魔力を知る 5
オタルバはすでに準備が整っているようだった。
寝癖で長髪がぼさぼさになり無精ひげも伸びかけているロブとは身だしなみが大違いだったが目が見えないので確かめようがないから仕方がない。
「ようやく起きて来たかい。ブランクは日の出と共に来たってのに、いい御身分だねぇ」
「すまん」
嫌味を言われたが事実なので素直に謝るロブ。
オタルバはロブの寝癖が気になったのか手を伸ばしかけたが自分の顎を触ってごまかした。
「なかなか寝付けなかったのかい?」
「いや、逆だ。アンジーが寝具を貸してくれたから快適に眠れて寝過ごした」
「……ああ、そうかい」
アンジーとは昨日の食堂の管理責任者だ。
会議の前にオタルバの会場設営を手伝った人間の女である。
自分が大賢老の依り代になって体力を減らしぐったりしている時にロブはアンジーと仲良くなったのか。
オタルバはなんだかおもしろくなかった。
「あれ? なあなあオタルバ、ルーテルは?」
辺りを見回していたラグ・レがオタルバに尋ねる。
ルーテルも一緒だったのか。
「あいつならさっそくあたしの代理をするんだってんで浜辺までの見回りに行ったよ」
「浜辺まで見回ることがあるのか」
「ことがある、っていうか毎日さね。イェメトが目覚める前にね。まぁジウが何も言わなければ見回っても何事も起こらないんだけど、野生動物とか倒木とかの危険もたまにあるし、そういうのの確認だよ」
「意外と仕事はあるもんだな」
「突っ立てるだけが門番じゃないさ。……まぁそんな話はどうでもいいんだ。あんたが長々寝ていたぶん時間はないよ。さっそく勉強の時間だ。気脈と魔力の違いや魔法についてを教えてやる。ブランク、ラグ・レ。あんたらもついでだ。気脈を学びな」
「勉強……あー、やったぜ」
「おお!」
「そこまで言われるほど寝ていたか?」
あんまり嬉しそうではないブランクと興奮気味のラグ・レと肩を並べ、ロブはオタルバから授業を受けることになった。
「いいかい、まず万物には精気が宿っている」
三人を座らせオタルバは気脈の説明を始めた。
「あたしにも、あんたらにも、あの木にも、この草にも。土にも水にも空気にも、全てだ。そしてそれらは作用し合っている。例えば焚き火を起こせば火の精気は強まるが木の精気は弱まるし、周囲の空気の精気も弱まる。こんな具合に何かが栄えれば何かが衰え、それが複雑に絡み合って世の中は成り立っているんだ」
「よし、いきなりわからん」
「俺も」
「奇遇だな。私もだ」
「あんたたち聞く気があるのかい」
当たり前のように説明されるがなかなかにして最初から意味不明だ。
「まぁここらへんは感覚で覚えていくしかないんだけどさ。ブランク、あんた元気かい?」
「なんだよ、元気だぜ?」
「つまりあんたは精気が満ち満ちているってことだ。満ち溢れているわけじゃない」
「おんなじ意味じゃないのかよ?」
「魔法使いの感覚だと全く違うことさ。満ち溢れた余力の精気、それが魔力の正体さ」
ブランクとラグ・レはぽかんとしていたがロブは完全に理解不能というわけではなかった。
ロブの目は光を捉える。
視界を彩る光はいくつかの種類があり、視認できる光の輪郭は複雑に絡み合う精気の境界線なのだろう。
そしてオタルバや大樹の根本の大賢老、そして頂のイェメトが光り輝いているのは精気が溢れ他に影響を及ぼしているからという事か。
「精気は押しあいへしあいして流れを生む。それが気脈さ。いわば川みたいなもんだね。もっと大局で見たら渦と言ってもいい。大抵どこにでもある。量の多少の差はあっても全くないって場所はほぼない。なぜなら精気ってのは何も生きてるもんだけじゃなく、さっきも言った通り土とか水とか生きてないもんにも宿るからね」
