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雑巾校舎 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う〜ん、そろそろ新学期の始まりかあ。どうだ、そっちはもう買い物済んだか? 俺はちょっと「お道具箱」が大破しちまってなあ、新しく変えようかと。

 何度も縁に指をかけて引っ張るもんだから、手前のへりがはがれちまったんだ。中身を取り出す分には問題ないんだが、掃除の時に他の人が机を運んだら、中身がズザザザ……。大惨事だよ。おふくろがどっからか聞きつけたらしくて、「新年度までには替えなさい」と、お達しがあったというわけさ。

 ああ、そうそう。掃除で思ったんだが、お前は今使っている雑巾を取り換える気とか、ある? こんな時は自分で用意をせずに、学校の在庫に余りがないか、先生に尋ねてみた方がいいかもしれないぞ。

 

 ――ん? そんな話、聞いたことない? たいていが自分で用意して、むしろ学校は雑巾を募集する立場?

 

 ああ、一般的な認識だとそうだろうな。手縫いの雑巾だったり、真っ白な市販の雑巾だったりと、地域や家庭によって傾向は違うが、たいてい2,3枚を各家庭が提供する流れがほとんどのはずだ。

 でも、俺のいとこは雑巾をめぐって、ちと奇妙な体験をしたらしくってな。その話をちょっと聞いてみないか?

 

 俺のいとこは二人兄弟。上と下で歳が6つ離れていて、兄が小学校を卒業すると、弟が小学校へ入学した。

 兄の卒業の際、各家庭から雑巾を数枚提供してくれるように募集がかかって、母親たるおばさんは、しっかり三枚用意したようだ。そんな家庭は、本来、入学時に必要な雑巾の提供は免除されて、自分が扱う雑巾のみを用意するだけで済むんだ。

 いとこは入学式の日に雑巾を持っていき、数日後には初めての掃除に臨んだ。面白がって雑巾がけをひとりで何度もやったから、木でできた教室の床の色が少しこびりついてしまう。丁寧にゆすいだけれど、ほのかに黄色い部分が残ってしまったとか。

 いつまでも水道場を占領し、石鹸をこすりつけていったけれど、状況は変わらず。ついに先生の制止を受けて、引き上げることに。その後、クラス全員の雑巾は、ベランダに出してある大型の雑巾かけにまとめて干されたんだ。

 丁寧に名前を書いたばかりでもある。それを一日で汚してしまったことに、いとこはどこか後ろめたさを覚えたらしい。汚れるのが仕事である雑巾は、むしろ汚い色が染み込むことこそ、功労者である何よりの証なのだが、そう判断するにはまだいとこは幼かった。

 家に帰ってから、つい親にもその話をしてしまうくらい、文字通りの汚点として、心に残ってしまったとか。

 

 いとこの学校は一週間ごとに、掃除担当がローテーションする。一週間は同じ道具、同じ場所で頑張らねばいけない。自分の名前を頼りに、雑巾を探し当てるいとこだったが、そこで違和感を覚える。

 あの黄色くなってしまった箇所が、見受けられない。昨日の努力によって幾分は薄くなっていたものの、ちょっと意識すれば見過ごせない汚れ方だったのに、今日、目にするこの雑巾は、やけに真新しい印象を受けたそうだ。

 まじまじと雑巾を見つめるいとこ。分厚くなっている縁に書いた名前。周りを囲い、中心を×の字に走った縫い目。いずれも自分の雑巾に見受けられた特徴なのは、確かだった。

 掃除を促す先生の声がして、思考はストップ。内心で首を傾げながらも、いとこは引き続き、拭き掃除に精を出すことになった。

 

 ――これ、僕が最初の日に使っていた雑巾とは、違うんじゃないのか。

 

 そのようにいとこが疑惑の念を強めたのは、半年が経った頃。ローテーションによって、毎週の出番があるわけでないにも関わらず、いとこの雑巾は傷み具合においてはクラス随一の状態だったという。

 熱心な拭き掃除の結果、件の縫い糸はところどころでほつれが目立ち、雑巾の内側をのぞこうと思えば、のぞけてしまう。それがいとこに、決定的な証拠を掴ませたんだ。

 いとこの雑巾は家にあったハンドタオルを使って用意したものだが、それはとある旅館にあった、持ち帰り自由の代物だったらしい。そして宣伝のために、タオルには旅館の名前や電話番号が浮かび上がっているんだ。

 母親が雑巾を用意する場面を見ていたいとこは、雑巾の内側に、その面が織り込まれるところを確認していた。ほどけかけた縫い目から中をのぞけば、例の旅館の名前がしっかり見えるはずだったんだ。

 それがない。中身はまっさらな肌をさらすばかりで、今からでもひっくり返すことができれば、すぐさま新品として店に出してもいいくらいの、清浄さを保っている。

 すり替えられた。そしてそのことを黙っている配慮を、当時の幼きいとこは持っていなかったんだ。


「先生! この雑巾、僕のとは違います!」


 その時、いとこは教室内の一筋を拭き終わったばかりで、まだ教室後方でほうきをかける生徒、別方面を拭いている生徒、黒板と黒板けしのお手入れをしている生徒など、それなりの人数がいた。いとこの大声は、「えっ?」と彼らに、作業の手を止めさせるには十分な材料だったんだ。

