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新しい婚約者ができました



 王宮にある客室は芸術的な調度品でまとめられていて、流石という部屋が多い。わたしもジョセフと婚約していた時は何度かそのような客室に通されたことがある。ジョセフの個人的な部屋に招かれなかったのは礼節や節度と思っていたが、最後まで好かれていなかっただけだった。

 ジョセフのことは気にしないと言いながらもこうしたちょっとしたことが胸に刺さって少し痛い。


 今日通された部屋はそのような客室ではなく重厚な趣の飾り気のない執務室だ。王宮からの呼び出しだったので年相応の華やかな装いを選んだのだが、淡いとはいえオレンジ色のドレスを着たわたしが訪れていい部屋ではなかった。通された部屋で居心地悪く長椅子に座りながら、この部屋の主を待つ。


「待たせてしまったね」


 部屋の主が軽い口調で部屋に入ってくる。わたしはゆっくりと立ち上がると、腰を落とし挨拶をした。


「王太子殿下、お招きいただきありがとうございます」

「ああ、そんなに固くならなくていいよ」


 リアムが座るようにと促した。部屋に控えていた執事が新しいお茶を用意する。促されるまま浅く腰を掛けた。一体何の話だろうと内心首を捻りながら、彼の言葉を待った。


「今回のことは申し訳なかった」

「いえ、どうかお気になさらずに」


 どうやらジョセフの婚約破棄騒動のことらしい。お父さまとお兄さまが事後処理をしてくれたのだから気にすることないのに、と思いながらもニコリとほほ笑んだ。


「気にするなと言われても、君は18歳だ。今から縁談を結ぶのも色々と大変だろうから、私から紹介しようと思ってね」


 それ、絶対的に断れないですよね?


 確かにあのように人前で婚約破棄されてしまったのだ。通常の家であれば倦厭(けんえん)するだろう。たとえ私に問題がなかったとしても、知らないうちに話が変質してわたしに欠陥があったが故に他の女に目移りしたということになりかねない。ジョセフが自分の名誉回復のためにわたしを貶めることもあり得る。とはいいつつも、わたしには財産があるから結婚自体はさほど大変ではないのではとも思っている。変な奴を吊り上げる可能性も高いけど。


「もうそろそろ来ると思うんだ」


 リアムはにこにこと笑っているが、わたしはどうやってこの縁談を断るかを考え始めていた。精神的苦痛である婚約がなかったことになったのだ。もう少しゆっくりしたい。


 ああ、この手で行こう。まだ心の傷があって、次の婚約など考えられないとでも言えば逃げられるはずだ。ジョセフと違ってリアムは人の心を理解してくれるだろうと思いたい。


「失礼します」


 扉が叩いて入ってきた彼を見て思わず立ち上がった。驚きで声が出ない。ただただ入ってきた彼を見ていた。彼もわたしがここにいることを知らなかったのか、不思議そうな顔をしている。


「エイベル様?」

「ふふ。驚いたようだね。そうだよ、君の次の婚約者として彼はどうかなと思ってね」


 驚きのあまり固まっているわたしはリアムが何を言っているのか理解するのに時間がかかった。エイベルは何か思い当たったのか、目を見張った。


「二人は幼馴染だろう? エイベルは煩いぐらいに……」

「殿下!」


 エイベルは不敬なことにリアムの言葉を途中で遮った。リアムはにこにこと笑みを浮かべていて、気にした様子がない。

 ゆっくりと先ほどのやり取りを思い出し、理解していく。


「王太子殿下はわたしの次の婚約者にエイベル様をとおっしゃっていますの?」

「そうだよ。君たちが仲が良かったのは知っているよ」


 その意味を理解して、顔が赤くなった。そっとエイベルを見れば彼はとても不本意そうな顔をしている。次の婚約者がエイベルであることを喜んだのが間違いだったと、すっと表情を消した。


 エイベルとわたしは幼馴染で両親が仲が良かったのもあって兄のように接してもらっていた。小さいときは構ってほしくて、お兄さまを訪ねてきたエイベルを捕まえては他愛もない話を聞いてもらっていた。エイベルも嫌がることなくにこにこと頷いてくれるのでお兄さまよりもずっと頼りにしたものだ。


 頼りにしていても、実の兄ではないので15歳でわたしが社交界にデビューして正式にジョセフの婚約者として紹介されてからは会っていなかった。エイベルが屋敷に来ることがなくなったのだ。当然と言えば当然であるが、その時は気持ちがとても落ち込んだ。


 あれから3年。エイベルも20歳だ。久しぶりに顔を合わせて嬉しいと思ったのはわたしだけだった。


「エイベル、レティーナ嬢が誤解しているけどいいのかい?」

「よくない」


 そう言いながらも苦虫を嚙み潰したような顔は戻らない。わたしは視線を自分の手に落とした。彼はがしがしと髪を掻くとやや乱暴な足取りでわたしの前に立った。そして、そのまま床に膝をつく。そっとわたしの右手を取ると、許しを請うように下から見上げられた。彼の綺麗な琥珀色の瞳にわたしが映っている。


「レティーナ、俺と結婚してください」

「え?」


 唐突に申し込まれて、固まる。


「君がずっと好きだった。こんな時に付け入るようで許しがたいと思うかもしれない。リアム殿下に(そそのか)されているように見えるかもしれない。だけど、俺はこの機会を逃したくない」


 真剣に見つめられ、徐々に頬が熱くなる。そして口元に緩く笑みが浮かんだ。


「わたしでいいの?」

「ああ、もちろん」

「胸が小さくて努力が足りないなんて言わない?」


 微妙な沈黙が流れた。変な咳払いが聞こえてくるが、わたしは一時の恥よりも永遠の幸せを得たい。

 ふふっとエイベルが笑った。


「大丈夫だ。そこは俺が努力する」

「ぶっ……」


 とうとうリアムが大きく噴き出した。わたしは恥ずかしさにうつむいた。笑いたければ大いに笑うがいい。だが、エイベルはこんなわたしでもいいと言ってくれているのだ。喜びの方が大きくて、リアムが必死に笑いをこらえようとしていながら全く堪えきれていないことなど気にならない。


「嬉しい。わたしもエイベルと結婚したい」


 こうしてわたしに新しい婚約者ができた。大好きな人との婚約は世界を鮮やかに色を付けた。





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