第七十一話 花
夏の試験に向けての、勉強会が始まった。ジェイクは今回もトップを取るために、一生懸命勉強している。少しでもチャックに近付きたいのだと言っては目標にしている様を見ると、本当に努力家なんだなぁ、と思う。
そんなある時、今週はアルベルトが家の用事で学校が終わった後に実家へと帰る事になっている。故に、今週いっぱいはジェイクと二人で図書館にて試験勉強をしていた。
「……。」
「……。」
勉強をしている間は、余り会話が無い。私もジェイクも、ひたすら教科書と向き合い、ノートにカリカリと問題を解いていく。
今日も二人で、真面目に試験勉強へ取り組んでいた。私は座学に関して特に分からない所は無いし、それはジェイクに関しても同じだ。分からない場所は質問し合う、何て必要は無く、休憩するまでは終始無言で勉強し続ける。
「そろそろ、一旦休憩に致しませんか、アイシャ殿。」
「そうですね。私、お茶を持って参りますわ。」
「すみません、ありがとうございます。」
ジェイクの一言により、一旦休憩を挟む事にした。本来、図書館内では飲食の類は禁止だが、この試験期間中に限り、飲み物だけ許されている。
私はカップに冷たいお茶を注ぐと、ジェイクのいる席へと戻った。
「ふぅ…。喉が潤いますね。」
「ええ。勉強に集中してる時は気付きませんが、休憩にすると喉がこんなにも乾いていたのだと分かりますね。」
「アイシャ殿との勉強は、とても集中出来ます。少しでもアイシャ殿に良い所を見せられるようにと、やる気にあるからですかね。」
「じぇ、ジェイク様…!」
何とも無い笑顔でサラリと言ってのける。恐らく、自分の言ってる言葉を理解していないのだろう。それ、私からしたら、結構恥ずかしい言葉ですよ…!
「アイシャ殿?」
「い、いいえ!何でもありません。それよりも、アルベルト様も大変ですね。毎日学校が終わってはご実家まで帰るなんて…。」
今日は木の日。アルベルトが実家に戻る様になって四日目である。毎回ユレイドの町に帰る為の魔法陣を起動して行き来しているが、本来アレは多用するようなものではない。
それが出来るのは、アルベルト自身多くの魔力を持っているというのと、公爵家の者だからだ。
「アルベルト様はこんなにも多忙なのに、いつも成績が良くて凄いです。きっと、私達の見えない所で努力なさっているのでしょうね。」
「ふふ。努力なら、ジェイク様だって凄いですわ。チャック様に近付けるよう、毎日頑張っておいでではありませんか。」
「兄上は私の目標です。高位の方の護衛に就けるなど、騎士の誉れですから。私もいつか、兄上の様に要人の護衛に就けるだけの技量が欲しいのです。」
ジェイクがチャックの話をする時は、本当に楽しそうに話す。言葉だけでなく雰囲気からも、チャックが大好きだと分かるのだ。
「ジェイク様ならきっと叶いますわ。毎日鍛錬を欠かさず、騎士科の授業も優秀な成績だと聞きました。」
「えへへ、ありがとうございます。私は今よりもずっと強くなって、何があろうとアイシャ殿を守れるくらいになりたいのです。」
「ジェ、ジェイク様…。」
やる気に満ちたジェイクがそう言うと、私の顔が真っ赤に染まる。不思議そうに首を傾げたジェイクだが、自分の言った言葉を理解したのか、同じように顔を赤く染めた。
「あ、あ、あの、今のは…!」
「いえ、だ…大丈夫ですわ。私も、その…ちょっと照れてしまっただけで…。」
私とジェイク、二人して顔を真っ赤にして俯いている。チラチラと他の生徒の視線を感じるのが、何とも居た堪れない。
「その、アイシャ殿!続き、始めましょうかっ。」
「そ、そうですね!試験まで、あっと言う間ですから。」
「さあ、休憩は終わりです!えっと、あの…、頑張りましょう!」
まるで誰かに誤魔化すような不自然な態度で、私達は勉強を再開した。
「今日もお疲れ様でした。また明日、アルベルト様と向かいに参りますね。」
「いつもありがとうございます。お休みなさいませ、ジェイク様。」
日も暮れ、試験勉強を終えた私は、女子寮までジェイクに送ってもらった。朝夕の送り迎えは、既にいつもの事となっている。
入学した当初は他の女生徒からの視線が凄まじかったこの行為も、今や普通に受け入れられている。
「あら、アイシャ、お帰りなさい。」
「メアリー様。只今戻りました。」
