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SKYED7 -リオン編- 上  作者: 九綱 玖須人
巨星を集い
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巨星を集い 2

 ダンカレムはリンドナル領東端の大都市である。


 古くから海運の要衝として知られリンドナル王国の経済を潤してきた。


 島嶼とも友好な関係を築いていたリンドナルは、しかし移ろい易い島嶼の状勢を懸念して首都は内陸に置いていた。


 だがゴドリック帝国に併呑されてからはダンカレムが領都として定められ一層の繁栄を収めていた。


 その潤滑ぶりは殆どの島嶼との通商が閉ざされた今も健在である。


 というのはダンカレムが帝国の戦端の最前線に位置する最大の都市だからだ。


 兵士が集まれば商人が集まり、労働者が集まり、女が集まり、金が動く。


 敵の間者が紛れ込む危険性も高く治安維持はより厳重になり、結果今では国内でも有数の安全性の高い都市と謳われるようになっていた。


 そのダンカレムが三月に入り物々しい雰囲気に包まれることになる。


 中旬から始まる大転進記念祭のために今一度都市の闇に潜む膿を出し切ろうというのだ。


 届け出のない商船や風俗営業はことごとく摘発された。


 その後、現地の治安維持隊の主導のもとに各地から応援として召集された警備兵が参集した。


 警備兵たちは毎日本番さながらの巡回を行い各隊の持ち場に不届き者の付け入る隙がないか入念に打ち合わせをした。


 各々、この時ばかりは所属の垣根を越えて真剣になって取り組んだ。


 記念祭に皇帝が参加するというのだから当然の緊張である。


 少しでも皇帝に眉を顰めさせるような不始末があればきっと全員の首が飛ぶことになるだろう。


 帝都からの援兵はそれを如実に物語るかのように一切の感情を殺して任務に当たっていた。


 それが周りの部隊にも嫌というほど伝播していた。


 しかし中にはどんな事があっても自分たちの色を崩さない部隊もある。


 帝都の援兵は帝都の援兵でも諜報部から派遣された一行はまさにそれであった。




 正午の鐘が鳴り響き大転進記念祭が始まった。


 最初は広場にて都長の挨拶があることになっていたがアバド都長は病欠により副都長が挨拶を代行した。


 この時はまだ各都市からの来賓はおらず、四月に入るまでは地元の催事といった感じだ。


 しかし島嶼の使節の中には既に来訪している一団もおり開催の儀に参加しているようだった。


「見ろ、一瞬で導線が狂った。ここだ。普段はあまり使われていない通路だからと油断していたが、都民みながそう考えて近道出来ると思い大渋滞だ」


「うちと維持隊殿の警邏網の間に壁が出来ますね。ここに来るまでにだいぶ遠回りせざるを得ませんでした。本祭を前にいっそのこと通行止めにしては如何ですか?」


「そうだな。幸いにもまだ怪我人は出ていないが、出た体にして封鎖してしまうのが妥当だろうな。大通りに誘導する人員はこっちでなんとか捻出しよう。今日の夜のうちに封鎖して明日様子を見る。ヘイデン大隊殿はそれでも突破しようとする市民がいないかよく調査してくれ」


