第七十話 デート
この間、チラッとだけどジェイクの選択授業である騎士科の授業を見学した。やはり他の科目も高等生は実技が多めになるらしい。
夏の試験も前等生の頃とは大分変わるそうだ。実技ばかりだと難しそうだなぁ…。
「そうだ、アイシャ殿。そろそろ試験が始まりますが、その前に時間を作る事は出来ますか?」
「アルベルト様?」
今日はジェイクが家の用事で学校を休んでいるため、二人でお昼を食べていた。最近はアルベルトもジェイクも、家の用事で学校を休む事がたまにある。これも、後等生になったせいだろうか。
「私は特に用事は無いので、いつでも大丈夫ですが…。」
「それなら…アイシャ殿。私と、デートをしてはもらえませんか?」
「えっ…?」
突然のデートの誘いに、私は口を開けて呆けてしまった。
「あ、あの、アルベルト様、デートって…!?」
「勿論、ジェイク殿には内緒ですよ?」
「そうではなく、何故いきなり…!」
「いきなり、ですか?私はアイシャ殿に好意を伝えていますし、アイシャ殿にも私を好きになってほしいと思っています。その為に何か行動を起こすのは、不思議な事でしょうか?」
「そ、それは…。」
うぅ、確かに変な話を振られたわけではない。向こうからしたら、当たり前の事を言っているんだろう。私だって、いつまでも今の関係が続くとは思っていない。
学校の卒業パーティー。そこが期限だと、頭の中では分かっている。
「……私も、そろそろ行動しようと思ったのです。」
「アルベルト様?」
「それで、アイシャ殿。お返事は?」
「あ、えっと…。私は、その…嬉しいのですが…。」
ジェイクに内緒って、どうするんだろう?まさかアルベルトがジェイクの家の予定を把握してるわけではないだろうし…。
「もしかして、ジェイク殿の事を気に居してるんですか?」
「は、はい。内緒、とは言いますが、どうしたら…。」
「大丈夫ですよ。ジェイク殿の予定を作るのは、結構簡単なんです。」
「えっ?」
アルベルトの言葉に、キョトンとしてしまった。クスクスとした笑い声が聞こえ、ハッとする。笑われた…恥ずかしい…。
「ふふ。その日は、チャック殿を休みにすればいいのです。そうしたら、ジェイク殿はチャック殿と一緒にいるでしょう。」
「…あ、確かにジェイク様ってチャック様が休みの日はいつも一緒にいますね。」
いつも、話を聞いている。チャックが休みの日は一緒に剣の稽古や勉強をして過ごしているのだと。ジェイクはチャックをかなり尊敬しているから、今回も多分同じだと、アルベルトは言う。
「ですから、アイシャ殿は何も気にしなくていいのです。……そうですね、三週間後の日の日にしましょうか。」
「わ、分かりました…!」
「全てこちらで用意します。アイシャ殿は、いつも通りにして門まで来て下さい。あ、誰にもバレない様に、ですよ?」
「はい…!」
その後は、いつも通りになった。明日になればまた、ジェイクも一緒に三人で過ごす。アルベルトは何も無いような普段と同じ笑顔で過ごしているが、私の内心はドキドキだ。
誰かに内緒、なんて初めてである。いつも三人はフェアじゃないから…何て言って、何かしら話し合いながら行動していた。だから、今回みたい、にアルベルトの独断でこっそりと、と言うのはした事が無い。
どうにか表情には出ない様に抑えてはみたけど、ジェイクにはバレてないだろうか。アルベルトとデートだなんて、一体どこに何をしに行くんだろうか。私、服なんてあんまり持ってないけど、おめかしとかして行った方が良いのだろうか。
何て、色々な事が頭の中を駆け巡る。本当はメアリー達に相談したいけど、誰にも内緒だというので、ソレも出来ない。
貴族の人とのデートなんてした事が無い。作法だって分かんないし、流石に授業ではデートの仕方なんて教えてはくれない。
そもそも、普通のデートだって分かんない…!異性と二人で出掛けるのって、昔ルドルガと冬籠りの為の買い物をしたくらいだし…。
そんな苦悩の日が続き、いつの間にかデートの日当日。正直、昨日は余り眠れなかった。今日はチャックの仕事が休みだと分かると、案の定ジェイクは実家に戻っていった。
本当にチャック大好きだな、ジェイクは。そこが可愛いんだけど…。
ではなく!ほ、本当にこのまま出掛けても良いのかな?今の私の格好って、ただの普通のワンピースだよ。アルベルトの隣に立つと、明らかに不釣り合いだよね…。
いや、でも、他に良いのってないし…。メアリー達と出かけた時に着ていた服だから、別に悪いモノでは無いんだけど…。
いつまでもうだうだと悩んでいたら、約束の時間が近付いてきてしまった。
「あ、そろそろ出ないとマズい…!」
私は腹を括って、今の格好のまま寮を飛び出した。出来るだけ人に見られないような道を進み、コソコソとしながら門へと向かう。急いで走っていくと、門の傍でアルベルトが立っているのが見えた。
