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SKYED7 -リオン編- 上  作者: 九綱 玖須人
魔力を知る
109/130

魔力を知る 9

 山の中を無骨な戦闘服に身を包んだ人物が駆けていた。


 草を踏みしめ枝を押しのけても殆ど音がしない身のこなしだった。


 鉤爪を使い木に登り、眼下の崖下にある獣道を見降ろす。


 そこには幾人かの山岳兵がいた。


 山岳兵は袖章からバエシュ領属だと分かった。


 しかし彼らは何故、地元の炭焼き職人しか使わないような道を監視しているのだろうか。


 肩に担がれた重火器は見覚えがなく帝都で作られた最新式のものではないかと推察できる。


 戦闘服の人物から嬉しそうな女性の声が漏れた。


「ふぉほーう」


 女性は顔に奇妙な面を付けていた。


 それは防塵面といい、炭鉱内などの汚れた空気から気管を守るための防具だ。


 だが今いる山野に至ってはむしろ空気は澄んでおり面は必要ない。


 女性は別の理由で面を外すことが出来なかった。


 周囲を確認した女性は別の木に鉤爪を投げて渡っていく。


 山岳兵たちは女性に気づくことはなかった。




 ゴドリック帝国の東部、リンドナル領へ抜けるには道が限られている。


 間を深い山に囲まれているため公道は中央領からの一本とバエシュ領からの一本しかない。


 大転進記念祭を目前に控え二本の街道は人の行き来も増えていた。


 そして当然、警備も厳重になっている。


「すみません、すみません、ご迷惑おかけしまして……」


 バエシュ領とリンドナル領を結ぶ生命線であるテルコサ街道のデイナー渓谷関にて足止めを喰らっている商隊がいた。


 四頭牽きの大型馬車に積まれた商品に問題はなく、人相検めも多少難航はしたものの合格だ。


 しかしいざ出発となったら車輪が外れてしまい荷崩れを起こしてしまったのである。


 商隊の主は関所の兵士から叱責を喰らっていた。


 修理には一度荷物を降ろして車体を軽くし、馬車を脇にどかしてから車輪をはめ込み直すという時間のかかる作業を要する。


 それを関所の真ん前でやられたもんだから交通に支障が出てしまった。


 完全に商隊の過失であるため非難は轟々だ。


 商隊の隊員が急いで街道から馬車を逸れさせ修理している間、主は通行人1人1人に謝り倒すしかなかった。


「隊長! 車輪はめ込みましたぜ! もう少しだ!」


「ダグ、早くしてくれ! ダンカレムに着く前に商品がなくなっちまう!」


「あわわわ……ダグさん急いで! グレコさんあんまり売らないで……」


 商隊は迷惑をかけたお詫びということで車輪が直るまでの間、その場で商品の安売りを敢行していた。


 通行人は現金なもので殊更に非難を繰り返し更に商隊に安く商品を売らせようとしていた。


 利率の少ない雑貨が飛ぶように売れていく。


 ダグと呼ばれた男は手早く車輪の留め金を固定すると大きな声で吠えた。


「おらー! 修理完了! 安売りも終了だ、終了。解散!」


 残念がる人々の苦情の声とへまをやらかした商隊への嘲りの声が飛び交うも関所は再び往来の流れを取り戻した。


 あとに残された商隊の面々はほっと一息つくが、その出で立ちは異様なものであった。


 ダグとグレコの二人は顔に防塵面を付けている。


 炭鉱内や酷い砂嵐の舞う荒野でもない状況で似つかわしくない装備だった。


 それには理由がある。


 彼らは元々傷痍軍人であり、その顔は戦傷によって人目を憚るものになっていたからだ。


 反して隊長は素顔を晒してはいるがその顔は掴みどころがなく印象が希薄だった。


 非常に目立つのにも関わらず素性が知れない集団だった。


「グレコさん、どうです損害は?」


 商隊の主である顔の薄い隊長が尋ねるとグレコと呼ばれた痩せ型の防塵面の男が売上を計算しながら答えた。


「日用雑貨はほとんど買い叩かれたが大したことないな。もともと今回は高級品が主軸なわけだし。装飾がはけりゃ利益はがっぽりだ」


 それを聞いて隊長は胸を撫で下ろす。


「日用品が全て買いたたかれて、奥の積荷も見せろってならなくて良かったですよ」


「街道を歩いて渡ってるような貧乏人どもだ。奥の積荷を見せちまったらこの後の道中どうなっていたことやら」


「余計な出費が増えるところでした。兵隊さんには?」


「指輪や首飾りの類を数点と煙草。あんまりたかってこなかった。賄賂を貰い慣れているな」


