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SITY=DIVER Reconstruct the Babel:1

 21世紀中頃、集住政策によって国の唯一都市として巨大都市圏を形成した「新京」。大規模な再計画によって再び先進的都市としての繁栄を享受するようになった一方で、前世紀以来の格差社会はそのままに引き継がれた。今世紀に入ってから飛躍的発展を遂げたサイバネティスクを始めとする「最先端技術」も富裕層の医療や道楽に留まり、人々の生活に革命を齎すことはなかったのである。

 咄嗟に身を隠したコピー機は、フレームのひしゃげる断末魔と共に紙屑を噴き上げた。弾がいつこちら側に突き抜けて来ても可笑しくない。

 他の職員らの幾らかはその巻き添えを喰らって、オフィスデスク諸共蜂の巣にされてしまった。それでも彼らが攻撃の手を緩める気配はない。「侵入者」を生きて返さまいとして、撃ち惜しむこともなく、容赦のない射撃を継続する。


「もうっ! 」

 負けじと、毎分1200発の9ミリをデスクのスチール板越しに撃ち込む。彼女がリリースしたマガジンは、銃がホールドオープンしていないにも関わらず撃ち尽くされていた。そして振り上げる袖口から飛び出す次の弾倉がその勢いのままマガジンハウジングに吸い込まれるように装填される。そのままデスクのスチール板越しに、敵の身体にしっかりと弾丸を撃ち込みながら、より硬い遮蔽物を求めて素早く後退していく。


 弾幕に切れ目を生じさせないよう、敵は声を張り上げながら互いに連携していた。敵の一部が壁に沿ってこちら側に接近してきているのも感じ取れる。二点からの攻撃によって徐々に逃げ道のないフロアの隅へと追いやられつつあるのは、かなり不味かった。

「奈美、表だ! 今なら歩行者はない! 」

 インカムにくぐもった声の通信が入る。その意図を理解した彼女は躊躇いもしなかった。即座に二集団の目の前に向かって、それぞれグレネードを投げ込む。回避を促す敵の掛け声を合図に弾幕の切れ目から飛び出した少女は、事務所の窓ガラスをマシンピストルで撃ち割ると同時に、驚異的な跳躍力を以て小柄な体を宙に舞わし、敵の銃口に追われるよりも素早く机の全てを軽く飛び越え、そのまま割れ散るガラスと共に闇夜の隙間にダイヴした。


 高層階から、まるで水に飛び込むように頭から落下したはずの彼女は、空中にあって正確にその上下を知覚し、通りの路上駐車めがけて猫めいて足から着地をした。足元のボンネットには少しの凹みもない。その着地音は、降り注ぐガラス片の雨音にかき消されていた。

 いや、彼女は実際、闇に溶け込む「黒猫」だった。黒のローファーに黒染めのニーソックス。運動性に優れたキュロットと、ウェイターのようなトップス、そしてヘッドドレスと一体になったネコミミ。後ろで細く束ねられたポニーテールまでも、猫の尻尾と形容したくなる。


「怪我は? 」

 運転席の窓から顔を半分だけ覗かせた男が、ボンネット上の少女に問うた。その声は片頬に籠っていて、瞳には光少なく、顔も引き締まった筋肉質の割には血色の悪い。

「ヘーキです。一発だって当たってませんから、早く行きましょう」

 返事を聞いても男は納得がいかないという風に、既に地面に降り後部座席のドアーに手をかけていた少女の顔を、車内から引き寄せて、首筋に至るまでをつぶさに観察した。もっとも、暗がりの中にあっては、細かな傷の類などはよく見えない。代わりに指の腹をシルクの如き柔肌に這わせれば、彼女がくすぐったがる。そこには、放っておけば、いつまでもそうして付いてもいない傷を探していそうな、不気味な熱心さがあった。

「あぁもうっ。ご主人様、後にしてください! ガラスも被っちゃいませんから!」

 嬌声混じりの諫言よりも、天井から伝わる振動と鈍い音が彼を正気つかせたのだろう。流石の「ご主人様」も手を止め彼女を乗せると、慌てて傷塗れの旧式車を急発進させた。


※ ※ ※


 銃弾から逃げおおせた車内はしばらく無言だった。周囲を警戒しているというのもある。だがそれと同時に、第四層の特に東部工業地帯に近いこの地域に漂う鬱屈とした雰囲気に呑まれていたのかもしれない。