「了解。それでは持ち場に戻ります」


「すまないな。来て早々に」


 警護兵の本部として解放された学校には治安維持隊の本隊が入り、都市の地図をいくつも広げて待機していた。


 分担により持ち場を振られた応援の各隊は記念祭の開催と共に持ち場と本部を言ったり来たりして現状の問題点を報告していた。


 開催と同時にまず問題になったのは市長を糾弾する市民団体と擁護する市民団体が、市長の欠席を機に衝突してしまったことだった。


 そしてもう一つは島嶼からきた美人の使節を一目見ようと都民が押し寄せ警邏隊の連絡網の一部が機能しなくなってしまったことだった。


 諜報部ヘイデン独立大隊サネス班のエリス・ウリック特務曹長は疲れ切った様子で髪も乱れ眼鏡も曲がっていた。


 身だしなみを整える余裕もないくらい疲れたのは押し寄せた市民にもみくちゃにされたからだった。


 学校を出るとエリスは校庭の一角で四肢を広げて仰向けになっている青年の元へ直行する。


 青年もまたぐったりしていた。


「市民および他の兵士に見られます。情けない姿を晒すという行為は貴方のみならず同隊所属の人間まで同列と見なされるのでやめてくれませんかね」


「うるせーブス」


「…………」


 飄々とした顔立ちの青年が悪態をつくとエリスは無言で青年の股間に足を踏み降ろした。


「あっぶねっ!? あっぶねっ!? ばっかじゃねえのおめ、ああっ!?」


 確実に踏み抜く意志を持った踵に青年は本気で驚いて逃げ、立ちあがった。


 睨みつける青年を前にエリスは冷ややかな目で相対した。


「すぐに立ちあがれるのに無駄なやり取りをしましたね、ジメイネス伍長」


「お前だんだん俺の扱いが雑になってるよな」


「お前じゃなくウリック特務曹長です」


 エリスとバルトス・ジメイネスは自隊の管轄の問題点を報告するために本部へ来ていた。


 管轄区では今も班長のエイファ・サネス少尉とセロ・ディライジャ上等兵が交通整理に孤軍奮闘していることだろう。


 諜報部の仕事も忙しさを極めるがそれとはまた違った疲れ方をするものだ。


 それは前線経験者のバルトスも同意見であり、言う事を聞かない市民の大軍は逆に敵兵よりも厄介な存在であった。


「報告したので早く持ち場に戻りましょう。少尉がまた問題行動を起こすかもしれません」


「大丈夫だろ~セロが付いてるし。つーかあんなに混乱しちまったらもう交通整理なんか意味ねえって」


「怪我人が出たら管轄責任者である我々の責任になります」


「いいよもう別に。ほっといて俺らも開会式見に行こうぜ。俺もイウダル族のむちむちぼいんぼいん姉ちゃんっていうの見てえよ」


「そんな情報どこで仕入れたんですか」


「みんな言ってたじゃん。聞いてなかったのか? 駄目だなー諜報部のくせに」


「聞くべき情報と捨て置く情報は脳に届く前に自然に耳が選別しますので」


「あっそ。すげえ情報もみんな言ってたのにつまんねぇ耳してんだな」


「すごい情報?」


「おお。イウダル族の正装って横から胸が丸見えなんだって。姿勢まっすぐにしてる時は流石に見えないけど屈んだ時はやばいらしい」


「馬鹿なんじゃないですか?」


 エリスが心底軽蔑した顔をバルトスに向けた。


 まるで男友達にでも話すかのように下品な会話を投げかけてくるものだ。


 班を組んでもう三か月だがどんどん態度が悪くなっている。


 それもこれも班長であり一番階級が上であるはずのサネス少尉がぽんこつだから風紀が乱れるのだ。


 無視してエリスが歩き出すとバルトスは付いてきた。


 最初から毅然と無視していれば良かったとエリスは大きな溜息をついた。


 持ち場に戻ると混乱はすでに収まっており、閑散とした小路で膝を抱えて放心しているエイファとセロがいた。


 エイファもセロも散々ひっぱられたようで服が伸び破れ肩が出ている。


 まるで哀れな物乞いの姉弟のようになった2人からは帝国軍人の威厳など微塵も感じられない。


 通りの向こうからは広場の歓声が聞こえていた。


「あ。バルトスとエリスだ。おかえり」


「たでぇま。ひでえ有様だな」


「少尉、上等兵、お疲れ様です。報告は完了しましたが先ほどまでの群衆は何処へ?」


「普通に時間経過で解消されたよ。怒鳴り合いみたいなのはあったけど怪我人は出なかったみたい。とりあえず夜も、明日以降も催しがある度にこうなる可能性が高いよね。なんとかしないと……体がもたないね」


「維持隊長殿は今日の夜からここを封鎖して大通りのみを使わせる方針を打ち立ててくれました。我々は明日以降の様子見が次の任務となります。それまでは交代時刻までここの交通整理および不審者の警戒です。とっとと立ってしゃきっとしてください」


「エリス一番元気だね。一番文官なのに」


「人ごみ慣れはしていますからね。あとウリック特務曹長と呼びなさい、ディライジャ上等兵」


「おいエイファ、大丈夫か? さっきから黙ってるけど」


「……すっごい胸触られた」


「気のせいだろ。触れる胸なんかねえじゃん」


「あ、あるわよ!」


「どうでもいいですけど三人とも、早く兵士たる振る舞いに戻りなさい」


「すごく冷静、エリス」


「セロ。エリスはな、胸を触られるっていう概念が分からねえんだよ。触られたことないから」


「そんな事はどうでもいい事だと言っているんです」


「でもエリスって結構胸大きいよね? なんで触られないの?」


「ブスだからだろ」


「目つきが怖いからじゃないかな」


「ぶっ殺しますよ? 触られましたが、そんなことはどうでもいいと言っているんです」


「どうでもいいどうでもいいって、本当かよ?」


 そう言うとバルトスは何のためらいもなく隣りのエリスの下乳に手の甲を添え上に揺すった。


 驚き固まるエイファとセロの眼前でエリスの胸が跳ねる。

 

「おお、水袋」


 予備動作なしでバルトスの顔面にエリスの裏拳がめり込んだ。


 大転進記念祭一日目の開催直後にしてサネス班の管轄内でさっそく怪我人が出てしまった。

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バルトスさんは天才かっ!
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