セイドラントが敵対行動を取っていないか見張るためにだ。ハイムマン隊は地震の後も原因を確認するためにセイドラントへ赴いていたはずだ」


「何が言いたい?」


「とぼけるな。ハイムマン少佐たちは何かを知ってしまったからお前に消されたんじゃないか、ということだ」


「それを俺に言ってどうなる。仮にそうだとしても答えると思うか」


「セイドラントを滅ぼしたのは、本当にお前なのか?」


「ロブ?」


「……何度も言わせるな。俺が精隷石の使い方を誤ったせいで起きたことだ」


「…………」


「俺はもう行かせてもらう」


 有無を言わさず皇帝が出ていく。


 暫くロブとオタルバは沈黙していたが、皇帝の気配が遠のくとオタルバはロブの肩を押した。


「最後に何を言い出すかと思えば……聞く必要があったことなのかい!?」


「当然だ。あの地震の後に大賢老が見たという奴の動向と、奴自身が語る奴の動向が異なっていた。奴は何かを隠している。そして……ハイムマンたちはそれを知ったから殺されたんだ」


 ロブは途中からまるで独り言のように呟いていた。


 何かを思い出しているのか上の空だ。


 オタルバは軽く体を寄せてロブの背中を撫でてやった。


 それくらいしかしてやれないことが無性に悲しかった。




 晩餐会会場の奥の扉が開かれ一同は驚愕した。


 正面の入口からではなくまさか裏口から皇帝が登場するとは思わなかったからである。


 駆け寄り祝辞を述べる次官や島嶼の要人に無表情のまま相槌を送り、ブロキス帝はただ一点を見つめて歩き出した。


 その先にいるのはサリ・アバド都長である。


 会場の隅にいたヘイデン少佐は皇帝の姿を確認すると馬車を取りに会場を出て行ってしまった。


 恐怖で硬直した都長は目だけでロブを探したがいつの間にかどこにもいなくなっている。


 そのせいで更に混乱する都長の前に皇帝が立つと周囲の人々も今から起こる惨事を予想して固唾を飲んだ。


 しかし皇帝は静かに頷くのみであった。


「アバド都長。私の至らなさによって群民をまとめ上げることに苦労をかけている。だが貴様の力量を俺は疑っていない。式典の準備ご苦労。私も誠意を持ってあたる所存だ。これからもくれぐれも宜しく頼む」


「な……ななな……あっ、はっ」


 声にならない都長の肩を軽く叩きブロキスはそのまま会場を後にした。


 皇帝の登場の仕方にも僅かな滞在時間にも都長への対応にも呆気に取られた一同であったがはっとして皇帝を追いかける。


 正面門には既にヘイデンが馬車を停めており皇帝はそれに乗り込んでいった。


 ヘイデンは追いかけてくる人々を一瞥して足を停めさせると扉を掴んで馬車内に上半身を入れ皇帝に尋ねた。


「ザニエ、どうだった?」


「やはりロブ・ハーストが来ていた。あとは亜人が一匹だ。奴らは精隷石の戯言を簡単に信じたぞ。お前の目論み通りとなった」


「それは僥倖」


 ヘイデンは満足そうに頷く。


 皇帝は嘘をついていた。


「これで暫くは安泰だ。大賢老は世の不文律の乱れを厭う。奴はお節介にも管理しようとして来るだろうと踏んでいたが本当に関与してくるとはな。奴がどれほど理解していた上で首を突っ込んできたのかは知らんが、当面は際限なく膨れ上がりいつ暴発するか分からないリオーニエの魔力を管理するのに忙殺されることになるだろうな」


「まずは最初の一手は成ったわけだ。これでようやくジウに目が向かないように南方を攻めさせていた軍勢を退かせることが出来るな。はあ……やっと内政に取りかかれる。もうがたがただけどな。失った一年の再建には十年かかる。長い道のりだよ」


「問題ないだろう。リオーニエは一年で我がセイドラントを吹き飛ばすほどの魔導爆発を起こした。その反動なのか再び魔力を蓄え初めたのはようやく今になってからだ。この経過ならばラーヴァリエを一撃で滅ぼすほどの力を溜めるとなると十年は必要だろう。だが、十年耐え忍べばあの国を一瞬でこの世から消すだけの力を得ることが出来るわけだ。本来ならば一生涯かけても叶わぬであろう夢を、十年で叶えることが出来るのだ」


「今度こそ自分の国を作れるといいな、ザニエ」


「ショズ。その前にお前の願いが叶うだろう」


 ヘイデンは口角を上げると扉を閉め御者台に登った。


 馬に鞭をくれ、晩餐会に集まった者たちが玄関で見送るのに片手をあげて答え去っていった。

 

「いやあ皆様、皇帝陛下もお喜びのご様子でしたな! 式典の成功はますます揺るぎなく、マリウス・シドー以下英霊たちの魂もいよいよ報われることになるでしょう! 今日はめでたい! さあ皆様、今一度乾杯をしようではありませんか!」


 過ぎ去る馬車を最敬礼で見送る一同にサリ・アバド都長が声をかけて邸宅の中へ戻す。


 都長は最後に通りを見つめ、喜んでいるような泣いているような複雑な表情を浮かべていた。


「……皇帝がお許しくだされた」


 アバドは安堵していた。


 そして空っぽになったその心に感無量の喜びが流れ込んでいた。


 皇帝は選挙戦の時に自分があれだけこき下ろしたことなど耳に入っているだろうに、それでも自分の優秀さを認め一目を置いてくれたのだ。


 なんと懐の広いお方であろうか。


「ああ……でも……私はどうすればいいんだ……もう……もう……もう遅い……遅いんだ」


 それだけに心苦しく思うのは取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感が心に芽生えてしまったからであった。

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