漁村より
皇帝の住まうエセンドラは連郭式に各軍部の施設が並んでいる形状の城だ。
技術部の機械課は兵器開発の発展目まぐるしい近世においては非常に重要な立ち位置にあった。
エイファ・サネス少尉は兵科部歩兵科の在籍だが機械課とは密接な繋がりがあった。
エイファの有する化身装甲の製造、整備を行っているのが機械課だからだ。
皇帝との謁見を終えたエイファは機械課の雑多な空間を歩いていた。
各担当課などあってないようなものらしく、至る所に資料や部品が散乱していた。
凡人には塵の山にしか見えないが当人たち曰くしっかり整頓されているらしい。
エイファは初めて来たばかりの頃に親切心を出して資料を集めようとして怒鳴られた事があった。
今となっては慣れたもので、蹴飛ばして場所をずらさない限りは踏みつけようがお構いなしに歩けるようになっている。
偏屈と思われがちな研究者たちはどちらかと言えば職人気質で気さくな人間が多いことをエイファは知っていた。
通路を通り、格納庫に出、歩兵砲の横を過ぎてまた通路を行く。
一応の機密を扱う区画の入口には兵隊が立っているがエイファは呼び止められることもなく挨拶を交わすだけで通された。
機密区画は多少は片付いている。
ただしそれは在勤する人間が限られているからで、基本的に散らかすという姿勢は変わらなかった。
とある部屋の前でエイファは一度足を止め思案する。
その部屋は性能検査室と書かれていた。
読んで字の如く、兵器の性能を様々な方法で検査する為の部屋だ。
エイファは思う所があったようだが溜息をつき、中へ入った。
エイファの来訪に中にいた数人の研究者が振り返り挨拶をした。
すでに見知った顔ばかりだ。
皆が自分の仕事に向き直ったのでエイファは部屋の奥に足を進めた。
部屋の奥は硝子張りになっており、いくつかの区画に分かれた検査室となっていた。
一番大きな検査室の前に進んだエイファは硝子越しに部屋を見降ろした。
一階分低くなっているその検査室には数機の化身装甲が置かれていた。
なんの特徴もない黒色の装甲はエイファの化身装甲だ。
今回は殆ど運用しなかったので動力部の調整のみで検査は終わる。
ただし研究者曰くそれだけでも莫大な費用がかかるらしい。
国家の威信のかかった金食い虫と揶揄されるだけのことはあった。
その金食い虫がエイファの小隊には二機もいる。
前線は前線でも激戦地でないエキトワ領という微妙な所に配属されているのももったいないことだった。
ただしそれは切実な悩みからくる切迫した問題だ。
今の帝国軍は動ける兵力が殆どいないのだ。
ブロキス皇帝が前皇帝を亡き者にしてからまだ一年しか経っていない。
その奇妙で絶対的な力によって帝都ではもはや表立って逆らう者はいないが、前皇帝に忠誠を誓っていた各方面軍の軍人たちは帝を快く思っていない者が少なからずいるのだ。
あからさまに戦意を失い非協力的になった東部バエシュ領の方面軍が最たる例で、エイファのいる東北方面軍の面々ですら静観している有様である。
そのため島嶼諸国に一番距離の近い東南リンドナル領に現皇帝派の軍が寄せ集められており、他の戦線は手薄になっていたのだ。
東北エキトワ方面ではその人員不足を補っていたのが化身装甲であり、あるいは敵方にも覚えの良いロブ・ハースト軍曹だった。
ただしエイファもニファ・サネス一等兵も入隊から日が浅いので経験不十分のまま貴重な化身装甲を実戦に投入するわけにはいかなかった。
噂では半年ほどハースト軍曹の教示を受けたらエイファの所属するファーラン中隊はジェイク・ファーラン中尉の大尉昇進を以て東南リンドナル領へ転属するという話だった。
しかし運命とは数奇なもので、今回の騒動でエイファはいつの間にか制服組のショズ・ヘイデン少佐の配下に編入されてしまっていた。
入隊前は自分が英雄になってやると息巻いていたのが懐かしい。
エイファはやり場のない虚しさを感じていた。
少尉専用の化身装甲の隣には大破した茶色の化身装甲が並んでいた。
それはニファ・サネス一等兵のものだ。
頑強なはずの装甲には穴が開き、素人目には分からないが被雷したことで動力部は交換しないともう動かないらしい。
これには博士もお冠だとのことだった。
装甲を壊した当の本人はエイファの見下ろす検査室にいる。
端っこに設けられた特設台の上にサネス一等兵は横たわっていた。