ただ労働人口をコンパクトに収容するため積み上げられただけの「壁」に灯る明かりは少なく、通りはいつだって酷く暗い。狭い空を見上げようにも、首が痛くなるばかり。

 そして、とてもそれだけの人口があるとは思えないほど、活気に乏しかった。ここの住人の殆どは軽い冗談を交わすだけの余裕すら持ち合わせていないのだ。口数を少なくして、現状に対する不平不満までもを喉の奥に押し込めてしまっている。

 そんなだから、特別に治安の悪い地域でもなかった。非合法の商売人や伝統的な反社会的勢力の類は、どちらかといえば繁華街の日陰を好む。それゆえ、今回あれだけの武器が出てきたというのがむしろ予想外であったのだ。所轄への四八式ヨンパチ配備などは、案外根拠あってのことだったのかもしれない。


 車は放射状線道路に乗った。ふと後ろを見遣れば、さっきまでの陰鬱極まりない景色の影すらない。馬鹿に高いビルは、ガラス張りの外壁に暖かな光を蓄えて、唯一都市の夜景に溶け込んでいる。

 人々は、あの第四層の建造物群を指して「空中庭園」と呼んだ。外側に向かって階段状に高くなっていく超高層集合住宅の屋上部を形容してのことだ。

 実のところ、この都市で最も貧しい地域の直上と真横、すなわち空中庭園の内側と最上層は高級宅地であった。尤も、それは対義的な両者の共存を意味しない。前者を全体に含意しつつ、それを後者によって巧妙に隠蔽しているというのが真実である。

 

 後部座席の彼女は今一度、周囲に追手のないことを確認してからネコミミ型のヘッドセットを外して、そこから記録用のマイクロカードを取り出した。

「ご主人様、これ、裏帳簿を含んだ帳簿のデータです。ちゃんと全部抜けていればいいんですが」

「これは……博士でなくてアツヤの仕事だな、アイツに送っておいてくれ。俺は依頼元に報告をする。あ、データはそのまま梱包した状態で送信すること、間違っても開くんじゃないぞ」

 そう言って彼は手元の端末を車載ナビ脇のハンズフリー・ホルダーに収めて、依頼元と通話を始めた。相手は物流業界でそれなりの規模を誇っている域内の企業。調査を依頼されていた就労支援中央の事務所に何やら物騒な連中が出入りしていて、それとの銃撃戦が発生したことを、やはりどこかくぐもっていて不明瞭なところもある言葉で手短に伝える。

 その最中にも、ナビが検問所の設置をアナウンスしてきていた。一般ネットの口コミによれば、どうやら先程の騒ぎに対する緊急配備らしい。

「あー、もし先手を打たれると言うのでしたら、すぐにでも行動に移した方が良いかと思われますよ。結構派手にやってしまいましてね、事はすぐ表沙汰になりそうです」

 そんな所感も述べつつ、ハンドル片手に胸元から手帳を取り出す。


 ネコミミ姿に復帰していた奈美はデータの転送を終えたことを報告するため、お話し中のご主人様にそれとなく目線をやりつつ待っていた。ストロボめいて照明灯に照らし出されるご主人様の左顔はつややかに、火傷の跡が腫れたまま。口の左側も上唇と下唇が引っ付いてしまっていて、右側の筋肉の伸縮につられて表皮に僅かな皺が波打つ程度である。

 男の左目のあったところに埋め込まれた機械的なデザインの義眼は非稼働式で視野の移動が出来ないものだったから、長引く通話に、運転席の脇から身を乗り出した彼女が焼きただれた横顔をじぃっと見つめるようになっていたのにも気付いていなかったらしい。

「奈美。今さっき送ってもらったデータだが、やっぱり手の空いた時に軽く見てもらう程度でいいって、アツヤにメッセージしておいてくれ」

「あれ、お急ぎじゃなかったんですか? 」

「この件からはもう撤収だ。首都運輸さんはそのスキャンダルが公表されるよりも先に、支援中央との提携を打ち切ることに決めたらしい。あの事務所にいた連中を調べたって、もう報酬はないし、警察と仕事の取り合いをすることもない」


 そうこうしているうちに到達してしまった料金所手前の検問所には四八式戦闘外殻を装備した機動隊員までいて、厳戒態勢である。警官は当然、自動車の傷まみれなことや、運転者の異貌と同乗者の異装を訝しんだ。

「一々直してたら拉致があかないんだ、同業者ならわかるだろ」

 彼が車内から掲げるようにして示したのは、警察手帳だった。

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