第八話 婚活パーティー
私は、さっき言われた言葉を、頭の中でグルグルと考える。
まだ出会ったばかりなのに?殆ど話らしい話もしてないのに?成人が十五歳で早いと思ったけど、結婚関連も早過ぎじゃない…?最近の日本は、寧ろ晩婚化が進んでいるのに…。
「アイシャ殿は、私の様な者はお嫌いでしょうか?」
「えっと、余りにもいきなりだったので、とても驚いてしまいまして…。私は只の平民ですし、お貴族様のお相手など、到底務まるものでもありません。」
「貴族と言っても、私は四男ですから。家の為になる婚姻であれば、相手を選ぶ自由を許されています。」
「わ、私は、その…、両親に聞いてみなければいけませんが…。で、でも、必ず了承を得てきますので…!」
「あ、あの!お気持ちは有り難いのですが、私はまだ結婚とか考えてはいないのですよ…!まだ十五歳ですし、やらなければいけない事も多いので…。」
貴族と結婚なんてしたら、私の温泉旅館がどうなってしまうのか分からない。出来れば断りたい、滅茶苦茶断りたい。でも、ハッキリと言えないのが平民の辛い所である…。
「ですが、アイシャ殿は相手を探す為にこのパーティーに参加したのではないですか?」
「えっ?」
「てっきりそうだと思ってたのですが、違うのですか?」
「私も、此処に居る者は皆、将来の相手を探す為の者だと思ってました。」
…そう言えば、此処は婚活パーティー会場だ。此処に居る=結婚相手を探している、と解釈されても仕方の無い事だった。
「ち、違います…!私、その、世話になってる夫妻から、絶対にこのパーティーには参加しなさいと言われて…。余り他の方の邪魔にならないよう、端の席に座って終わるのを待ってようと思ってたのです…!」
それが、何故か大観衆の中、貴族二人に交際を申し込まれるとは思いもしなかった。この服装、失敗したなぁ…。
「…そうだったのですか。すみません、勘違いしていたようです。」
「私も、早とちりを…。失礼しました、アイシャ殿。」
何とか納得してくれたようで良かった。彼等も此処に居るという事は相手を探しに来ているのだろう。貴族がこんな所で結婚相手を探すと言うのも変な感じはするが、邪魔をしてはいけない。ちゃんと他の方を探した方が良いだろう。
「此方こそ、勘違いさせて申し訳ありませんでした。此処がどういう場か、余りよく分かっていなかったのです…。ですから、お二方は他の方に…。」
話に行ったらどうですか、と言う私の言葉はアルベルトによって遮られた。
「ですが、私はやはり貴方とはもっと話がしたいのです。宜しければ、友人という事でまた話す機会を頂けませんか?」
「え?」
「勿論、アイシャ殿の都合がいい日で構いません。」
「で、ですが、貴族であるアルベルト様が私の様な平民と話すなんて…。」
「御迷惑ですか?」
そんな風に言われたら、私には断れる訳が無かった…。アルベルトは少し悲しそうな笑みを浮かべて、私の方を見る。
「…いいえ。謹んで、承ります。」
「それなら良かったです。」
再びニコリと笑ったアルベルトを見て、私は内心はぁ、と溜息を吐いた。貴族からの申し出を断れる訳がない。まあ、お付き合いではなく、話をするだけなら、別にいいか。
そんな事を考えていた私は、チラリとジェイクの方を見た。早とちりをしてしょぼんと項垂れた様子だった彼は、私とアルベルトの会話を聞いて、アタフタしていた。
「わ、私は…。」
「ジェイク様、どうかなさいましたか?」
「いえ、その…、私も…。」
