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SITY=DIVER Reconstruct the Babel:3

 唯一都市「新京」都外への出入りは人口の再拡散防止のために制限されている。文化財保護機構の修繕旅団だとか、遠隔の海岸守備隊の補給部隊だとかは日常的に域外を行き来しているが、一般市民については例え日帰りの行楽であったとしても、その審査は厳しい。

 であるから、余暇を過ごすとしたら都内の娯楽施設に足を運ぶか、第五層まで出ていって工場見学するだとかロボットの農作業を見るだとか言ったことぐらいしかない。「ぐらいしかない」のだが、その実、娯楽施設の充実は異常なほどである。あらゆる種のレジャー施設が点在しており、ウィンタースポーツだって例外ではない。これらは観光産業とされ、必要上の理由があれば層や区画の分類に関わらず運営することができた。


 その中の一つ、恩賜動物公園。施設そのものは省面積化のために螺旋状の立体構造物になって姿を大きく変えたが、開園から170年近く経った今尚市民の身近な動物園として親しまれている。そして、今日ではこの国唯一の動物園だ。


「カピパラさん、ゴワゴワですね〜」

 ふれあい広場で子供に混じってじゃれつく奈美。 その相手をさせられている「カピパラ」さんは群れのなかでも一際大きくて、長老めいた貫禄があった。何事にも動じないと言った風に、緊張感のない独特の雰囲気を醸し出しながら、彼女が抱きつき寄りかかりするのにさえ嫌がる素振りを見せないの大物。


 カピ「パラ」でなくてカピ「バラ」だよ、そんな台詞を氏川は飲み込んだ。細かいことを一々指摘する男は嫌われるのだ。それに、「カピパラ」のほうが響きも可愛い。

「ホラお父さんも、ゴワチクですよ〜」

 異貌の「お父さん」に睨まれたって、カピバラは知らん顔をしている。その背中でも撫でてみれば、癒やし系のイメージと反して想像以上に固い毛。なるほど、確かにゴワチクであった。


 今は親子という体なので「ご主人様」は封印中なのだ。二人での「私的な外出」に際してはしばしばこうしている。あのメイド服さえ着ていなければ確かに父と娘のように見えたし、無用の詮索を避けられるからだ。おまけに、この種の施設を利用するに際しては中学生料金だって適用される。


 さて、この肝の座ったカピパラさんに夢中な奈美は頬擦りまでして、それはそれは堪能している様子であった。チクチクしたりはしないのだろうか。

「よかったぁ……」

 実のところ、奈美はこの広場の他の動物のことごとくから避けられているように見えた。ウサギを抱くにしても、ネズミを手に乗せるにしても、特に彼女に対しては警戒したり嫌がったりで落ち着かない様子だった。それだけに、このカピバラは有り難い存在である。

 ただ、こんな微笑ましい光景を目の前にしても、半顔の氏川が笑みをこぼすことはなかった。それでも奈美は、様子を彼に眺められていることを見て満足げに微笑んだ。


 それから他の小動物のいくらか見て回り、さぁ帰ろうと自家用車に乗り込んだ時である。

「ご主人様、着信ですよ? 」

 味気のない、デフォルト設定のままな呼び出し音が車内に鳴り響いた。彼は一つ大きな溜息をついて見せてしばらく躊躇ってみせたが、結局は応答した。

「あっ、氏川さん。今、少しお時間いただいても大丈夫ですか」

 この声変わりもまだのショタ声はアツヤ少年だ。いや、端末にも通話相手の名前は表示されているが、それでも一応の名乗りはしろという台詞を氏川は飲み込んだ。時代錯誤な小言をわざわざ言って聞かせる上司は嫌われるのだ。

「この間の就労支援中央の帳簿データをこじ開けてみたので、その報告を……」

「今日は、祝日休みだと言わなかったか? 」 

 彼は「不貞腐れた」ような様子だった。ちょっとした苛立ちが、その声に現れている。もっとも、少年もそれは承知の上だと言う。

「余程のことなんだろうな」

「よほどの、ことだろうと思います」


 運転席に座っているときの習慣で、いつものように端末を車載ナビ脇のハンズフリー・ホルダーにセットした。合図すると、アツヤ少年は改まった咳払いをしてから報告を始めた。

「支援中央のところに途方も無い額のお金が集まっていたんです。それもほとんどが借金という形で、あらゆる金融機関から、それこそヤミ金融も含めて。少なくともそれだけで3兆に届きそうな勢いですよ」

 すぐに、そのデータが添付されたメッセージが送られてきた。最早、金貸し業者の全てをそのままリストアップしたかのようになっている。借りられる金は何だって借りたという印象だ。

 一体何だって、これだけの金が必要なのだろう。先日の武装集団と関係があるのだろうか。それに返済のことなど考えていないようにも思える。仮に返すアテがあるのだとしても、そのアテの想像がつかない。


「アッ!! 」

 アツヤ少年の叫び声だ。同時に、何やら忙しそうにキーを叩く音が聞こえてくる。尋常でないタイプ速度は、まるで土砂降りの雨音。そしてゲリラ豪雨はすぐに止んだ。

「サーバーが攻撃を受けましたが、何とか退けたみたいです……」

「攻撃源は」

「もう逃げられてしまったから分からないで……、って第二波来ましたっ! さっきよりも浸透が早いっ……。発信源は……、氏川さん!? 」

 ふと、ホルダーに収まっている端末を見やると、画面が勝手に明滅したりして、異常な動作を見せている。この端末を経由して攻撃を仕掛けているのか、いくら操作しても何一つ受け付けない様子だ。

「伏せろ奈美! 」

 車内に響いた爆音、爆音、爆音。


 氏川の引き抜いた9ミリの代わりに、奈美のマシンピストルが煙をくわえていた。鉛玉に大穴を穿かれた端末は完全に機能を停止している。彼の引いたトリガーには、全く手応えがなかった。

「ご主人様、アンロードで携行なさるなら咄嗟のときにもちゃんと装填できなくちゃ駄目ですよ? 」

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