声
懐かしい、声が聞こえた。思わず彼女の姿を探した。……見つかるはずがないと、知っているのに。
最初話を聞いた時には、死んだ者の声が聞こえる花畑だなんていかにもな話だと思ったものだ。
それなのに気が付けば付近の地図を探し、交通手段を調べ、こうして山登りまでしていた。
彼女は笑っていた。何も知らないように。あの日と同じように。心底幸せそうに。
忘れるはずもない。
たまらなくなって、名を呼んだ。
「―――」
幻に呼びかけるだなんて、馬鹿げている。それでも私は彼女の名を呼んだ。
「なあに?」と振り向く彼女の姿を、いや声を期待して―――
彼女は答えなかった。私の知っている彼女のセリフを脈絡もなく話し続けた。
彼女の語り掛ける先に私は、いない。
これが私の幻聴ならば、私に答えてくれたっていいだろうに。
彼女は笑っていた。その声は、私を通り過ぎていく。まるで私の方が死人であるかのように。
山を下りたときには、すっかり日が暮れていた。
さようならは言わなかった。もう届かないと知っていたから。