巨星を集い 4
大転進記念祭二日目。
この日から兵士たちは一日を通しての勤務となる。
早朝に目覚めたエリスはすぐに上体を起こして伸びをした。
隣の寝台ではまだエイファが寝ている。
昨日はバルトスの軽率な行為により怒り心頭だったエリスだが、エイファが気晴らしに出店に誘ってくれたおかげで少しは気が紛れたので寝覚めは悪くなかった。
最初はエイファのことだからただ単純に自分が見に行きたくて誘ってきたのかと思ったが、エイファはエイファなりにかなりエリスに気を使っているようだった。
同情というか共感というか、そこらへんの機微は同性ならではなのだろう。
軍の仕事のほうは空回りしているお嬢様だがなかなか良い所もあるようだ。
エリスはこっそりと寝台を降りると身支度を始めた。
昨夜、維持隊が対応してくれたはずである小路の封鎖状況が気になる。
軍服を着た所でエイファが寝ぼけた声を出した。
どうやら起こしてしまったらしい。
「あれ? エリスおはよう?」
朝の挨拶をした瞬間飛び起きるエイファ。
「おはようございます。寝坊じゃありませんよ」
淡々と準備を終えたエリスは慌てふためくエイファに冷静な声を投げかけた。
「あ、ああそうなの? なんだ……びっくりしたなぁもう」
「さすがに寝坊するくらい寝過ごしていたら起こしますよ」
「ごめんね、エリスが起こしてくれる人じゃないとか思ってたわけじゃなくてさ。寝過ごす自信があったから咄嗟にやらかしたって思っちゃった」
「そんな自信持つ暇があったら自分の生活態度に自信が持てるように努めてください」
「ふ、普段から寝起きが悪いわけじゃないってば。だって昨日は楽しかったでしょ?」
群衆の通行整理で疲れたから、と言い訳するかと思えばエイファは出店に行ったことを言った。
確かに昨夜の屋台には珍しいものや美味しそうなものが並び、軽快な音楽が宵闇を賑わし、踊る人々によって笑いが溢れていた。
鎮魂とは名ばかりの騒ぎたいだけの集団による馬鹿騒ぎではあったが楽しくなかったと言えば嘘になる。
が、立場上不謹慎な事をしたことには変わりないし、やっぱり彼女は遊びたかっただけかとエリスは鼻で溜息をついた。
「そうですね。まあ、楽しかったということにしておきましょうか」
「ほんと? 良かった。私、エリスって何したら喜んでくれるだろうってずっと悩んでたんだ」
「はあ?」
「三か月ずっと一緒にいたわけでしょ? でも私、エリスを怒らせることばっかりで。ぜんぜん組織をまとめられてないってのは以前の隊でピーク兵長からも言われてたし……だからエリスがお祭りが好きで良かったよ」
朝一にいきなり殊勝なことを言い出すエイファにエリスは昨日エイファが屋台で食べたものを疑った。
素面で言っているのだとしたら何も考えていないように見えて彼女は彼女なりに悩んでいたということか。
そしてバルトスのやりたい放題の振る舞いも、自分の力量のなさがそうさせているのだと自責の念に駆られていたということか。
しょぼんとする姿を見たら流石のエリスも憎まれ口で追い打ちをかける事は出来なかった。
「……別にお祭りが好きってわけじゃないですけどね。まあ、その……貴女が桃が好きだとか、むかし舞踊会で主人役に踊りを褒められて靴を賜ったとか、貴女が勝手に喋ってただけですけど気分転換にはなりましたよ」
「覚えてくれたの?」
「…………」
「…………」
昨日の今日で聞いた内容を忘れるほうが覚えておくより大変ではなかろうか。
一喜一憂はしても最終的には自分に良いように取る能力はある意味エイファの持ち味なのかもしれないな、とエリスは苦笑した。
「えっ? 笑った? 何で今笑ったの?」
「……維持隊の方々が封鎖したであろう小路の状態を人の少ないうちに事前に見ておこうと思ったんですがね、貴女も来ますか?」
「え?」
「嫌ならどうぞ、二度寝でもしていてください」
「う、ううん。嫌じゃないよ! ごめん、すぐ支度するから!」
「静かにしてください。他の人はまだ寝ています」
エリスが自分を何かに誘ってくることなど初めてだったのでエイファは戸惑った。
「ごめん!」
謝るのに再び大きめの声を出してしまったのは嬉しかったからだった。
「朝ですっ。おはようございますっ。バルトスさん」
挨拶と共につつかれてバルトスは目を覚ました。
目を覚ますと言う事は寝てしまっていたと言う事で、気が付くと部屋の中が明るくなっていた。
起こされるまで起きないほど熟睡してしまったとはなんという不覚だろう。
大転進記念祭二日目は朝から最悪の出だしとなった。
「朝ですってば。バルトスさん? ですよね?」
尚もつついてくる女性に苛立ちを覚えながらバルトスは薄目で睨みつける。
案の定、寝台に寄りかかりながら自分をつついているのは意志の強そうな顔に幼さを内包する碧眼を持つ金髪の女性だった。
口元は笑っているのに目が笑っていないのは昨日エリスをからかった件をまだ怒っているからか。
その顔を見てバルトスは舌打ちをして布団にもぐりこみ反対側を向いた。
「うるせえなぁ勝手に入って来てんじゃねえよ」
逆に部屋に忍び込もうものなら怒るだろうに身勝手な奴らである。
感覚的にはまだ起きるに早い時間だが、どうせ糞真面目さを出して仕事の前に仕事をしようだとの言い出したのだろう。
そういう無駄に骨身を削る自己主張が組織を破滅に導くのだ。
報酬も出ないことをやってされる評価など本当の評価ではない。
「もう朝なんですっ」
「そうだなー朝だなー。夜這いにしちゃ遅い時間だなー」
「んん? なんですか? 夜這いって」
布越しに戸惑う声が聞こえたのでバルトスは意地悪く笑った。
世間知らずのお嬢様は、知っているくせに性的な言葉を知らないふりをすることが多い。
知らないなら教えてやるまでなので丁寧に説明しようとすると真っ赤になるのがエイファだった。
自分より年上のくせに少女のような反応をするエイファはバルトスにとって良い気晴らしになる玩具だった。
「はんっ。教えて欲しいならとりあえず服脱ぎな」
「あ、はいっ」
衣擦れの音が聞こえたのでバルトスは仰天する。
掛布団をめくって振り向くと今まさに上着を脱ごうと裾を手繰り寄せているエイファがいた。
これは夢か?
完全に目が覚めたバルトスがエイファの腰の陰から隣の寝台を見るとセロが布団を被りながらがっつりと彼女の背中を凝視していた。
「おめっ、ばか! ぬ……」
脱ぐなと言いかけた瞬間、胸元まで服をまくったエイファのそこそこ豊かな乳房を包んだ下着が露わになった。
それを見てバルトスは真顔になる。
目の前には白い柔肌と谷間があった。
これはいったいどういうことだろうか。
あり得ない状況が目の前で起こっていた。
「このくらいでいいですかっ?」
「ちょっと待て」
「下着も上げたほうがいいですかっ? あ、ぜんぶ脱ぐやつですかっ?」
「待て!」
「はい、私は待ちます。待てと言われたので、私は待つことにしました」
「お前……エイファじゃねえな?」
「えっ」
「えっ?」
バルトスの低い声に女性とセロが同時に驚いた。
声を発したことで起きているとばれてしまったセロに女性が振り向く。
確かに眼前の女性はエイファだった。
しかし確かにどこか違和感があった。