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【1】これが私のご主人様!

 紙上の記事に目を走らせるまま、口元に寄せたカップ。彼の得る全情報のうち新聞から得るものは僅かであったし、彼自身それほどの重要性を見出してはいなかった。昔からの習慣として、その日を始める儀式にそれが必要であるというだけである。そんな好事家たちのために、紙媒体の新聞を毎朝配達するという行為が今でもこの街では続けられていた。


 カップに満たされたコーヒーも同様である。それを鑑賞して楽しむといった上品な趣味を彼は持ち合わせていない。ドリップから何までを奈美に任せていた。ある時、気まぐれに「うまい」と言ってみたら、その日に限ってインスタントだったなんてこととあった。以来、彼女は自前のブレンドコーヒーを淹れてくれなくなってしまった。

「ご主人様は少しばかり舌がおばかさんなんです」

 こんな小言を言われるたび申し訳無い気持ち半分、名誉挽回とばかりに利きコーヒーを挑んだが(といっても、市販のインスタントコーヒーとそうでないものとを見分ける程度のものなのだ)、未だ正答率は5割程度を上回りも下回りもしないでいる。

 結局、今日も味のわからぬコーヒーを右側の唇で啜った。


 奈美が「スズメさん」へのエサやりから戻ってきた。ここに事務所を構えたはじめ、大方酔っぱらいのものであろう吐瀉物をそのスズメさんが啄んでいるのを見兼ねた彼女は、屋上にエサ台を設置したのだ。以来、彼女はそれを責任もって管理している。

 そして当然、朝イチからいつもの「メイド服」を身に纏っていた。黒染めの戦闘服と同じ構造・機能で、クリーム色の地を黒でメリハリ利かせた色違いである。ウェーターめいたトップスに、運動性に優れたキュロット。一つ決定的に違っているのは、あのネコミミをしていないということぐらいだ。


「へぇ~、あのエレベーター、もう完成するんですか」

 ご主人様の読む裏面の記事を傍からつまみ読みしていた彼女が何気なくコメントした。全球通信集団が自社の通信衛星や空中基地局をメンテナンスするために建造していた宇宙エレベーターのことだ。

「バベルだなんて、縁起でもない。これの完成によって人類は共通言語を得るとでも言いたいのか? 」

「え、あの事件、結局有罪になっちゃったんですか」

 数年前の、一部産業界を標的にした連続爆破事件に関する裁判の記事。企業テロとの見方も強かったが、被告の誰一人として容疑を認めていないことや、一連の爆弾攻撃によって結果的には淘汰された企業も多かったことから、当時冤罪や陰謀論が囁かれていた事件だ。

「でもまぁ、証拠は綺麗に揃ってるらしい。揃いすぎてて逆に怪しいぐらいだと、岩水警部も言っていた。人死にもたくさん出たしな」

「え、にゃんさん社長、死んじゃったんですか……」

「にゃんさん社長? 」

 裏返してみると、人気を博していた猫の名物社長が死んだという記事が小さく載っていた。どうにも「にゃんさん社長」というのは、奈美の勝手なネーミングらしい。

「そうか、それは残念だな……」

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