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検証結果?



 報告書をもう一度読んでから首を傾げた。

 呼ばれた部屋はリアムの執務室。


 部屋にはリアムの他にエイベルとオーガスタがいる。侍従や侍女たちは席を外していなかった。

 わたしはエイベルと並んで、向かい側にはリアムとオーガスタが座っている。二人は優雅にお茶を飲みながら、わたしが読み終わるのを待っていた。


「あの、結局これは成功なのですか?」


 よくわからない。

 前半の、わたしの提案した恐怖体験は最初の初代国王が迫ってくるところは怖がってくれているがその後はあっさりと無視されている。最後の階段が増えるについては気がつかれていない気がする。そもそも階段の段数を数えて登るような人などいない。わたしだって一段増えたぐらいでは気がつかないだろう。


 恐怖体験だって、雰囲気があってこそ効果があるわけで。ジョセフに仕掛けたように次から次へとやったところで、途中でこれはおかしいと思うに違いない。だから学校のような場所なら成功する気もしなくはない。しなくはないけど、男性がそこまで怖がらないのなら意味がないような気もしていた。


 本当に判断がつかなかった。


 ひたすら疑問符を飛ばしているわたしの膝に子供ドラゴンが乗ってきた。おっちらおっちら上ってくるのがまた愛らしい。ドラゴンなのにウサギの姿をしているので羽がなく、飛べないという。だからこの子はいつも歩いていた。


「怖がらせるの、面白かった」


 どうやらこの子は驚かせるのが楽しかったらしい。それはよかった。


「正直に言えば、怖がらせる方は大した効果はなかった。腐ってもジョセフは王子だし、それなりに剣技も磨いていたからね。あの程度の脅しは気がつかなくても不思議はない」

「……そうですよね」


 しょんぼりとすると、リアムが優しく笑った。


「ただその後の心の声が駄々洩れというのが非常によく効いた」

「心の声、って色々な人の声が二重に聞こえるというものですよね?」


 ちょっとむっとして唇を尖らせた。エイベルが宥める様にわたしの背中を撫でる。

 床から沢山の手が蠢く予定が、何故か心の声が聞こえるに変更されたのだ。膝にいた子供ドラゴンがじっとわたしを下から見上げている。


「こんな感じのをしたかったの?」


 ふわりと子供ドラゴンから魔力が流れ、あたりが暗くなった。


「うきゃあ!」


 暗くなった部屋の床から沢山の白い腕が伸びあがってくる。ゆらゆらと揺れる沢山の手はわたしのドレスの裾を掴んでいた。恐ろしさに隣のエイベルに身を寄せた。触れている暖かな温もりに安心する。


「うーん、やっぱりいまいちかな?」

「そうだねぇ。女性ならいざ知らず、この程度なら騎士になる奴らは無理かも」


 じっくりと観察しながら、オーガスタは言った。彼は何を思ったのか立ち上がり、しゃがみこむと手と握手し始める。床から伸びた手も初め躊躇いがちだったが、そのうち普通に握手をし始めた。列をなしてそれぞれが握手する。


「へえ、少し冷たい感じなんだね」

「ははは、騎士だけじゃなくて魔術師も無理かもしれないね。逆に追いかけていそうだ」


 リアムが暢気な口調で評した。わたしは驚いてえ、え、と二人を交互に見る。


「学校に仕掛けるのはやめておいた方がいいかもしれないな」


 しまいにはエイベルさえもそんなことを言い出した。どうやら浮気防止の脅しは使えないようだ。


「でも、学園に入って雰囲気に酔って浮気するなんて嫌だわ」

「そのことなんだけどね」


 リアムが少し考えるように唇に指をあてた。その少し色っぽい仕草に思わず見入る。すっとエイベルが目を隠した。


「エイベル様?」


 不思議に思い彼の方を向けば、むすっとしている。


「殿下に見とれない」

「見とれてなんかいないわよ。ジョセフ殿下と違うなと思っただけで」


 慌てて言い訳すれば、オーガスタが茶々を入れた。


「すっかり相思相愛だね」


 恥ずかしさに頬がぽっと熱くなった。


「そもそも浮気というのは、一時の気の迷いだからある程度は仕方がないと思うんだ」

「……」


 言葉を選びながらリアムが話し始めた。言葉を選んではいるのだろうが、素直に受け入れがたい言葉ではある。黙ってしまったわたしをじっと観察しながらもリアムは続けた。


「他にぐらっとくるのはある意味本能的で、恋愛を邪魔するとますますのめりこむ可能性の方が高い。特に幼い頃から一緒にいる婚約者だと無意識に許されると思っているところもある」