「申し訳ありません、アルベルト様。お待たせしてしまって…。」
「いえ、アイシャ殿。さっき来たところですから、お気になさらず。」
ニコリと微笑んだアルベルトは、私の姿を確認すると門番へと話に行く。今日のアルベルトはグレーのカットソーに紺色のジャケット、下はスッキリとした黒のスキニーパンツで全体的に落ち着いた大人っぽい雰囲気だ。
逆に私は、淡い薄緑のワンピース。髪型は一応いじってみたけど、圧倒的に不釣り合い。これ、下手したらお忍びの貴族子息に付き従う次女の図では…。
「アイシャ殿、どうかしましたか?」
「あ、い、いえ!何でも無いです…!」
「…そうですか?なら、出発しましょう。」
「はい、アルベルト様。」
いつの間にか、話は終わっていたらしい。門は既に開かれていて、目の前には馬車が現れている。アルベルトが差し出した手を握り、共に馬車へと乗り込んだ。
町に着くまでは色々と話をしたが、正直緊張と不安であまり頭に入って来ない。アルベルトが町に着いたと言い、ハッとして馬車の外を見る。
「さあ、アイシャ殿……と。そう言えば、折角内緒でデートしているのに、このままじゃバレバレですね。」
「あ、確かに…。」
「アイシャ殿、私の事はアルと呼んで下さい。」
「え、えぇ…!」
確かに堂々と名前を呼んでいたらバレるかもしれないが、往来でアルベルトの事を呼び捨てに出来る訳がない。おまけに、何だかその愛称は恥ずかしい…。
「私は…そうですね。アイ殿、と。」
「ま、待って下さい、アルベルト様。私は…!」
「駄目ですよ、アイ殿。どうか、アル、と。」
「あ、アル……様…。」
「ふふ。はい、アイ殿。」
嬉しそうに笑うアルベルトを見て、私は逃れられないと悟った。こんな満面の笑み向けられて、ドキドキしない訳がない。私の心臓は、さっきからドキドキと大きな音を立て続けている。
「では、参りましょうか。お手を。」
「うぅ…、失礼します…。」
いつも通りエスコートされてるだけなのに、恥ずかしさが溢れてくる。優しく手を引いてどこかに連れて行こうとするが、私は恥ずかしさで俯いたままだ。
「アイ殿、まずはここですよ。」
「えっと、ここは…。」
「ようこそ入らっしゃいました。」
連れて来られたところは、以前メアリー達とドレスを作りに来た洋服屋さん。見た事のある支配人が頭を下げ、私達を迎い入れてくれた。
「それでは、宜しく頼むよ。」
「お任せ下さいませ。さあ、アイ様。こちらへ。」
「え、えぇ…!?」
さっき決めたばかりの名称を、何故この人が呼んでいるのか。思わずアルベルトの方を振り返って見てみれば、ニコリと微笑んだまま手を振って見送られる。
どうやら、アルベルトは最初からこうなる事を決めていたようで…。私は、大人しく従業員の人達に付いて行った。
「さあさあ、それでは失礼しますよ。」
「ま、待ってくだ…!?」
あれよあれよという間に、私は服を脱がされた。驚いている隙に、従業員達が次々と私に服を着せてくる。余りの仕事の速さに、目が追い付かず、グルグルと回ってしまった。
「はい、出来上がりましたよ、アイ様。お鏡をどうぞ。」
「……わぁ…!」
鏡の前に居たのは美少女…じゃない私だ。何自分で美少女とか言いそうになったんだろう。でも、それはきっとここの従業員さん達の腕のおかげだ。
胸元にリボンのついた白いブラウス、淡い水色のミモレ丈スカート。靴は紺色で、小さなベルトが着いたブーツだ。おまけにつばの広いちょっと大きめな帽子。
髪はサイドに一本で纏められ、綺麗にみつあみにされている。私の付けてたバレットは、カバンの中へと戻されてしまった。
そりゃ、こんな良い服着てるのに、バレットだけ平民の買う安物ではちょっと合いませんよね…。ラティスとお揃いのお気に入りなんだけどな…。
「お可愛らしいですよ、アイ様。…そうですね、アクセサリーはこちらにしましょうか。」
「あら、支配人様。こちらの方が宜しいのではありませんか?」
「まあ、よく見付けたわね。素敵だわ、こちらにしましょう。」
キラリと光る青い石の付いたネックレスが、首元に掛けられる。どこからどう見ても宝石にしか見えないんですが、いったい今、私って総額幾ら何でしょうか…。
さっきまでデートへの緊張と不安ばかりだった気持ちが、違う所に向かっていく。平民である私がしていい恰好じゃないよ、コレ。流石に、立ち眩みしそう…。
「参りましょう、アイ様。アル様がお待ちですよ。」
「あ、あの…!」
痛くはないが強引に手を引かれ、アルベルトのいる部屋へと戻って来た。私の姿を見た瞬間、アルベルトが珍しく驚きの表情をしている。
「あ、アル……様。やはり、どこか変でしたか…?」
「…いいえ。アイ殿が余りにも可愛らしかったので、少々照れてしまいました。」
