魔力を知る 4
「質問があるんだが、いいか?」
――いいだろう。
「合議中の話の中で、ラーヴァリエを滅ぼす事が皇帝の悲願だと言っていたな。悲願とまで言い切る根拠はなんだ? 皇帝は何故、多くを巻き込んでまでラーヴァリエに固執する?」
そもそもセイドラントはゴドリック帝国傘下にいるべきだった。
現にロブたちはイムリント要塞を陥落手前まで追いつめたのだから、ブロキスにとってラーヴァリエを倒すことが悲願なのだったら勝ち馬に乗っておけば良かったのである。
それなのにブロキスは何故かゴドリックとの同盟を破棄してラーヴァリエに臣従を誓った。
それも親ゴドリック派だった親王を失脚させての強引な鞍替えだったはずだ。
だから当時のリンドナル方面軍はなんの対策も講じれずに制海権を奪われる形になった。
ラーヴァリエを滅ぼす事が皇帝の悲願なら何故そんな事をするのだろうか。
――皇帝の真意は皇帝に聞いてみねば分からぬだろう。しかし……セイドラントは小国だ。真向からラーヴァリエに敵対しても勝ち目などない。一度懐に入り寝首をかく機会を伺おうとしたのだとも考えられる。だがその一世一代の大勝負は魔力の暴発という形で水泡に帰してしまった。だから帝国を乗っ取り再び軍事力を手に入れる方針に切り替えたのだとも考えられる。
「ならば何故ラーヴァリエに直接行かなかったのか。縮地法とやらで先帝ジョデル公を倒すことが出来たのならラーヴァリエの教皇を同じ手で倒せば良かったじゃないか」
――ラーヴァリエはゴドリック帝国有するランテヴィア大陸とは違い広大な領土を持つ本当の大陸だ。セイドラントの爆発の範囲を思い出してみよ。島一つは消し飛ぶものの大陸全土とまではいかないだろう。教皇を倒すことが出来ても即ちそれはラーヴァリエの滅亡とまでは言えぬ。彼は全てを終わらせたいのだ。
「だから帝国の軍事力を来たる日の残党狩りに利用しようと? ずいぶん徹底的だな」
――ラーヴァリエは狂信的な選民思想を盲信している危険な国だ。なまじ大国であるが故に列強諸国も手が出せないでいる。ゴドリックは早くからその危険さを察知していたようでラーヴァリエ信教を禁教としてきたが他の国では信徒が市民の中に入り込んでいて問題となっている。島嶼はラーヴァリエと近すぎた。ラーヴァリエを頼り改宗を迫られ、女子供を犯され奴隷のように扱われる悲劇を何度も繰り返している。それはゴドリックとラーヴァリエの紛争に挟まれやむを得ず臣従するしかなかったからだ。全て滅ぼされるよりはラーヴァリエの求めるものを差し出し少しでも多くの民を救おうとした島嶼の国主たちの血の滲む決断だ。セイドラントの王、ザニエ・ブロキスはその悲劇の連鎖を終わらせたかったのだろう。
「でも止めるんだろ」
――なにがあろうとも世の不文律を曲げてはならない。それだけは阻止せねばならない。それだけだ。あとは皇帝が何を企もうと関わらない。我は気脈を見守る者。その役目を果たすのみだ。
「なるほどな。わからん」
ロブの素直な感想に大賢老は笑った。
――奇しくも君も気脈を見れる者。極めればいずれ我と同じ境地に辿りつくだろう。
「極めれば、か」
ロブは暫く黙ったあとにおもむろに口を開いた。
「魔力を知ることが出来ても、呪いは一生解けないんだろう?」
――そうだ。時に魔力を発散し、己の中の呪いを外に向ける一生となる。
「外に放たれた呪いはどうなる」
――適度に発散すれば害は殆どないだろう。我やイエメトが何とかする。
「俺は……あんたみたいになれるのか?」
――……どうしてだね?
「歳をとった時、魔力の発散とやらが自力で出来なくなった時、どうなる」
――…………。
「長く生きればそれだけ長く人と関わることになる。俺が自力で何かを出来なくなれば世話を焼いてくれるものも出てくるだろう。そういった人を巻き込むことになる最期なんか俺は迎えたくない。俺はお前みたいに悠久を生きる者になれるのか」
――それは君次第だ。だからこそ我らの教示を受けなさい。焦らずに、時には呪いが身体を蝕み辛い時もあるかもしれないが、生を諦めないことだ。
「そうか……分かった」
ロブは立ちあがると手探りで木皿を探し始めた。
――ロブ、我は構わないと言ったよ。役割を担う者がいるのだ。
「すまん、やらせてくれ。俺もここの一員になるんだ」
暫くすると会議が終わったことを知った食堂の今日の管理者がやってきてロブと一緒に神殿を片付けた。
ロブは片付けついでに空き部屋に案内してもらう事になった。
誰もいなくなった神殿の中で大賢老は物思いにふけっていた。
そして遥か頂きの慈愛の名を呼んだ。
――イエメト。
――なぁにィ?