 掃除の監督をしていた先生が、いとこへ近づいてくる。「どうして違うと思ったの?」という問いに、いとこは先に書いたようなことを告げる。

 もっともらしくうなずいた先生は、他のみんなに掃除を続けるように指示。いとこは先生に教室の外へと連行されて、物置となっている教室へ通された。

 部屋の真ん中に設置された長机。その長辺で向かい合うように置かれた椅子の片方へ座るように、いとこは指示を受ける。初めての体験に、怒られるんじゃないかといとこはだいぶ緊張したらしい。

 腰を下ろすと、先生はまずいとこの洞察力を褒めたあと、このことは学校を卒業するまで他言無用と前置いて、話をしてくれたんだ。どうしてこのような雑巾のすげ替えを行っているのかと。

 

 私たちと同じように、学校もまた生きている、と先生は口にした。

 私たちは生きているだけでも、いろいろなものを身体から出している。汗、垢、おなら、げっぷ、くしゃみ……いずれも姿を現せば、よほどのことがない限り、喜ばれることのないもの。

 校舎から出る汚れも同じようなもの。清掃の時間は校舎にとって身体を拭いてもらうことと同じ。だから丁寧に、ことを運ばなくてはいけない。


 その重なる穢れが引き寄せたのか、ある時から校舎の中と外を問わず、お化けが住み着くようになった。彼らは物を壊したり、無くしたり、ついには人まで隠すようになってしまったらしい。

 この被害を食い止めようと、当時の先生方は目立たないように調査を続け、この喪失にある共通点を見つける。

 それは無くなるのは、この校舎に入ったり、所属したりしてから6年目以上に入ったものばかりだったんだ。行方不明になる人も、6年生の生徒と、6年以上この学校に勤めあげた先生のみ。


 ――何か代わりになるものを捧げれば、お化けはなくなったものを帰してくれるのではないか?


 そう考えた先生たちが、試行錯誤の末に見つけた最適の答えが雑巾。6年以上、学校に存在し続けた、ボロ雑巾だったんだ。捧げものとしてふさわしい場所を用意する必要があると、祭壇や魔法陣などの大仰な用意がなされた、放課後の屋上。

 当初はほとんど期待されておらず、藁にもすがる思いで用意をした、びしょ濡れのぼろ雑巾。それが祭壇へ乗せられた時、熱い鉄板で熱しているかのような白い蒸気が、たちまちのうちに周囲へ立ち上った。

 あっという間に白い靄で埋め尽くされた屋上で、集まった先生がたが困惑していると、「カタン」と音を立てて、転がったものがある。校長室に飾られ続けていた、初代校長先生の写真。一連の騒動で、真っ先に姿を消したものだった。

 そのまま靄の中からは延々となくなったものが現れ続け、ようやく晴れた時には、屋上の人数さえ変わっている。行方不明になっていた人たちが、加わっていたんだ。

 彼らにとっては、いなくなってから今に至るまでが一瞬のことだったらしく、集まった先生がたから事情を聞いて、ものすごく驚いたとか。


「そのことがあってから、学校では入学や卒業の際に、雑巾の提出をお願いしている。持参した雑巾をそのまま使う初回はしかたないが、二回目以降。みんなが帰ってから先生がたはみんなの雑巾を、学校で6年以上保管したものと取り換えている。見た目にもそっくりな状態を再現してね。

 みんなから預かった雑巾は、そのまま6年間寝かされ、6年後の生徒が使うことになるというわけさ。二度と、その時のような被害を出さないためにもね」


 先生がそう語って帰してくれてからしばらく、いとこは怖くて怖くて、ひとりで下校することもトイレに行くこともできなかったそうだ。けれども長い時間をかけて学校生活になじみ、友達と楽しい時間を過ごすうち、恐ろしさは薄れていく。

 あの話も、先生のたわごとだったんじゃないかと思い始めた、6年生のある晩。夕飯を食べてから、明日までの宿題を学校へ忘れたことに、ようやく気が付いたいとこは、校舎に入らせてもらう。

 まだ校舎の明かりがついていることもあり、すんなり教室まで着いたいとこ。窓際の一番後ろにある自分の机の中から、宿題のプリントを取り出したところで、そばの窓に「ドン」と何かがぶつかって、大いに揺れた。

 肩をすくませて窓を見たが、ベランダのすぐ手前側には雑巾掛け。そこに掛かった雑巾たちから、夜の暗さを追い払うような白い煙がどんどん湧き出ているんだ。瞬く間に、いとこに一番近い窓は曇ってしまう。

 だが、それも長くは続かない。教室内からは見えない、窓の枠の上。そこへ向かって煙が勢いよく吸い込まれ、消えていくんだ。その動きは、明らかに窓の外にある何かが、盛んに煙を集めているように見えたという。



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