魔力を知る 7
ロブ・ハーストは魔法を覚えた。
自身を覆っている光を想像で炎雷に置換し、自身から切り離す想像をすると炎雷は任意の場所に爆ぜ飛んで燃えた。
いとも簡単に出来てしまったのはロブ自身が邪神アスカリヒトの分身の呪いの特性を見て理解していたからであり魔力を目で見ることが出来るという偶然の副産物を得ていたからだった。
大賢老もイェメトと共にいつロブが魔法を覚えても対処できるように示し合わせてはいたがまさか初日に習得するとは予想できなかった。
大賢老はロブを再び己の元へと呼んだ。
ロブは気絶したままのブランクの介抱をオタルバに任せ平然とした顔で大樹へと入って行った。
その背を見送ったあとオタルバはロブが燃やした木を見る。
木は禍々しい呪いによって気脈を断たれ、炭になってなお周囲に惰気を漂わせる忌物と化していた。
これは魔法じゃない。
非常に似ているがどこか異なるとオタルバは寒気を覚える。
そしてこの忌物に残留する気配はどこかで感じた気がする。
それが何なのかまでは分からずオタルバは不安を感じていた。
――ロブ、まさか君がこんなにも早く魔法を使えるようになるとは思っていなかった。
神殿に着くや否や大賢老がロブに語りかけてきた。
――君は私ではない。だから君がどれほどにまで魔力を見ることが出来るのか、完全に見誤っていた。許してほしい。
「許すも何も、良いほうの誤算なんだろう? だったらいいじゃないか」
――それはそうだが。
「それにしても大賢老も見誤ることがあるんだな」
――君が型破りなのだ。段階を大きく飛ばしている。
「不味いか?」
――とんでもない。君はもしかしたらすぐにでも呪いに打ち勝てるかもしれないのだから。
「本当か?」
ロブは驚いた。
昨日は大賢老に呪いとは長い付き合いになっていくと言われたばかりだというのに何という急展開だろう。
――本当だ。そして、それと同時に危険も大きく生じることになった。好機と表裏一体の危険だ。
「……さっきの魔法の攻防か。大賢老たちが魔法を使ったのは、俺が魔力を使うことで皇帝に見られそうになったからだな」
――そこまで理解できるとは……。そうだ、特殊な魔力を持つ君は謂わば皇帝にとっても楔のような存在だ。君がその強大な魔力を使用すれば皇帝も反応するという仕組みだ。むろん、皇帝はここに君がいることは知っているだろうが彼にここの景色を見せるわけにはいかなかった。それを懸念していた我らは皇帝が気脈を辿ってきた時は全身全霊の魔力で迎え撃とうと決めていた。何年先になるかは分からないと思っていたがまさかたったの一日後とはね……。
「すまなかった。避けられたことだった」
――構わない。言っただろう。結果、表裏一体ではあるが好機を得ることも出来たと。
「どういうことだ?」
――魔力の相性で言えば君が皇帝に太刀打ち出来るかもしれないということだ。
「皇帝に太刀打ち? 俺の魔力でか?」
――そうだ。確かに魔力の器でいえば我やイエメトは遥かに皇帝を凌ぐだろう。しかし我らは戦う魔法を持たないし、ここから動くことも出来ない。
「なるほど。だが俺の魔法が戦う魔法だったとしても皇帝との魔力は雲泥の差だろう」
――いいや。先ほどの魔力を推し量るに、今は君のほうが上だ。
「なに?」
――本当だ。君の今の魔力量はオタルバよりも上であるし、それほどまでに皇帝は弱っている。つまり……君の魔法の覚醒は皇帝への抑止力になり得るということになる。
「そうか。ならば話が早いな。レイトリフには俺から言おう。今回は俺が行く」
――…………。
「そのほうがジウにも都合が良いだろう? 万が一、皇帝との交渉が決裂した場合でも俺のほうがオタルバよりも人質に取られる可能性が少ないわけだ。それに俺なら失敗しても単に脱走兵の反乱という形で処理できる。……まあ、俺も失敗するつもりはないが」
――すまない。赤子が当方にいる以上、皇帝も無暗に攻撃してきたりはしないと思うが皇帝は邪神アスカリヒトの加護を得ている。邪神の目に睨まれた者は金縛りにあう。皇帝は交渉に応じるだろうがより優位に進めるためにその力を使うはずだ。それは辛く、自身の役目を果たそうとするオタルバには想像を絶するほど過酷な拷問となるだろう。我はそれを懸念していた。だが……君にその力は効かない。何故なら君もまたアスカリヒトの加護を得る者だからだ。
「分身の、だけどな。だが……俺が皇帝に接近すれば魔力で気取られるんじゃないか?」
――皇帝もそう思っているだろうな。
「警戒されてしまわないか?」
――言っただろう。君は魔力を見る事が出来る。自在に魔力を動かす事も可能だ。つまり君は……本来ならば無意識に溢れ出てしまう魔力を内に押し留めて気配を消すことが出来るかもしれないのだ。
「そんなことが出来るのか」
――我も出来るゆえ、君も出来るだろう。我は必要がないからやらないだけだがね。これは魔力を見ることが出来る者でないと絶対に届かない領域だ。そしてそうなるには本来ならば我のように肉体が枯骸と化すほどの年月を要するのだ。
「皇帝に気取られずに近づくことが出来る……。そして、皇帝よりも今は魔力で勝っている、か」
――そうだ。それが今の君だ。
「皇帝を倒すということは?」
――…………レイトリフ殿が喜ぶだろうね。
「レイトリフも信用出来ないが皇帝を批判している以上同じ轍は踏まないはずだ。おそらくレイトリフのブランバエシュ擁立は建前で自身が皇帝になろうとしているのは確かだが、内乱が始まれば島嶼侵略どころじゃなくなるだろう。島嶼諸国はその隙に国力を立て直して協力し合うべきだ。島嶼はそろそろ、ゴドリックやラーヴァリエによって搾取される歴史に終止符を打つべきだろう。それには大賢老、お前も中立だのと言っていないで立ちあがるべきなんじゃないか」
――ロブよ。我は気脈を見つめる者。どこにも肩入れはしない。
「中立なんか存在しない。あるのは第三の勢力だ。お前は中立と言いながら皇帝の野望を阻もうとしている。その時点で既にお前の理論は破綻しているんだ」
――手厳しいがその通りだな。
「俺に可能性を感じて受け入れてくれたのだろう。皇帝を倒す好機なんか時間が経つほどに失われるんだろう? ならば俺を使え、大賢老。まずは皇帝にジウへの不可侵を約束させる、しかし場合によっては皇帝を倒すことも視野に入れる。これでいいか?」
――君はそれでいいのかね?
「もうくだらない戦いは御免だ。それを防げる最後の戦いになるなら俺は喜んで皇帝と戦おう」
――そうか……。ずいぶん決断が早いのは、それが君の信条だからなのだろうね。分かった。気脈の安寧を君に託そう。
ロブは偶然手に入れてしまった強大な力と使命を前にしても高揚感を感じなかった。
感じていたのは使命への責任感だけだった。
――では、君もオタルバに随伴してレイトリフ殿への使者になりなさい。そして大転進記念祭までに魔力の消し方を覚えるのだ。
大賢老の決定はすぐさま有力な戦士たちに告げられた。
突然ロブが皇帝に勝てるかもしれない魔力を有していると聞いて皆一様に驚いた。
そしてロブはすぐに魔力の消し方を覚えた。
事は順調に運んで行った。