魔力を知る 10
「やっぱり隊長はあのじいさんが記念祭でやらかすと思うか?」
屋根の上のダグがウィリーに尋ねる。
ウィリーはダグを見上げて頷いた。
「何かしらは仕掛けてくるはずです。またとない機会ですから。憶測ですけど」
「ウィリーの憶測は当たるぜ」
「お褒めの御言葉ありがとうございます」
「で、どう見ている?」
「非常に危険ですね。蜂起は確実でしょうが政変は成功しなくて良いとも思っているはずだ」
「成功しなかったら処刑されるだろ」
「自分が火付け役だとばれればね」
「おっ、外道の予感」
ウィリーは部下たちに分かり易くレイトリフの今までの計略と思わしき行動を説明した。
レイトリフは交渉に際して書簡を多く用いていたが重大な事柄に関しては直接会って話をしようとした。
これは決定的な物的証拠を残さないように細心の注意を払った行為だろう。
ザッカレア商隊は似たような手口を使う小賢しい人々を相手に商売をしてきたからすぐに察することが出来たが、人によっては会って話した時の内容に引っ張られて当たり障りのない書簡に勝手に意味を持たせてしまうだろう。
加えて彼は各方面と連携して盤石の体制を整えているように見えたが、実はよく見てみると味方同士に横の繋がりを作らせていなかった。
意図的に関係性の遠い間柄の者たちを味方につけているような節も見受けられた。
例えばウィリーが知っているレイトリフの味方はエキトワ領テロートの官憲隊や方面軍の一部の将校などだ。
官憲隊と軍隊はその組織の違いから密な交流があるわけではなかった。
エキトワ方面軍の一部の将校たちも、各々はレイトリフの味方でありがなら将校同士は立場や身分、出身地の違いなどで今さら親密になりづらいような間柄の者たちが彼に見出されていた。
つまり蜂起が失敗したらレイトリフは誰かに責任を押し付けてだんまりを決め込むことが出来るわけである。
他の賛同者たちも哀れな生贄を救おうなどと考えずに保身に走るだろう。
無関心というものは嫌い合っている仲よりもずっと印象操作しやすいものだった。
「その分析が本当ならずいぶんと外道だな。そんなんじゃ誰も着いてこないだろうに」
「中途半端に偉い人は自分が一番賢いって思っちゃいますからね。きっと誰もレイトリフさんの策謀に気づいていないのでしょう」
「皇帝に不満があるのはみんな一緒だし、大将のお誘いだもんな。誰も自分が濡れ衣候補にされているなんて思えないわけだ」
「レイトリフさんは集団心理をよく御存知ですからね。最愛の娘さんをそれで亡くされたから身を持って理解しているんでしょう。彼は着けた火が首魁不在のままどんどん燃え広がっていくのを待っている。誰もが皇帝に対して大なり小なりの不満の松明を持っている現状ならそれが可能なんですね」
「そして成功しそうならちゃっかり自分がこの国の皇帝になる、か」
「自分の手を汚さずにね」
「いやに辛口だな、隊長。めちゃくちゃ嫌ってるのな」
「嫌いですよ。私は自分の手を汚さない人は嫌いなんです」
「俺に車輪の修理させてグレコに売り子やらせてビビに偵察行かせて自分はあわあわしていただけの奴がいた気がするんだがなぁ?」
「適材適所ですよ。あの時は私があわあわしていた方が良かったんです」
「本心か演技か、うちの隊長は食えねえぜ!」
「ふぉほーう!」
後方は車輪の音で前の会話など聞こえない筈だがビビは耳聡く自分の趣味に関する言葉を拾って嬉しそうに叫んだ。
その声に肩すかしをくったダグが嫌そうに大声を出す。
「ビビ、ちげえよ。隊長を食うってそういう意味じゃない。っていうかいい加減その糞きもい妄想を身内にも当て嵌めるのやめてくれよ」
「ふぁっし!」
「さて、話も一段落したわけだから今度は仕事の話をしようぜ。今回は積荷からしても相手にすんのは大転進記念祭に来たお偉いさん方だろ? 目的はなんだ?」
「あ、はい。当然、上客と縁を深めるのが目的です。この国で近々内乱が起こるのは確定していますからね、他の商隊よりも早く勝者を見極めて武器を売るのが長く商人をやる秘訣ですよ」
「レイトリフに武器を売ってやっても小遣い稼ぎにはなったんじゃないか?」
「信の置けないお客はお客じゃありません。私は泥沼を楽しむ趣味がある商人じゃないんです」
「悪かったよ」
「こちらこそ、そういう意味で言ったんじゃないでしょうからすみません」
ウィリーは両手を広げた。
「世界平和! 私が真に望むのはそれです。その為には紛争を出来るだけ正しく終わらせなくてはならないんです。武器は正しい者に渡れば平和の象徴となる。そしてその時初めて武器の機能美は芸術美に昇華するのですよ。だからお客に商人を選ぶ権利があるように、商人もお客を選ぶ権利があるんです」
ウィリー・ザッカレアは誰よりも平和を夢想していた。
それを実現するには深い闇を知る必要があった。
彼はその闇に首まで浸かっていたが思考と言葉だけは綺麗事を貫いていた。
平常心を保ちつつ冷静なままで狂気に染まらなければならないという矛盾は武器商人をやっている上ではとても難儀なことであった。
「記念祭はここ最近で一番の大きな山となります。他の商人たちも入り乱れて市場の取り合いとなるでしょう。しかしとりあえず、まずは目的地に着いたら逃走経路を確認しましょうか。その次に地元の協力者を買収します。誰が商売に来ているかは後回しでいいです」
「へっへっ、逃走経路ね。つまり俺たちも首謀者に祀り上げられる可能性があるってことか」
「関わっちゃいましたからねぇ。レイトリフさんが私たちを皆殺しにして列強のどこかの工作員として皇帝に献上する可能性も充分にあるんです」
「ずいぶん安く見られたもんだな」
「安売りされたのなら再び買い取って高く売りつけ直すのが商人流の仕返しですね」
「よぉし、胡桃男の凱旋だ。久しぶりだなぁ」
「郷愁ですか、ダグさん?」
「そんなのはないさ。六年ぶりだし、当時の仲間ももう皆いないだろう。いるのは俺を胡桃頭と嘲って石を投げた連中ばかりさ」
「……すみませんね。ありがとうございます」
「あんたが謝る事はないよ。でけえ仕事になるっていうから俺から志願したんだ。土地勘のある人間は必要だろ?」
「はい、おかげで脱出経路も確保できてますからね」
「それじゃあリンドナルの領都ダンカレムまで、もうひと踏ん張りと行きましょうや!」
「誰よりも平和を願うからこそ武器を売る。安寧の為に死地を渡る。もともと矛盾を抱えているのが私たち武器商人です。行きましょう。駄作の物語の中で足掻こうじゃありませんか」
大型馬車は坂を下っていく。
その遥か先にある半島に、大転進記念祭の舞台となる都ダンカレムがある。
運命に導かれた人々が各々の目的を胸に集まるのは今しばらく先のことである。
しかしその時は刻一刻と近づいていた。
登場人物、オリジナル設定が多い小説です。
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