中々言葉を出さないジェイクを、不思議に思って声を掛けた。しかし、返ってくる言葉はしどろもどろで、何が言いたいのかが分からない。
「…そうですね。折角ですし、ジェイク殿もご一緒にいかがですか?私の護衛として。」
「…!は、はい!是非ご一緒したいです!」
アルベルトの言葉に、ジェイクは声を荒げて返事をした。直ぐにハッとして、申し訳なさそうな顔になっているのが、何だかとても可愛らしく感じた。彼は貴族なのに、こんなに感情が表に出てていいのだろうか。
「それでは、アイシャ殿。いつ頃が宜しいですか?」
「えっと、そうですね…。」
取り敢えず、春が来るまでは平民だろうと貴族だろうと家から出る事は出来ない。春が来た後も、私には仕事がある。家が完成するまでは棟梁の家にお邪魔する事になってるし、その家が完成するのも棟梁に聞いてみないと分からないのだ。
「私、春が来て成人になったら、昔から働いている場所に仕事に出る事になっています。暫くは休んでいた分働かなければならないので、早くても春が来て十日以降になると思います。」
「アイシャ殿は、既に働いていたのですね。」
「私は平民ですから、例え子供でも働かなければ生きていけませんもの。」
「平民とは、そうなのですか。知りませんでした。」
勿論、働いてない子はいる。アイシャの兄は成人する前から働きに出ていたが、姉は成人するまでは家で母さんの仕事を手伝っていた。花嫁修業みたいなものである。
そう言えば、女性に限り結婚したら働かなくても良いらしい。家事や子育てがあるからだろうが、私は出来れば働き続けたい。
「アイシャ殿はどこで働いているのですか?」
「私はフィルダン大工店、と言う所で働いております。」
「大工店?アイシャ殿は大工仕事をなさるのですか?」
「いいえ、私はそこで受付業と事務仕事を請け負っております。先程申したように、私は人よりも魔力が低いので、魔法を使う仕事は出来ないのです。」
「フム…。」
アルベルトやジェイクの質問に、私は正直に答えた。下手な事を言って棟梁達に迷惑を掛けるのは嫌だったし、嘘を吐いたと罰せられるのもご免だったからだ。
「では、春が来て日が経ってから、一度そちらへ使者を送りましょう。その際に、もう一度予定を伺いに行かせます。」
「その様な事までして頂かなくても…。」
私としては、そのままウッカリ忘れてくれると嬉しいんですけど、駄目ですかね…。
「いいえ、私の我儘ですから。アイシャ殿の予定に合わせると、先程も言いましたからね。」
「私も、アイシャ殿と再び話す事が出来るなら、いくらでも待ちます。」
そうですか、忘れてはくれませんか…。私は諦めて、大人しく従う事にした。
「…お心遣い、大変感謝致します。どうか、宜しくお願い致します。」
「ええ。とても楽しみにしていますよ、アイシャ殿。」
「私も楽しみです!宜しくお願いしますね、アイシャ殿!」
「はい。」
いいえ、全く楽しみではありません、とは言えない。アルベルトは分からないが、ジェイクは本当に嬉しそうな顔をしている。あんな顔を見て、断れる人が居たら見てみたい。
「あの、今更ですが、他の方とはお話しなくても宜しいのでしょうか?」
「他の人、ですか?」
「その、アルベルト様もジェイク様も将来を共にする相手を探しに来られたのですよね?」
何故私を選んだのか確証はないが、きっと見た事も無い服を着て目立っていたからだろうと、勝手に解釈した。
貴族なんて小さい頃から婚約者がいるもんだと思っていたが、そういう訳じゃないのだろうか?それとも、彼等が例外なだけ?