寮に戻って声を掛けてきたのはメアリーだった。いつも一緒に居るアンナとライラはおらず、珍しく一人で寮のホールでお茶を飲んでいる。
「ねえ、アイシャ、ちょっと相談があるのだけどいいかしら。」
「はい、何でしょうか?」
「今度、アンナとライラに贈り物をしようと思って。だけど、何が良いか迷っているのよね。」
どうやらメアリーは、いつも一緒に居る二人に感謝の気持ちを表したくて、贈り物をしたいそうだ。アンナとライラがメアリーへ何かを贈る事はあっても、上の立場にあるメアリーは中々贈る事が出来ないらしい。こういう時、貴族の立場は本当に面倒だ。
何かしらの機会を見付けては、プレゼントをしているみたい。
「この間、二人が私に花を贈ってくれたのよ。とても綺麗な花束で部屋に飾っているのだけど…。私も二人にお礼の品を贈りたいのよね。」
「花、ですか。良いですね…!」
「お返しに私も花を贈っても良かったのだけど、花は私よりも殿方に貰った方が喜ぶでしょう。だから、違うモノにしようと思って。アイシャは、何を貰ったら嬉しいかしら?」
メアリーは、意外と乙女チックなところがある。以前、婚約者から花を贈られた事があって、それがとても嬉しかったそうだ。どうせなら、二人にも同じ気持ちを感じてほしいらしい。
中々に可愛らしい所を気にしている。
「うーん、そうですね…。」
私が貰って嬉しいモノと言えば、温泉に関するものだ。石鹸やタオル、食器に花瓶。温泉旅館に役立ちそうなら何でも嬉しいのだが、それをメアリーが受け入れるとは全く思っていない。
気持ちが籠っている物の代表例と言えば手作りの品だが、貴族であるメアリーがそんな事をする筈もない。基本的には全てを侍女が行う貴族令嬢は、自分で何かをすると言う機会が殆どない。
ごく一般的な女子受けするものと言えば、やはり服や小物等の装飾品だろうか。それも貴族であるメアリーが用意するとなれば、かなり高価な贈り物にはなりそうだが…。
「……私は、身の回りにある物が嬉しいですね。」
「身の回り?」
「例えば、その…香水とか、美容品とかですね!毎日使う物ですから、貰っても困りません。ハンカチなども嬉しいです。」
「……そう言うのが、嬉しいの?」
「あ、あくまで私は、ですよ。平民の意見が役立つとは思えませんが、私は普段使いが出来る物だと嬉しいです。」
我ながら、代替案が良く出たと思う。香水なんて殆ど使った事無いし、美容品も高いので買ったりしない。いつか温泉に常備できたらいいな、とは思うけど現状は無理である。
そこまでの資金力が私には無いし、人によって使う製品がバラバラなので、品数も揃えられない今では余り意味が無さそうだ。
この辺りは温泉旅館が軌道に乗ってから、要検証である。前世の様に、使い切りパックとか無いからね…。貴族相手なら兎も角、平民だと盗まれたりする可能性もあるし。
前世でも、アメニティや盗難について、色々な問題が起こったりした。その辺りも、シッカリと対策しておかなくちゃいけないなぁ。
魔法のある世界だし何とかなりそうだけど、何をどうするかが思いつかない。意見を聞きたくても、前例が無いんじゃどうしようもないよなぁ。
「普段、使える物ね…。」
「折角贈ったのに大事に取っておかれるよりは、使ってくれる方が良いかなぁ、と思うのですが…。」
「成程ね。アイシャの意見、参考になったわ。もう少し、考えてみるわ。」
「メアリー様のお役に立てたのなら、嬉しいです。」
そう言うと、考え込むようにメアリーは立ち上がり、上の階へと上って行った。恐らくは自分の部屋に戻るのだろう。私も大人しく、自分の部屋へと戻り、魔法で身綺麗にしてからベッドへと潜りこんだ。
チラリと、クローゼットへと視線を向ける。アルベルトに貰った服や装飾品が大事にしまわれているのを見て、さっきの言葉を思い出す。
…出来れば使ってあげたいとは思うけど、流石に私には不釣り合いすぎる。いくら何でも、普段使いできるようなものではない。
私はそっとクローゼットから目を逸らし、静かに瞼を閉じた。
次の日、いつも通り授業を受け、放課後の勉強会。図書館で静かに勉強していた私達の耳に、聞き覚えのある声が入ってくる。
「ジェイク様、ごきげんよう。アイシャ、少しいいかしら。」
「メアリー様。」
「アンナ殿とライラ殿も、こんにちは。」
