魔力を知る
神殿の中で九人の戦士たちによる会議は続く。
まずは赤子とロブ・ハーストは受け入れる運びとなった。
皇帝が赤子をわざと攫わせるように仕組んだのだという大賢老の憶測は信憑性が高く、かつバエシュ領主のレイトリフ大将に半ば犯行が露見しているという事実からすれば二人は追い出すよりも手元に置いて手札とするのが最善だったからだ。
レイトリフとの接見は大賢老にとって思いもよらない追い風となった。
大賢老は此度、敢えて自身の憶測を秘して強行に及んだ。
どう説明しようともジウに被害が及ばない限り戦士たちは頑なに反対することが目に見えていたからだ。
普段は合議により政を行っていても今回ばかりは譲れなかった。
例え戦士たちから信を失っても、その反対がジウの理念に反していると自ら気づかせたかったのだ。
戦士たちは戦争を知らない。
ずっと神聖不可侵なるジウで暮らしてきた。
戦争は自分たちが嫌だと言っても巻き込まれる時は巻き込まれるもので、皇帝がジウに目を付けた時から既に運命は動き出していた。
あのまま見て見ぬふりをして暮らしていてもいずれは外圧をかけられ交渉の手札を得ることも出来ずに孤立して最期を迎えることになっただろう。
エルバルドはそれを推知したようだがルーテルは理解出来なかった。
しかしオタルバがジウに従うというのであればオタルバへの好意を捨てきれていない彼は従う他ない。
シュビナもイェメトと仲直りする機会を得て安堵していた。
賛同の理由はどうであれ全員が満場一致でジウに従ったとあれば住人たちも腹をくくるだろう。
この土台さえ確立してしまえば後は早かった。
全ては大賢老の策略ではない。
ルーテルとシュビナの調略は情の機微に触れる事に長けるイェメトの機転だった。
二人とも長く生きているだけあり老獪である。
そして隙のない連携だった。
「それじゃあ次の議題に移ろうかね。まったく、依り代は何度も連続で行うもんじゃないんだけどねぇ。あたしゃ疲れるよ」
「じゃあ私に変わるゥ? 私ならジウと何回シても平気よォ?」
「なに言ってんだい、舐めるんじゃないよ! 役目は責任を持って果たすさ!」
対抗心に火が付いたオタルバが大賢老に促すと大賢老の光が再びオタルバに移るのがロブの目に見えた。
『さて……いいかな、それでは次の議題だね。ルーテル、この書簡を回しなさい』
オタルバを依り代にした大賢老は玉座に挟んでおいた書簡を取り出しルーテルに渡した。
あれはロブが大賢老に再び会いに行った時にオタルバに託したレイトリフの書簡だ。
「なんだこれ……は?」
『ロブがレイトリフ大将から預かった書簡だ。読んでもらえれば分かるが蜂起の檄文だよ』
「……大将直筆……か。 ふぅむ、蜂起の檄ぶ……ん? これが……か?」
『回ってきていない皆に先に説明しておくが、内容は表向きには静観の要請だ。……きたる慰霊の日に至り領国に兵の動きあれど其は内政の為なれば島嶼諸国家において患いなきことを誓い候、又干渉なき事を求むものなり……。知らぬ者が見ればよもや政変の檄文とは思うまい。しかしロブやブランクには真意を打ち明けているわけだからこれは流出した際の保険だろう』
「ああ。レイトリフは書簡には島嶼の利になることを記しておくって言っていた」
ロブがレイトリフの言葉を思い出し皆に伝えるとブランクも小刻みに何度も頷いた。
『なるほど、レイトリフ殿は政変を起こすにあたり島嶼諸国の動向を懸念している。島嶼諸国が不審な動きを見せぬこと、背後を突いてこないという確約が欲しく、それを約束するなら島嶼が望むものをくれるというのが書簡の本当の意味だろう』
「約束などせずとも当然のこと……だ! 我ら誇り高き戦士は如何なる者でも背後を襲うことなどありえ……ぬ!」
「誰かさんの寝込みを襲った子が何か言ってるわァ」
隣りのルーテルにしか聞こえない声でイェメトが囁きルーテルは血走った目を見開いてイェメトを凝視した。
「ぎぃ……字、読め、ない」
「味方が欲しくともおいそれと頼めないわけだ。内紛だからな、世間にばれたらレイトリフは外患誘致で圧倒的に分が悪くなる。我々も内政干渉でただじゃ済まないしな。ジウ、静観を促す使者なら喜んで引き受けるが、その場合は当然レイトリフの蜂起の件を周知しても良いのだろう?」
『いや、諸国の中にはラーヴァリエと通じている国もある。黙っていよう。件の日は島嶼諸国にとっても慰霊の日だ。皆は各国に慰問に周り、期間中の争いは弔い合戦含め死者の魂を冒涜する行為でしかないと説いて回るのだ』
「理由としては弱い気もするが……交渉は私に一任してくれ。何とかして諸国の自尊心を煽って動かないようにしよう。……シュビナ、見ていても急に読めるようになったりはしないぞ。俺にも寄越せ。……ん?」
シュビナから書簡をむしり取ったエルバルドの目が続く一文に留まった。
「ジウ、なんだこの、皇帝陛下は義士に再び報いるだろう、というのは」
『やはり気になるかね、エルバルド。そこだけ文脈に繋がらないだろう。義士とは即ち戦死した兵士たちのことだろうが、それは相手である我らには関係ないことなのだから書かずとも良い文だ。故にそこには別の意味があると考えられる』
「別の意味……」
エルバルドは思案しながらロブに書簡を回す。
ロブも書簡の中味は初めて見るが、流石に字に光は宿っておらず何も見えないのですぐにブランクに回した。
ブランクは受け取るや否やラグ・レに回し、ラグ・レも文字が読めないのかシュビナのように固まる。
ノーラは溜息をついてラグ・レの持つ書簡を覗きこみ音読した。




