ジウの大賢老 10
エルバルドは大賢老の承諾を得るとルーテルを諭した。
「では。……ルーテル、こんな具合でどうだ。ロブ・ハーストは一度だけ採決から外すことが出来る。お前はそれを求めることが出来る。どうだ?」
「一度だけ……だと?」
「一度でも充分だろう。ロブ・ハースト、異論はあるか?」
「……ないな」
ロブは舌を巻いた。
エルバルドはロブが発言し出したと見るや否や一気に話を纏めて場の空気を自分に引き寄せてしまった。
普段はどこにいるか分からない奴だと聞いていたので内向的かと思えばかなり口が回るではないか。
自身が無口なほうであるロブは会議前に面子に会い皆あまり弁論が得意そうではないと分析していたが思わぬ伏兵がいたものである。
「ではシュビナ、あんたはジウに何を求める?」
「わ、わ、わた、わたし、む、むむ、むぅ」
何も考えていなかったのかシュビナはしきりに首をまわして自分が求めるものを考えた。
その様子を見てイェメトが動く。
「求める求めないとかァ、体だけにしましょうよォ」
「イェメト、あんたは暫く黙っててくれ」
「感じわるゥい。私は皆で、仲良く、したいだけよォ」
「……ぐぐ……うーう」
応酬する二人の間であたふたしていたシュビナだったが何度かイェメトを盗み見ると瞳から大粒の涙が幾筋も零れ落ちた。
思いもよらない反応にエルバルドも動揺した。
「この声は? シュビナが泣いているのか、どうした」
「シュビちゃんはどうしていいか分からないのよォ」
「あ、あんたが言うか。そもそもあんたがジウを諌めずにシュビナを巻き込んだからこんなことになって……」
「シュビちゃァん? 私、怒ってないわよォ。それよりもシュビちゃんがお世話してくれなくなって毎日とっても疼いているのォ。だからァ、お互い済んだことは水に流してェ、また仲良くまぐわいましょうよォ?」
下品ではあるが二つ名の通り慈愛に満ちた声色をイェメトにかけられ、シュビナはとうとう顔を覆って泣き出してしまった。
まずい。エルバルドは気付いた。
このままではシュビナはイェメトに恭順してしまう。
世界がどうだとか、綺麗事とお節介で住民三百人の命運を左右させてはならない。
エルバルドにとってここが正念場となった。
「シュビナ、あんたとイェメトの関係のこじれは合議の議題とは別の話だからな。本質を見誤るなよ」
むしろイェメトとの平穏な時間を大事にしたいなら赤子も脱走兵も無用だ。
それはシュビナも分かっているようで涙を拭い大きく頷いた。
イェメトは残念と言わんばかりに口を尖らせ指で胸に円を描いた。
「ではオタルバは?」
『オタルバは……何も求めぬと言っている』
「そうか……。では早速一つ目の採決に移ろうじゃないか。赤ん坊とロブ・ハーストの今後についてだ。ジウ、進行を頼む」
シュビナが陥落する前にとエルバルドは大賢老に採決を促した。
『わかった。では皆、四択で挙手をしてほしい。赤子とロブを残す、赤子を残しロブを帰す、赤子を返しロブを残す、そして赤子もロブも帰すの四択だ』
「いいのォ?」
『仕方あるまい』
「ルーテル」
「むむ、この議題……だ! この議題で奴を外すぞ!」
「ちっ」
「安心しろロブ・ハースト。赤子もお前も我々が守る」
ラグ・レは頼もしいことを言ってくれたが反対派優勢に転じられての採択の開始だったので現時点では既にロブの退去は決まったようなものだった。
しかし大賢老が素直にエルバルドの提案を呑んでいる事が気になる。
何か考えがあってのことだろうか。
ロブは静かに成り行きを見守ることにした。
まずは採択上、いないであろう意見の確認だ。
当然だが赤子を返しロブを残すという意見に賛成の者はいなかった。
次に聞いたのは赤子を残しロブを帰すに賛成する者でありそれにノーラが挙手をする。
「ノーラ!」
ラグ・レが信じられないという声を上げたがそれに対しノーラが反応することはなかった。
続いては赤子と共にロブを帰すに賛成な者を聞く。
エルバルドの思惑ではオタルバ、ルーテル、エルバルドがそれに賛同する。
シュビナの判断に注目が集まったが彼女も挙手をした。
これで今まで通りの生活に戻れるわけなのだから当然の判断だった。
残りは大賢老、イェメト、ブランク、ラグ・レ、ロブが残っている。
だがエルバルドの機転で大賢老とイェメトを一票とし、更にロブが採決に加われない権利をルーテルが行使した。
つまり四対三で赤子とロブを帝国に追い返せるのだ。
大賢老もイェメトも二度続けて決定を覆すような真似はしないだろう。
一時はどうなるかと思ったがこれでジウの平穏は守られた。
