召喚しました
目の前にいるのは、ちんまりとした可愛らしい白い毛を持つ動物。
見た限りでは、魔獣というよりは小さなウサギのようにも思える。召還の魔法陣に現れたのだから、間違いなく動物ではなくて魔獣なんだろうけど。
「うわ、これ失敗?」
オーガスタの口からそんな言葉が出てくるほど、とても可愛らしい魔獣だった。大きさも私の手のひらに載せられるほどだ。4人の視線を感じてちょっと挙動不審にきょろきょろしている。いきなり人間に囲まれて見つめられているのだ、不安なのかもしれない。
「あー、もう一度やった方がいいのか?」
エイベルもそんなことを言い出しているが、どこか納得していない様子。オーガスタも腕を組み難しい顔をした。
「おかしいよね。あれほどの魔力を食ったのに出てきたのがこれとは」
「君たち、これが幻術系の魔獣の王種だと知っていて言っているのかい?」
リアムが呆れたように二人の魔術師に聞いた。二人は驚いた顔をする。
「え、王種?」
「そうだ。瞳の色が金色だろう? 金色の魔獣は王種なんだ」
王種、と言えばその個体の一番頂点に立つ存在だ。幻術系の魔獣では一番の魔獣になる。じっとその可愛らしい魔獣を見つめていると、ぴょんとわたしの方へ飛んできた。驚きながらも両腕で受け止めれば下からじっと大きな瞳がわたしを見上げてくる。
「か、かわいい……!」
大きなくりくりした金の瞳に白い長めの垂れた耳、毛などふわふわだ。思わず撫でてしまう。優しく撫でると気持ちがいいのか目を細める。
「おかしいな。魔獣は魔力が好きなのに」
リアムはそう言いつつ首を捻った。たしかに、召喚した魔獣を従えるのは魔力のある魔術師だけだ。わたしのように魔力などほとんど持たない人間は好かれない。それは契約する魔獣は魔力と引き換えにするためだと言われている。わたしは魔術師ではないので、実際はどうなのかは不明だ。
「こんにちは。名前を決めてもいい?」
魔術師たちは色々話しているが、どうでもいい。この可愛らしい生き物の名前を決めたかった。
「ダメだ、レティーナ!」
ぎょっとしたエイベルが慌てて止めに入った。その剣幕に思わず息を飲む。
「うん、迂闊に名前を付けてはダメだよ」
リアムもちょっと困ったように言う。訳が分からなくて、怒られたような気分になった。
「名前を付けると、魔力がごっそりと持っていかれるんだ。レティーナにはそこまでの魔力がないから、下手をしたら死んでしまう」
「そうなの」
知らなかったとはいえ、あまりの自分の考えのなさにしょんぼりとした。エイベルがそっとわたしを抱きしめる。
「幾ら可愛くても魔獣だからね。これからは気を付けて」
「わかったわ」
優しく諭されて頷けば、ようやくエイベルの顔にも笑みが戻った。オーガスタはわたし達のやり取りの間に魔獣をひょいっと摘まんだ。魔獣は不思議そうな顔をして摘まんだオーガスタをじっと見ている。
「3人のうち誰と契約したい?」
「女の子」
魔獣は話せるようで、体を揺らして彼の手から逃れると再びわたしに戻ってきた。困ったように手の中にいる魔獣に話しかける。
「ごめんね。わたし、ほとんどあげられる魔力がないの」
「魔力、いらない。そのかわり、人間の世界で暮らしてみたい」
うん?
