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想定される事例、もしくは妄想


 わたしは執務机の上に書類を広げた。昨日作り上げたものを最終確認するのだ。作った案は少しだけ時間を置いた後に再検討するのがわたしのやり方だ。一度では検討しきれなかったり、見落としているところもあるものだから、少なくとも3度は見直す。今回見直しはこれで3度目になる。


 じっくりと思い込みをしないようにと気持ちを真っ白にして書類に目を通し始めた。


◆◆◆


「数々の嫌がらせ! お前のその性根の腐った行動は許せん! 婚約を破棄する!」


 夏の懇親会会場で起こったのは第二王子による宣言だ。あまりにも非常識な宣言に参加者が皆黙り込んだ。意味が分からず視線だけで貴族の子息令嬢たちは情報を交換し合う。


 名指しで非難された侯爵令嬢は不思議そうな顔でそんな王子を見つめていた。


「何のお話でしょう?」

「とぼける気か! 俺の寵愛が彼女に向かったことで焦ったお前がやった数々の嫌がらせ。命の危険さえあったと聞く」


 王子を見れば、その後ろには可憐な女性が庇われるように立っていた。


 小柄で華奢な、ふわりとした空気を持つ少女。


 この学園を騒がせている令嬢だ。令嬢と言っても、つい先日までは平民。子爵家の庶子であることがわかり、引き取られたばかりだ。その洗練されていない仕草が高位貴族令息達の気を引き、今では常にだれかが側に侍っている。


 子爵令嬢は侯爵令嬢に見つめられ、体を震わせた。


「いや、怖い」


 睨まれたと思ったのか、小さな言葉と共に王子の背中に隠れる。王子は婚約者である侯爵令嬢を睨み据えた。


 侯爵令嬢にしてみれば熱のない視線を向けただけであったのだが、視線一つで誤解を生じさせるなど悪意があるとしか思えない。


「わたくしが何をしたのでしょう?」


 侯爵令嬢は冷静に尋ねた。王子はふんと鼻を鳴らす。


「ここでばらされて立場が悪くなるのではないのか?」

「いいえ。ここまで公にされたのです。嘘か本当かわからない噂を流されるよりはここではっきりした方がましですわ」


 泣きもせずに冷静に返す侯爵令嬢に王子は機嫌が悪くなった。この女のこの態度がいつも気に入らないと思っていたのだ。


「では聞くがいい!」


 目配せで出てきたのは宰相の令息だ。眼鏡をかけたインテリである。線は細いがそれなりに鍛えており、見栄えはいい。


「こうなってしまったのはとても残念です。子爵令嬢への嫌がらせは多岐にわたります」


 そう言って披露された嫌がらせの数々。

 それを聞いていた懇親会参加者たちは青ざめた。小さい声でのざわめきが起こる。侯爵令嬢が手にした扇でぱしっととを鳴らすと、ぴたりと静かになった。


「確認します。一つ、下駄箱や教室に置いてあったものがなくなった。一つ、トイレに閉じ込められ髪を引っ張られた。一つ、誰かに切りつけられた。一つ、廊下を歩いていて後ろを付け回された」

「そうだ。最後にもう一つ。階段から突き落とされた」


 会場がしんとした。侯爵令嬢はゆっくりと目を閉じてから、何かを覚悟したように開く。


「それは一体いつ起こったことでしょうか?」

「この1カ月、ずっとよ!」

「時間帯は?」

「何を言っているの! 放課後に決まっているじゃない」


 放課後、と聞いて何人かが失神した。侯爵令嬢はため息を付いた。


「一つお話をしましょう」

「逸らすのはやめろ!」


 王子が怒鳴ると、侯爵令嬢はそうですかと頷いた。


「では、結論だけ。その行為はわたくしではありません。そこの子爵令嬢が警告を受けていただけでございます」

「は? 警告?」


 間抜け面で王子が呆けた。


「殿下は知りませんでしたか? 入学当初に説明があったかと思います。ここははるか昔、王子を横恋慕された侯爵令嬢の遺言によって作られた学園です。もちろん、冤罪でありました。悔しさに令嬢は王家から支払われた莫大な慰謝料をすべてこの学園につぎ込んだのです」

「何の話だ」


 王子が青ざめた。


「開校した後すぐに、令嬢はこの学園で命を絶っています。そして呪いが完成しました」

「呪い」


 子爵令嬢が呟いた。どうやら知らなかったようだ。貴族の出身であれば皆知っているほど有名な話である。無事に学園を卒業しようと思ったら避けて通れないからだ。


「この学園で横恋慕した令嬢に警告します。警告に対して調べもせずに婚約者である女性に冤罪をかけた場合」


 こくりと誰かがつばを飲み込んだ。


「異界に引きずり込まれるそうです」

「きゃっ」


 子爵令嬢が悲鳴を上げた。側にいた令息達もカタカタと体を震わせる。


「そ、そんな脅し……!」


 無様に言葉を噛みながら王子が叫んだ。侯爵令嬢は首を傾げた。


「そうですか? ほら、床をよくご覧になって?」

「床だと?」


 恐る恐る王子たちが足元を見た。

 見えるのは沢山の手だ。引きずり込むように手が蠢いている。


「うわああああ」

「きゃあああ、ごめんなさい、ごめんなさい! 嘘なの、侯爵令嬢の姿を見たわけじゃないの!」


 恐慌状態に陥った子爵令嬢があっさりと冤罪を認めてしまった。

 子爵令嬢とその取り巻き立ちはへたりとその場にしゃがみこんだ。


◆◆◆


 これでは呪いをかけるために自殺する必要があるわね。自殺するつもりはないから、変更しよう。


 わたしは手に持った書類を訂正した。

 自殺による呪いの発動ではなく、召喚魔法による魔物を呼び出すことで呪いを発動するように変更した。呼び出された魔物は大きな真っ黒でたらたらとよだれを垂らして……可愛くないわね。そんな魔物と契約するなんてちょっと嫌だわ。でも、白くて小っちゃいと迫力がなくなる。


 悩みつつ、欄外に要検討と書き込んだ。


「よし、完成よ!」


 わたしは立ち上がると、エイベルを訪問する準備を始めた。





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