「それは結構」


「ふいー、疲れた」


 ダグと呼ばれていた大柄な防塵面の男が修理道具を片付け終わり、手を洗ってやって来る。


 隊長はダグに布を渡して労をねぎらった。


「ようダグ、お疲れさん」


「ちょっと休憩しましょうか。ビビもまだ来ていませんし」


「ウィリー後ろ」


「ふぁあーあ」


「うおっ、びっくりした!?」


 不在だった隊員の名前を出したら既に後ろにいて、商隊長ことウィリー・ザッカレアは本気で驚いた。


 自分も気配は希薄なほうだが本気を出した彼女はまるで暗殺者のように存在を消すことが出来る。


「あー心臓に悪い。お帰りなさい、ビビ。どうでしたか?」


「ふぁーああふぁああああああふぁーふぁああっああああ!」


 ビビは身振り手振りを交えながら偵察の結果を報告した。


 それを聞いたウィリーはしたり顔で頷いた。


「やっぱりですか」


 興奮して話すビビの台詞はウィリーしか聞き取れない。


 ビビは滑舌が異常に悪いのだがそれは昔色々あって顎を失ったからだ。


 雰囲気から何となく言っていることは分かるがダグとグレコは顔を見合わせてウィリーに質問した。


「なんて?」


「街道を逸れた山中には山岳兵がうようよいるそうです」


「ああ、思った通りで」


「やっぱりな」


「ふぁはあふふぁあああふぁあっああぁ」


「えぇっ! それは見たかったなぁ」


「なんて?」


「武器の見本市みたいだったそうですよ」


「ほんと、よく理解できるよなぁ」


「そりゃあ私とビビは愛の絆で結ばれていますから、ねえビビ?」


「……ぶっし!」


「ははは、今のは俺にも分かったぞ。ふられたなウィリー」


「ひどい!」


「おいあんたら、そんなところでのんびりしてないでくれよ、他の通行人が気味悪がってる!」


 談笑していたウィリー達に関所の兵士から心無い言葉が投げられた。


「あ、すいません!」


 場違いの防塵面を被った三人はやはり気味が悪いと思われても仕方なく、ウィリーは腰を低くして謝り隊員に出発の指示を出した。


 すぐさまウィリーとグレコが御者台に座り、ダグは荷台の屋根の前方に登って腰をかけ、ビビは屋根の後方に座って後ろを向く。


 そのままザッカレア商隊は関所を越えいった。


 門をくぐればそこから先はリンドナル領だ。


 暫く無言で馬車を走らせていたウィリーたちだったが渓谷を抜けるとグレコが後ろを仰ぎ見て呟いた。


「あの山一帯に山岳兵ね。おーおー反射させちゃって」


「素人より性質が悪いな。そんな連中に見本市並みの装備とは妙な話だ。兵はバエシュの兵隊だろ?」


「新兵器は普通まず前線に投入されますからねぇ」


「そういえば帝都のアシンダルが拘束されたって話があったな」


「アシンダルさんがレイトリフさんに武器を横流ししていた可能性があると? まあ、あり得る線ですね」


「アシンダルって俺らが運んだ装甲義肢の生みの親だろ? レイトリフに荷担の疑いありって拘束されたんなら芋づる式にレイトリフの旦那も不味くねえか?」


「そこらへんはレイトリフさんも捜査が及ばないように何らかの対処をしているでしょう。堂々とこっそり山岳兵に新兵器を装備させている点から考えてもそこは抜かりないと見るべきです」


「堂々とこっそりって変な表現だな」


「そうですか?」


 レイトリフに依頼されて装甲義肢をテロートまで運んだのはウィリーたちだった。


 ウィリーはこの往復の依頼が脱走兵ロブ・ハーストの捕り物に絡んだ件なのだと見抜いていた。


 そこでウィリーは長年の経験を活かしてロブがアルテレナ軍道を使って逃走すると賭け、見事ロブを発見した。


 そしてレイトリフにロブと接触したことを伝え引き渡しの約束をしたのだった。


 ロブをカヌークの漁村に連れていったウィリーはブランクの船に装甲義肢を潜り込ませた。


 見慣れぬ箱がばれないように、ロブが入っていると匂わせた箱に餞別の品を詰めておくという意識逸らしの小細工もした。


 レイトリフとロブたちが話し合いをしている隙にティムリートは紅茶のお湯を替えに行くと見せかけ漁船から装甲義肢を回収した。


 これらは全てウィリーによる策略であり、彼は陰ながらレイトリフたちにもロブたちにも縁故を作るという荒技をやってのけていたのだった。

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