念話の範囲は広いがこの声はロブにもオタルバにも聞こえない。
契約者と精隷の間にだけ疎通できる意志だった。
イェメトは椅子に座りながら赤子を抱き授乳していた。
足元では正座をしたシュビナが蕩けた顔で慈愛を見つめ、落ち着かずに前後に揺れながら待機している。
――あれはなかなか賢い男だ。君はどう思う?
――どうってェ? あなたのようにはなれないわよォ。
――身も蓋もないな。
――あの子は既に死人の身。呪いの否定は自分の否定につながるわァ。私たちに出来ることは魔力の使い方を教えてあの子自身に悔いのない決着を付けさせることだけェ。駄目よォ、それ以上のお節介を焼いちゃァ。
――……分かっているよ。
大賢老は弱々しく返事する。
多くを知れば知るほど何も出来なくなる葛藤は何度味わっても慣れないものであった。
朝になった。
住人の厚意で空き部屋に寝具を入れてもらったロブは快適に目覚めることが出来た。
すでに日は昇っているようだが早朝である。
ロブはまだ眠りに包まれた大樹を出てオタルバの家に向かった。
「おっ、ロブおはよう! よく寝れた?」
道中でブランクに会った。
ブランクは日の出からきちんと起きてオタルバの元に集まっていたようでロブを起こしに来たようだった。
「悪いな、ロブ。俺うっかりしてて、てっきりロブはオタルバん家にいると思ってた」
そういえばオタルバに拒否されたことは事後ルーテルが知ったのみで誰にも話していなかった。
だから全員ロブを残して普通に帰っていったのだ。
「おーいラグ・レ! ロブいたぞ!」
手分けして探してくれていたのかラグ・レとも合流し三人は談話しながら歩いた。
「でな、戦士による合議があった日の翌日は広場のその日の管理者が朝いちばんに鐘を鳴らすんだ。そんで皆が集まる。そんでな、合議で決まったことが発表されるんだけどさ、だいたい発表するのはルーテルの役目だな。あいつ声でかいから。そんでな、その時また住人で決まった事対して多数決が取られるんだ。否決すると差し戻される。まあ俺の知る限りじゃ差し戻されたことはないけど」
「なるほど、じゃあ赤ん坊が皇帝の娘だってことは全員が知ってるのか」
「あ、いや。それは昨日みんなと接してみた感じからして知らないと思うぜ。合議の後すぐにイェメトが俺とノーラの前に現れてさ、ジウの勅命だ~って言って、それをラグ・レにも聞かれてさ。そんで俺らはその足でそのまま出て行ったから後の事は知らないけど、俺たちが不信な動きをしていたのはオタルバが知ってたから箝口令は敷かれたと思う」
「じゃあ皆はラグ・レたちが急に赤ん坊を連れて来てびっくりしたんじゃないか?」
「そんな事ねぇよ。誰かが行き倒れてた奴を連れてくることだってたまにあるし。住人が連れてきた部外者は誰も深く詮索しようとしないよ。入ってきてるってことはオタルバの審判も成されてるわけだし」
「ああ……確かに、俺の時も何も聞かずに逆にかなり優しかったもんな」
「そういうことだ、ロブ・ハーストよ。ここには過去に悲しい傷を持つ者が多い。だから過去などどうでもよく、これからを見据えるのだ」
そういうラグ・レも何か事情があってここに来たのだろうかとふと思ったロブだったが詮索は無粋なので黙っておいた。
「ちなみに決まった事に対する多数決の集会だけじゃなくてさ、五人でも決められないことを全員集会で決めたりもするんだぜ」
「五人でも決められないこと? 穏やかじゃないな」
「あったな、全員集会!」
「ラグ・レも参加したのか」
「当然だ。全員の集会だぞ。ちなみに私はその時は予想以上に採れたぶんの芋は盛大にご馳走にしよう派だった。負けたがな」
「なんだそれは」
「豊作だったのだ!」
「芋がいっぱい採れてさ、芋祭しようかって話になったんだよ」
「……ちなみにだが、ジウはなんて意思を示した?」
「どっちでもいいって言っていたってオタルバが言っていた」
「だろうな」
そうこう話しているうちに仁王立ちするオタルバの元へ辿り着いた。
さっそくロブの特訓が始まる。