あまりにもおかしな要望に聞き間違いかと思った。それはわたしだけでなく、他の3人も同じだったようで理解できないという顔になっている。
「魔力がいらない?」
「うん」
「どうして?」
オーガスタが聞けば、魔獣はむむむと難しい顔をした。
「僕だけ人間の世界は行ってはダメだと禁止された。でも行ってみたかった」
「……禁止って誰に?」
「母上だ」
どうやらこの魔獣は王種ではあるがまだ子供で人間との接触は禁止されているらしい。
「兄上たちはすでに人間の世界で楽しく暮らしているのに、どうして僕だけ」
「まだ大人になっていないようだけど、こちらの要望は叶えることはできるのかな?」
「多分」
リアムが明るい口調で尋ねれば、魔獣は自信なさそうに答えた。
あ、これダメな気がする。
生ぬるい空気が漂った。子供が大人ぶって家出したような状態の魔獣にどうするのだろうとわたしははらはらする。このままそっと帰った方がお母さまに怒られないのではないかと余計な心配まで出てきた。
「ねえ、このままこっそり帰った方がいいかもしれないわ」
わたしは腕の中にいる魔獣にそっと囁いた。理解できていない魔獣は不思議そうにわたしを見上げてくる。
「お母さま、怖い?」
「怒ると怖い」
「黙ってここに来ちゃったでしょう?」
魔獣はこくりと頷く。やっぱりと思いつつ、できるだけ優しく告げた。
「お母さまにバレたらとても怖いことになると思うの。怒られる前に帰った方が……」
「少し遅かったようだね」
リアムがいつもと変わらない口調で呟いた。急激に膨れ上がる魔力の塊に体が硬直した。恐ろしさに震える。エイベルが咄嗟にわたしを背中に隠した。
「あれほど黙って出かけるなと言ったのに……」
低い、とてつもなく怒りのこもった声が響いた。そっと魔法陣へと目を向ければそこには腕にいる魔獣とは比べようにないほど大きなドラゴンがいた。それでも小さくなってくれているのか、人間の二倍ぐらいの大きさだ。
「ドラゴン……?」
「母上」
わたしと腕の中にいる魔獣が同時に声を出した。そう召喚されたのはドラゴンだったのだ。
真っ白な美しく輝く鱗に大きな金の瞳。
確かに似ている色と言えば色だけど。
「え? この子、ウサギ……」
どうやらドラゴンの子供はウサギの形をしているものらしい。
初めて知った事実だった。固まったのはわたしだけでなく、他の3人もだ。ちらりと見てから自分が無知なだけでないとわかってホッとする。
「ほら、お母さまが迎えにきてくれたわ。お帰り」
その方が怒られる度合いが少なくなると思い促してみた。ところが子供ドラゴンはふんとそっぽを向く。
「僕は帰らない! ここで楽しく暮らすんだ!」
「バカ者!」
ドラゴンの怒りの咆哮はすさまじかった。部屋中の物が割れ、びりびりと空気を揺らす。エイベルが冷静に結界を張ってくれたから立っていられるが、結界がなければきっと腰を抜かしているに違いない。
「僕だって人間の願いくらいかなえられる!」
「……ほう。そこまで言うのなら」
ドラゴンが怒りのこもった目をこちらに向けた。エイベルが一歩前に進む。
「そこの人間。要求を言え。その内容が叶えられないと判断したらこの子は連れて帰る」
「こちらからの要求は……」
エイベルは頷くと、すらすらとやってもらいことを伝えた。
「……」
ドラゴンが沈黙する。目から怒りがなくなった。その変化を不思議に思いつつ、ぎゅっと子供ドラゴンを抱きしめた。子供ドラゴンの可愛い白い手が慰めるようにポンポンとわたしの腕を叩く。
「難しいだろうか?」
「いや、その程度なら確かにこの子でも……」
ドラゴンはぶつぶつと一人思考の海に入ってしまった。どうやら無謀な願いでもなかったようだ。よかったと思いつつ、どうなるのだろうと不安もある。
「よかろう。一度だけ機会をやる。お前がこの人間たちの要求通りに願いを叶えられるのなら、人間の世界に残ることを許そう」
「本当に! 母上、大好き!」
目を輝かせて、子供ドラゴンはぴょんと母親の顔に飛び乗った。べたりと張り付いたようになっているが、ドラゴンは子供が張り付いている場所が気にならないらしく、愛おしそうに目を細めた。
「試す、ってどうやって? まだ学園出来ていないよね?」
オーガスタがもっともなことを言う。リアムがにこにことあっさりと答えた。
「ちょうどいい奴がいるじゃないか。試すならあれが反省するかどうかが基準だ」
本気ですか?
一応、あの方は王族なんですが?
エイベルとわたしはリアムの言葉に少しひいてしまった。




