巨星を集い 8
ジウの大樹ではオタルバの不在を埋めるため牛の亜人であるルーテルが門番を務めていた。
大賢老と言葉を交わすことが出来るオタルバならば何時いかなる時に来訪があるか分かるのだろうがルーテルはその術を持たないので座り込んでいた。
最初は威厳を保とうと仁王立ちしていたのだが、ただ立ち尽くしているだけというのは非常に疲れるものである。
本来はもっと仕事があるのだろうがやはりルーテルでは務まらなかった。
まずオタルバはイェメトが目覚める前に疾風のように船着き場まで駆け、異常がないか確認しながら戻ってくる。
しかし素早さと持久力に欠けるルーテルではこの真似が出来ない。
そして気配の察知も彼女には到底及ばず、ましてや魔力を感知することも出来ないので門番中は大樹の周辺に見回りに行くことも出来なかった。
結果なにもやることがなく入口の前にいるしかないのだ。
今更ながらオタルバの凄さを噛みしめつつルーテルは隣の小さな少女をぼんやりと眺めていた。
鞍を背負った不思議な民族衣装に身を包んだ少女は獣の牙や塵みたいな変なものを組み合わせて黙々と首飾りを作っている。
器用なはずだが色彩の配置に納得がいかないのか作って眺めて見ては解いてを繰り返している。
気が長い方ではないルーテルはその意味不明な行為に若干苛立っていたが、他に代わり映えのするものもないので眺めずにはいられなかった。
「で、ラグ・レよ。貴様はいったい何を作っているん……だ!?」
何度目かの解体に業を煮やしたルーテルは歯を剥きだして少女に尋ねた。
ラグ・レと呼ばれた少女はよくぞ聞いたと言わんばかりに目を輝かせながら自身気にルーテルを見上げた。
「見れば分かるだろう、牙狼の牙のお守りだ。アケノーキナの加護がある」
「持ってなかった……か?」
確かに見覚えのあるものではあったがラグ・レは同じようなものを持っていたはずだ。
いくつあっても良いものの類なのかもしれないが自分だったら一つだっていらないだろうとルーテルは思った。
「おお。持ってたんだがな、祈ろうと思ったらなくなってた」
「落としたの……か?」
「いや、人にやったのを思い出したんだ。だから新しいのを作ってるんだがついでにロブ・ハーストたちのも作ってやろうと思ってな」
「そういうのは旅立つ前にくれてやるもんだろ……う」
「私も一緒に行くつもりだったんだから作っておけるわけないだろ。でもいいんだ。アケノーキナは暁や雷や風といった始まりの事象を司る神だからな。皆が戻ってきたらそこから始まりになる。その時渡せばいいのだ」
「上手くいくとは限らん……ぞ?」
「いくだろ。レイトリフとやらの反乱に協力したふりをして逆に皇帝を援け不可侵の契りを結ぶだけだ。皇帝もそのつもりであることは赤ん坊を預けてきたことで分かってることだし、あとは憶測でなく皇帝から直接言質を引き出すだけだ。レイトリフとやらもオタルバに会ったことでジウが協力体制にあると信じて疑っていないし、両方の義理は通せる」
「……我の角は二本あるのだが……な、一度に二つの標的目がけては突進出来ぬもの……だ」
「ちょっと何を言っているのか分からんがオタルバはジウで三番目にすごい魔法使いで魔法戦士だし、ロブ・ハーストは最強の兵士だぞ。絶対に成功する。そしてジウは平和になる。私たちが信じなくて誰が信じるんだ?」
「うーむ」
「よし、一個できた。我ながら良い出来だ。これはロブ・ハーストにくれてやろう。きっと喜ぶぞ!」
「いやそれはどうだろ……う」
「喜ぶさ。奴はずっと死にたがってた。償おうとしていた。でも今は新しい生き方を見つけようとしている。命令されてではなく、自分で生きようとしているんだ。アケノーキナはその道を照らし追い風を吹かせてくれる。ううむ……奴の喜ぶ顔が目に浮かぶぞ!」
「ええ……」
「心配するな。お前にも作ってやるから」
「えっいらない……」
「なんでだ」
塵みたいなやつを握りしめながら純粋に聞き返してくるラグ・レの無垢な眼差しが痛くルーテルは目を背ける。
するとその先に調度とかげの亜人が歩いているのが見えた。
「おおエルバルド! 貴様、どこへ行こうというの……だ!」
ルーテルに声をかけられたエルバルドは立ち止まり、一瞬行きかけたが思い直して二人の傍に来た。
「アルマーナの連中を散らしてくるんだ。イェメトから伝言を受けたシュビナが俺のところに来た。あんたが遊んでいるから連中、北の森のこっちの領域に勝手に罠を作ってるらしいぞ」
「なん……だと!?」
「オタルバが不在だって知ってるんだ。完全に舐めてかかってきてる。あと今日の来訪者はいないらしいからあんたは大樹の周りを回ってきてくれ。もう二日も眠っている動物がいるらしいぞ」
「むぐぐ……」
「怒るなよ。あんたのせいじゃないさ。オタルバがいなくなって初めてジウも門番の仕事の大変さに気づいたらしいんだ。今後はちゃんとイェメトを介してシュビナに伝言させるってさ」
「……俺様と貴様とシュビナが三人してようやくオタルバがやっていたことを補完できる……か」
「補完出来るかは分からないがな。それをオタルバは二百年以上ずっと一人でやって来たわけだ。五人の有力な戦士などと言われて、同列とは言わずとも少し下くらいの気でいた自分が恥ずかしいもんだ。……さて早く行かないといけない。失礼する」
「待てエルバルド、見ろ。お守りだぞ。欲しいか?」
「えっいらない……」
「なんでだ」
「まあまあラグ・レ……よ! 貴様、暫くここにい……ろ! 俺様の代わりに門番をやってみるが……良い!」
「お? おお! 任せておけ!」
門番と聞いてラグ・レは意気揚々と応え、二人の亜人は顔を見合わせてると頷き合い各々の巡回場所に散っていった。
残ったラグ・レは嬉しそうに仁王立ちすると、ロブにあげると言った首飾りをとりあえず自分で身につけてみた。
皆がいつ戻ってくるかは分からないが人数分となるとたくさん作らなければならない。
門番の代理もやらないといけないし、自分はとても忙しいとラグ・レは満足していた。