『シュビナ、ルーテル、エルバルドの三票だね。では次は……』
「なっ!? ま、待て、どういうことだ!」
大賢老の勘定に誰もが驚いた。
「依り代とはいえオタルバの票が反映されていないぞ……ジウ!」
『それはまだ分からぬよ。では、赤子もロブ・ハーストも残したいと考える者は誰かね?』
ブランクとラグ・レが勢いよく挙手し、イェメトも妖艶な仕草で手を上げた。
『ブランクとラグ・レ、そしてイエメトと我は同一票で三票。そこにオタルバを加えて四票だ』
「馬鹿な!」
エルバルドとルーテルは驚いて立ち上がった。
驚いたのはロブたちも同じだった。
「なんかよく分からんがオタルバが味方してくれたぞ!」
「ん? じゃあもしかしてオタルバが俺たちの味方になってくれなかったらロブはやばかったってことか?」
「そのようだな。危なかったな!」
ようやく気付いたブランクとラグ・レにロブは苦笑した。
何の根拠があって自分を守ると言ったのかは不明だが、それでもどのような状況でも味方でい続けてくれる彼女たちには感謝しかなかった。
そして最も感謝すべきはオタルバだ。
彼女はいったいどういうつもりで意見を変えたのだろうか。
「ジウ、依り代を解け! オタルバに真意を聞きたい!」
「喚くんじゃないよ! もう解いてくれてるさ」
声が変わらないのでエルバルド達には分かりにくいが、ロブには確かにジウの光がオタルバから離れていることが見て取れた。
「オタルバ、どういうことだ。ジウを守る者としての務めを忘れたか?」
「今更うるさいよ。ジウがやっちまったもんは仕方がないだろう。あとブランクにラグ・レ、あたしゃ別にあんたたちに味方した覚えはないよ。ここにいる皆が味方なんだ。反対意見でも味方は味方。それを忘れちゃいけないよ。そしてエルバルド、あたしはジウが言ってた皇帝と話し合いの場を設ける案に賛成なんだ。あたしらで皇帝の赤ん坊は守ってやる、それを約束にジウへの不可侵を約束させればいい。今はまだ皇帝の真意はジウの憶測でしかないだろ。そして……それを聞くのに打ってつけのお誘いだって来てる」
「なんだ……?」
「それがもう一つの議題ねェ。帝国のレイトリフって人からお誘いが来てるのよォ。二か月ちょっと先の大転進記念祭とかいう日に一緒に皇帝を倒しませんか、ってェ」
「馬鹿な! そんな……ブランク、あんただな!? 会ったのか!」
「会ったっつーか別にこっちから望んで会ったわけじゃないぜ」
「会っただけで問題だ! するとロブ・ハーストのことも赤ん坊のこともばれているわけだろう」
「赤ん坊ってことは知られてないけど帝国の重要機密がジウに渡ったっていう憶測は大将もしてたぜ」
「最悪だ! はやく言え! これではロブ・ハーストを帝国に帰したところで意味がない! 無駄な決議だった! ……レイトリフ、帝国の地方領主だったな。皇帝に叛意ありと言ってもジウに協力を求めてくるということは皇帝を倒す決定打に欠けているということだろう。魔法の力を当てさせる気か! 協力せねばジウにロブ・ハーストが渡ったことを皇帝に進言し信を得て懐に入り込むという手段を取ることも考えられる……なんてことをしてくれたんだ……ブランク!」
「ええ……なんか俺さっきからぼっこぼこなんだけど」
「うふふゥ、分かったでしょう? もはや赤ちゃんも、ロブちゃんも手札としては必要なのよォ」
「それを知っていて何故無駄な合議を開いた?」
「話し合いがしたいって言ったのはロブちゃんだし、そこに合議を結び付けたのはエルバちゃんじゃないのォ。もう気は済んだかしらァ?」
「イェメト……あんた!」
「さァて、思いはお互い出し切ったわねェ。仲良くしましょう? 皆で乗り切るのよォ」
完全にしてやられたものだ。
話し合いがしたいと言ったのは確かにロブだったが、合議の形式にしたのはイェメトだ。
エルバルドたちは、今後のためにどう足掻いても一致団結しなければならないという事実を自ら理解するように仕向けられたのだ。
そして話がまとまった以上はもはや反対など出来ないし、すれば自分たちが大賢老に向けた非難が全て自分たちに返ってくることになるのである。
全ては大賢老の筋書きなのだろうか。
大賢老の憶測によって人間臭さが見え隠れしたブロキス帝に反し神聖清貧な賢人という想像図からは程遠い専断的な言動が浮き彫りになった大賢老を見てロブは正しさとは何かを少し考えてしまうのだった。
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