ノートから視線を外して、声のした方へと向ける。すると、普段と違う所が目に入った。アンナとライラの頭に、お揃いの髪飾りが付けているのだ。
「メアリー様、あの…。」
「ええ。アイシャの言葉を参考にさせてもらったわ。これなら、いつでも好きな時に身に付けられるでしょう。」
私達が話したのは、昨日の夜だったはず…。何故翌日に、もう贈っているのだろう…。コレが貴族の力か…。
「ふふ、メアリー様に贈り物を頂けるなんて、光栄ですわ。」
「私、毎日でも付けてしまいたいくらいですの。」
かなり喜んでいる様子の二人を、メアリーは満足そうな笑顔で見ている。
「アイシャのおかげよ、感謝するわ。」
「い、いいえ。私はただ、自分の意見を述べただけですから。」
「それでもよ。助かったのには変わりはないんだもの。」
「…どうも、ありがとうございます。」
「それだけよ。勉強の邪魔をして悪かったわね。ジェイク様も、申し訳ありませんでした。」
「いいえ、構いませんよ。休憩にしようと思ってたところだったので。」
ジェイクは私達が会話をしている間に、お茶を持って来てくれていた。テーブルの上には、氷の入った冷たそうなアイスティーが二つ置かれている。
メアリー達はペコリとお辞儀をして、図書館から出て行った。
「あ、すみません、ジェイク様。お持ち頂いてしまい…。」
「ふふ、気にしないで下さい。それより、昨日メアリー殿とお話を?」
「はい。アンナ様とライラ様に贈り物をしたいそうで、参考に、と。」
「あの三人は、とても仲が良いですよね。」
私は、昨日の夜に寮で話した内容を、ジェイクにも話した。
「…アイシャ殿も、やはり花を貰うと嬉しいですか?」
「そうですね…。少しではありますが、憧れ的なモノはあります。綺麗な花束を持って愛を囁かれる、何て物語の中でしか知りませんが。」
生け花をしていた事もあって花は好きだし、見ていてとても癒される。そもそも、花が嫌いな女子は少ないだろう。
「そう言えば、よく学園内の花壇を見ていましたね。」
「ふふ、綺麗な花は見ていて幸せな気持ちになります。ただ、枯れてしまうのが残念ではありますが…。」
花は散るからこそ美しい、とは私も思うけど、それでも寂しい気持ちになる。どうせなら、ずっと咲いてる花とかあればいいのにな。
そうしたら、旅館にずっと飾っておけるのに…。
「枯れない花、ですか…。」
「ええ。折角貰った花束が枯れてしまうのは、悲しいですから…。まあ、無理だとは分かっていますけどね。」
プリザーブドフラワーやドライフラワーは、ちょっと違う。アレも綺麗だし好きだけど、やはり生花には適わない。
どうせなら、自分で生けた花を永久保存してみたいな。
「さあ、ジェイク様。続きをしましょう。」
「……ああ、そうですね。」
少し考え込んでいた様なジェイクだが、私が声を掛けるとハッとしたような表情になる。直ぐに微笑んで、試験勉強が再開された。
明日は選択授業があるのでメアリー達と過ごすし、日の日は寮の部屋で一人勉強だ。来週からはアルベルトも戻ってくるので、また三人での勉強会が始まる。
ジェイクと二人の勉強会は、今日で最後だった。
土の日の家政科の授業は、あっと言う間に終わった。授業の後は寮に戻って勉強だし、それは日の日でも変わらない。
部屋に籠り、ひたすら試験に向けての勉強をする。時折休憩を挟みながら、大分進んだところで窓の外へと目向けた。
「わ、綺麗な夕焼け。」
既に日が傾いていて、綺麗な夕焼け空が広がっている。殆ど座って勉強してたせいか、体がポキポきと音を立てる。
「んー…!」
椅子から立ち上がって部屋から出る。ずっと籠ってたから、少し体を動かしてこよう。十分くらいなら散歩してきても大丈夫だろう。
「本当に綺麗…。」
寮の周りをグルグルとゆっくり歩く。空を見上げれば、少しずつ沈んでいく太陽。こんな日には、露天風呂にでも浸かりながらのんびりと夕焼け空を眺めていたい。
花壇に咲いている花が赤く染まって綺麗だし…、今日は温泉に入ろうかなぁ…。
「あ、アイシャ殿…!」
声を掛けられて振り返ると、そこにはジェイクが居た。慌てた様子でこちらへと小走りで近付いてくる。
「どうかなさいましたか、ジェイク様?」
「えっと、その…。」
用があって声を掛けたのではないだろうか?中々喋り出さないジェイクに、思わず首を傾げる。一体、どうしたというのだろうか?