「確かに幼い頃から一緒というのはなかなか発展しづらいよね。仲が悪くなくても、妹みたいな感じになっているとか。それは男女同じだよね」


 オーガスタがリアムの言葉を肯定した。二人の言葉は浮気はある程度見逃すような感じにしか受け取れなかった。わたしは決してジョセフを愛していたわけではないけれど、わたしを無視して他の女性をエスコートする彼に傷ついていた。

 ある時期、突然吹っ切れたのは、彼の女遊びが誰もが眉を顰めるほど激しかったからだ。相手がたった一人であったら、どれほどの苦しいか。想像しただけでも辛い。


「……どうしろと?」

「男女別にしよう」


 にこりとほほ笑まれた。全く考えていなかった言葉に目を見張った。


「え、っと?」

「隣国を参考にして共学にしていたけど、そもそも共学である必要性がないよね。一緒にいられる時間がないのだから、学園内で浮気をしようがない」


 リアムは少し温くなったお茶を飲みながら続けた。


「その上で婚約者との交流を深めるような時間を設ける」

「その程度ではあまり今までと変わらない気がします」


 交流なんて両家で常に行われているものだ。それを学校でしたところで何も変わらないような気がした。


「その場にね、恋愛指南役を置いて色々アドバイスする。例えば、もうちょっと腰を強く抱いて距離を詰めるとか、さり気なく頬に触れて髪を耳にかけるとか」


 リアムは何でもないようなことを言い出す。もうついていけずにただただ聞いていた。


「相手の体に触れることで意識させるのはいいと思う。年頃の男なんて、女に触りたくて仕方がないからね」


 オーガスタはなるほどと頷いているが、その接触を許していいのだろうか。しかもその行動を学園で指導するのだ。今まで培っていた淑女としての常識ががらがらと崩れていく。


「そういう年頃だな。綺麗な婚約者がいるのに指一本触れられないなんて、どんな拷問だよ」

「大変そうだね」

「王族はその辺、色々あるんでしょう?」


 オーガスタとリアムがにこにこととても爽やかに爽やかでない会話をしている。エイベルが貝のように口を閉ざしているのは、きっとわたしがここにいるからだ。二人のぶっちゃけた話にわたしは一つ思い出したことがあった。


 一緒にいて。

 寂しくないように、キスして抱きしめていたい。


 当時のわたしはそれを言われてとても怒ったのだ。結婚までは許されませんと。馬鹿にされているのかと思っていたのだが。ジョセフにはジョセフの事情があったのかもしれない。それをわたしが聞きもせずに拒絶したからあんな風になってしまったのだろうか。


「それ、間違いだから」


 わたしが何を思ったのかを理解しているのか、エイベルが否定してくる。不安気に彼を見れば、彼はそっと頭を撫でてくれた。


「でも」

「ジョセフ殿下は単に女好きだ。気にすることはない」


 きっぱりと言い切るエイベルに頷いた。


「言い方が悪かったね。あくまでも思春期の男子ということで、だからといって不貞をしていいわけではないよ。特に王族は火種を生むことは避けるべきだ」

「欲望の赴くままにしたら男など野獣になってしまうね」


 おかしそうにオーガスタが付け加えた。エイベルはため息を付く。


「それほど本能があるのに、ジョセフ殿下は修道士になどなれるのですか?」


 疑問に思い、尋ねれば変な沈黙が訪れた。


「まあ、大丈夫じゃない? 徐々に女性の気持ちがわかってくるよ、きっと?」

「ジョセフは修道院では大人気らしいからね。昼から他に目を向けられないほど忙しいらしい」


 曖昧な表現過ぎて結局どういう状況であるかはわからなかったが、言葉の端々から修道士としては立派にお勤めをしているようだ。


「程よい時に、臣下として戻すことも考えているから心配はいらない。ちょっと女性の気持ちがわかるようになれば、女遊びもしなくなるだろう」


 リアムがそう締めくくった。それ以上の情報は必要ないのでわたしは頷いた。


「でも、せっかくこの子が来てくれたのだから、少しは残したいなぁ」


 膝にいる子供ドラゴンをぐりぐりしながら呟けば、ふうむとリアムが考え込んだ。


「では、こうしたらどうだろうか? 男女別にしてもガッツのある人間はいるだろう。その場合はわかりやすく天井から自分の死体を吊り下げて、諦めるように死体から警告させる」

「……」


 あまりのグロテスクさに固まった。きゅぴ、と膝のドラゴンが鳴く。上を見れば、自分自身が逆さにつられて恨めしそうな目でこちらを見下ろしていた。


「きゃあああう!」


 トラウマになりそうなほどの衝撃だった。何も考えずに意識を手放した。




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