平民であるアイシャの記憶ではそんな事が分かる訳も無く、私は彼等からの返答を待った。
「…そうですね。私は一応、表向きとしてはそう言う事になっています。」
「表向き、ですか?」
「兄達には両親が選んだ婚約者がいますが、私は四男です。我が家に得となる事であれば、色々と自由が聞くのですよ。」
「そう、なのですか…。」
やっぱり、普通は婚約者がいるのか。
「私は特に婚姻する為の期限もありませんし、自分にあった女性を探そうとは思いますが別に急いでいる訳ではありません。今回も、特に期待もせずにこの場へと参加したのですが…。」
「……?」
ほんの一瞬だけ、アルベルトの目が変わったような気がした。
「いえ、何でもありません。まあ、そう言う事なので、私は別に相手を探す必要は無いのですよ。」
ただの気のせいだったのかな。アルベルトは先程の様なニッコリとした笑顔で、私に話してくれた。
「私は、その…。」
アルベルトが話し終えてから、今度はジェイクが何故か気まずそうに話し始めた。
「我が家は騎士家です。それ故、男女関係なく強い者が家には望まれます。」
へー、貴族と言っても色々とあるんだな…。
「私は次男なので、兄にもしもの時があった場合は、私が家を継ぐ事になります。その為、私と結婚する者にはそれ相応の強さが必要なのですが…。」
「ですが…?」
「…恥ずかしながら、私は騎士としては未だ未熟なのです。武力も知力も、指揮官としても兄とは比べ物になりません。家に来る縁談は全て兄に向けての者ばかりで、周りにいる女性も皆、兄に夢中なのです。兄上はとても立派で、それで当然だと思っていたのです。」
近くにより優れた者がいるなら、そちらに目が行ってしまうのは仕方の無い事だろう。ジェイク自身も、それが当然だと言うのなら、きっと物凄い人なんだろうな。
「そんな私を見かねた父が、他の女性も見て来いと、無理やりこのパーティーに参加させられました。例え今までと違う女性に出会っても、どう扱っていいか分からないですし…。正直、乗り気ではなかったのです。」
「…一緒ですね。」
「……?」
「私も、無理やり参加させられたこのパーティーに、乗り気ではありませんでしたから。端の方でただ終わるのを待っていようと思ってましたもの。」
「…そうなのです!私も、自分からいかない限りは話し掛けられる事は無いだろうと、端の方で終わるまで待機してようとしたのです。しかし、隣の方から、あの話が聞こえてきて…、どうしてもお話してみたくなったのです。」
どうやら、お互いに思っていた事は同じ様だ。確かに、ジェイクが座って居た方を見れば、私と同じ様に端の目立たないような席だった。
「アイシャ殿には、その、ご迷惑をお掛けしました…。」
「いいえ、ジェイク様。どうかお気になさらず。私は、ジェイク様とお話しできて、とても良かったです。」
「えっ?」
「きっとジェイク様は、私に会わなかったらずっと気にしていたでしょう?これから騎士として生きていくのなら、同じような事は何度でも起こります。その度に気にしていては、ジェイク様の身が持ちません。どうか、少しでもご自愛して下さい。ジェイク様はこれからも、沢山の人達を救っていくのですから。」
「アイシャ殿…。」
ジェイクは、騎士に向いてはいないのではないか?ちょっと優しすぎると言うか、気にしすぎと言うか…。
「私は、ジェイク様に家族を連れて来てもらえて、とても嬉しかったです。例え会う事が出来なくても、同じこの地に居ます。それだけで、私は十分なのです。」
「…ありがとうございます、アイシャ殿。」
ジェイクは、とても落ち着いたように、優しげな微笑みを浮かべた。これで、少しは気にしすぎない様になってくれればいいけど。
その後に少し、他愛のない話をした。本当にほんの少し。話している途中に、カランカラン、と大きな鐘の音が鳴ったので、話が中断になったのだ。
「本日のパーティーは、これにて終了となる。この場を出れば、そなた達は真っすぐ家に向かい、冬籠りをしなければならない。春が来れば皆、成人だ。その事を、シッカリと心に刻むように。」
「はい。」
そう言って神官が、お開きの合図をした。私はやっと終わった、と思った瞬間にドッと疲れがやって来た。温泉入りたい…。今、物凄く入りたい。この疲れを癒したい…!
「それではアイシャ殿。また春が来たら会いましょう。」
「失礼致します。」
「はい。どうか、お体など壊しませんよう。」
貴族から順番に退室していく。私は自分の番が来て、出口へと向かった。外には馬車がいくつも泊まっていたが、私の姿を見付けたハーベリー夫妻が直ぐに此方へと呼び寄せた。
「おお、お帰り、アイシャ。パーティーは楽しかったかい?」
「はい、おじさん。とても素敵な時間でした。」
「あらあら、それは良かった。馬車の中でお話を聞かせてもらえる?」
「はい、おばさん。」
私は、二人に勧められるまま馬車へと乗り込んだ。今でもこんなに疲れているのに、これからもっと疲れる事になるだろう。
私は、バレない様にそっと溜息を吐いたのだった。