「つまり世界を構成する全てに作用している力を総じて気脈というわけだな。そして自分の精気で気脈に変化をもたらす力が魔力ってことか」
「な、なんだいロブ。あんた飲み込みが早いねぇ」
ロブは呪いの副産物で魔力を視認することが出来るようになったのでオタルバの説明が映像として理解できた。
見ることが出来なかったら感覚で理解するしかなく、それは非常に難解だろう。
案の定ともいうべきか、やはりブランクとラグ・レには理解できないようだった。
もちろん彼らは魔法を使えないのだから理解しなくても問題はないだろう。
「やっぱわかんねぇ。俺もういいや」
「馬鹿言ってんじゃないよ。気脈の理解は魔力のない者にも必要だっていったろ」
「ええー」
「うむむ……何故気脈を理解したほうがいいんだ?」
「理解できれば不必要なことをしなくなるからさ」
「わかんねぇ!」
「あんたたちは今すぐ理解しなくていいさ。今はロブが理解できてりゃいい」
「ところでオタルバ、お前はどういう魔法を使うんだ?」
「ん? あんた、くらっただろ。……ああ、あんた普通にふっ飛ばされてたもんねぇ。見えてなかったのかい。じゃあ見てな」
そういうとオタルバは構え、一呼吸置いて腕を上に突きあげた。
瞬時に近くの地面の一部が爆発音を立てて巨岩のように隆起した。
巨岩は暫くすると多少の礫塊を残しつつも何事もなかったように元の地面に戻っていった。
「とまぁこんな感じだね」
「ほう」
「……触った場所じゃなくて離れている場所に影響を及ぼすってのは高度な技術なんだよ」
「そうなのか。凄いな」
「だろう?」
「聞いたかラグ・レ。オタルバのやつ褒めてもらえないから自分で凄さを解説したぞ」
「聞いたぞブランク。あれは恥ずかしいな」
「そういやブランク、あんたのお仕置きがまだだったね。とりあえず大樹の周りをあたしがいいって言うまで走ってきな。手を抜いたら承知しないよ」
「ごめんなさい」
「まあ待て。ブランク、ラグ・レ。今のを見ただろう。大地を己の意志で隆起させるなんて普通は不可能なことだ。だがオタルバは気脈を介して自分の魔力を大地の精気に干渉させて操った。これが魔法だ。自分という境界線の内側に精気が宿るものはこれが出来ない。魔力を持つ者と持たない者の違いがこれというわけだ」
「…………」
「…………」
「……知ったような口聞くんじゃないよ!」
ロブの流暢な説明に三人は驚いた。
まるで昔から魔法を修行していたかのような説明の仕方だ。
オタルバは自分が何年もかけて感覚を掴んだことをロブがいとも容易くまとめたことに対して腹立たしく思ったがすぐに思い直した。
こんなに物覚えの良い弟子は初めてで嬉しいという気持ちのほうが勝ったのだ。
「なんとなくわかった……のかぁ?」
「ううむ、私もなんとなくは分かるぞ」
おかげで二人も少しは理解できたようだ。
オタルバは次の説明に移ることにした。
「じゃあ次は魔法についてだ。基本的に魔法を使うにはまず知っておかなければならないことがある。それは自分が一体何の加護と相性が良いのかという事と、自分の得意とする魔法が自力型なのか他力型なのかだ」
「なるほど」
「例えばさっき見て貰った通りあたしは土の気脈と相性が良いらしく土に関する魔法が使える。これを探るのも一苦労さ。自分が何と相性が良いのか色々試してみる必要がある。それこそ色んな作用を想定して色々試さないと分からないからね。あたしも未だに自分が他にどんな力を使えるのか探究中だよ」
オタルバがいつから魔法について学んでいるのかは分からないが本来はかなり長くかかる修行なのだろう。
しかしロブはなんとなく自分の使える力が分かっていた。