「あ、あ、アイシャ殿!その、こ、コレを…!」
「……?」
「よ、良かったら…。」
ジェイクが差し出してきた手を見れば、小さな箱が乗っかっていた。
「その…、枯れない花、は無理でしたが…。」
「コレ…。」
箱を受け取って開けると、中には可愛らしい花のブローチが入っていた。夕日に照らされてキラキラと光ってて、凄い綺麗…。
それに、これって…。
「アイシャ殿は、よく裏庭の花壇でこの花を見ている様だったので…。」
学校の花壇には、様々な花が植えられている。その中でも私が気に入ってたのは、ブルースターと言う花。その名の通り花弁が青く、少し丸みの帯びた星の形をしている。
生け花にもよく使っていたので、とても馴染み深い花なのだ。
「その、余り高価なモノでは無いのですが、アイシャ殿に似合うと思って…。」
「ジェイク様…でも…。」
高価じゃない…とは言っても、私が気軽に手が出せる代物じゃないはずだ。何の理由もないのに、私が貰っても良いのだろうか…。
「アイシャ殿、私は貴方の事をお慕いしております。花束ではありませんが、いつか枯れない花を持って、貴方に愛を囁きたいです。」
「……!!」
「今はまだ、コレくらいしか渡せませんが…。受け取ってはもらえませんか?」
ジッと見つめられて、私は手の中のブローチをぎゅっと握りしめた。
「あ、あの、本当に貰っても良いんですか?いきなり、こんな…。」
「ええ、受け取って下さい。アイシャ殿に、貰ってほしいのです。」
私は受け取ったブローチを、胸元に付けてみた。
「あ、あの、似合いますか?」
「…そ、その、とても似合ってます…。」
お互いの顔が真っ赤になっているのは、夕日のせいじゃないだろう。思わず着けてみたけど、感想を聞くってなんかすごい恥ずかしい!
「ありがとうございます、ジェイク様…。」
「い、いえ、こちらこそ、受け取って貰えて良かったですっ。…やっぱり、アイシャ殿にとても似合ってます。」
「そ、う…ですか…っ。」
恥ずかしそうにジェイクが笑うものだから、私も更に恥ずかしくなってしまった。暫く俯いたまま顔を赤く染めていたら、たまたま通りかかったメアリー達に声を掛けられた。
「…何をしてますの?」
「……!」
「め、メアリー様…!」
三人は訝しげな表情でこちらを見ていたので、私達は慌てて何でもないと誤魔化した。
「そ、それでは、ジェイク様。お休みなさいませ…!」
「お休みなさい、アイシャ殿!メアリー殿達も…!」
いつの間にか太陽は沈み切っていて、辺りは暗くなっていた。私はジェイクに挨拶をすると、メアリー達と一緒に女子寮へと帰って行った。
「……可愛い。」
部屋に戻って、胸元のブローチを外す。ジッと見れば見る程、その可愛らしさに目が奪われる。幾ら見ていても飽きないほど精巧な出来のブローチは、どうやらガラスで出来ている様だった。
確かに私からしたら高価な物ではあるが、これなら普段使いは出来そうだ。何より、私がこれを着けていたい。
私だって女の子だもの。今の若い内に、少しくらいオシャレを楽しみたかった。
次の日から毎日のようにブローチを着ける私に、ジェイクはとても満足そうに微笑んでいた。代わりに、アルベルトは少し寂しそうな表情だったけど…。
流石にアルベルトから貰った物は、普段使いできなかった…。大事にしまってはいるので、勘弁して下さい…。