「かわ…!?」
直ぐに微笑み、そう言葉を放つアルベルトに、私の頭はパンク寸前だった。だけど、アルベルトは更に追い打ちを掛けてくる。
「アイ殿の様な素敵な女性とデートする事が出来るなんて、僕は幸せ者ですね。今日は、貴方を絶対に満足させます。」
「そ、それは…。」
そっと手を引かれ、お店から出ていく。扉を開けてくれた支配人が頭を下げるのが、横目で見えた。
「ふふ。さあ、行きましょう!アイ殿、今日は私に着いて来て下さい!」
「お、お願い、します…。」
張り切った様子のアルベルトは、ギュッと私の手を握った。それだけで顔が熱くなるが、こんなものは序の口だった。
アルベルトと最初に来たのは大きな広場のある公園。花壇に一杯の花が咲いていて、とても綺麗だった。小腹が空いたら落ち着いた雰囲気のカフェに入り、昼食を取る。
食べたのはパスタだったけど、学校の食堂で出たような物ではなく、何となく前世に近いモノだった。どうやら、アルベルトの家が出資をしているカフェだそうで、私から聞いた調理法を基に研究して作ったそうだ。
午後からは色んなお店を回った。朝に服を買ったのとは別のブティックや雑貨店に宝石店、そこら辺の屋台も見ていった。
「わ、凄い!凄いですよ、アルベルト様!」
「ええ、そうですね。」
今は、町の中央広場で大道芸を見ている。魔法を使った大道芸は、正真正銘、種も仕掛けも無い。単純に魔法の腕だけで、観客を魅了している。
「綺麗…。魔法って何でも出来ちゃうんですね…。」
「……。」
余りの凄さに、目が奪われてしまった。よそ見なんか出来ない、勿体無いくらいに綺麗だった。
「……あ、終わっちゃいました…。」
消える時は一瞬で、あっと言う間に目の前から無くなってしまう。とても残念な気がして、少しだけ落ち込む。
「あの、アル様。お代を渡してきても良いですか?」
「ええ。待ってますね。」
私は大道芸をしていた人だかりへと進み、お金を置いた。
「ありがとうございます。お嬢様のような方に見てもらえて、光栄です。」
「い、いえ。とても綺麗で素敵でした。こちらこそ、ありがとうございます。」
「そうだ、お嬢様。よければ、この後またやるのですが、見ていきませんか?」
「え、あ、あの。私は…。」
「貴方のような美しい人に、僕は初めて出会いました。この縁を無かったモノにしたくないのです。どうか、僕と…。」
延ばされた手に驚いて引っ込めようとしたが、向こうの方が早かった。思い切り手を握られ、少しだけ痛む。
「あ、あの、離してっ…。」
「失礼。私の愛しい人に、何か御用ですか?」
「……アル、様!」
後ろから優しく、抱き留められる。アルベルトが男の腕を叩き、手が解放された。
「……失礼しました。まさかお相手がいたとは…。」
「アイ殿、参りますよ。」
「アル様…!」
少しだけ足早に歩くアルベルトに、着いて行くのがやっとだ。路地裏に入って、思わず転びそうになったところで足が止まり、アルベルトに手を握られる。
「アイシャ殿、大丈夫ですか?」
「は、はい。大丈夫です。えっと、アル様…。」
「一人で行かせるのではなかったです…。アイシャ殿に誰かが振れるなんて、許せなかった…!」
「アル様、あの…!」
動揺しているのか、名前がアイシャに戻っている。私も慌ててはいるが、何とかアルベルトを落ち着かせようと、声を掛けるが効果はない。
どうしようかと悩んだところで、私は強硬手段に出た。
「し、失礼します…!」
「……!!」
手を握られたままなので、体当たりしたみたいな感じになってしまったが、私はアルベルトへと体をくっつけた。
多分、私もかなり動揺していたんだと思う。そうじゃなきゃ、こんな行動はしない筈だ。
「アイ、殿…。」
「私は大丈夫です。だから、落ち着いて下さい。」
「……すみません。みっともない所を見せました。」
「いえ、気にしないで下さい。私は助かりましたから。」
「アイ殿…。」
手が離れたと思ったら腰に回された。もう片方の手が私の頬へと宛がわれる。ジッと視線が合い、何故だか動けない。
「アイ殿、私は…。」
「……アル様。」
さっきよりも顔が近い気がする。アルベルトの綺麗な顔が、すぐ目の前にある。私は恥ずかしさのあまり、思わず目を瞑ってしまった。
「……。」
「……。」
少しの沈黙が流れる。そっと顔と腰から手が離れ、私はチラリと目を開ける。
「アル様…?」
「……何でもありません。失礼しました。」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。気にしないで下さい。さあ、いつまでもこんな所にいないで、町の中へと戻りましょう。」
「あ、はい…。」
いつもの…、普段通りのアルベルトの笑顔に戻ってしまった。何だか少し、勿体無いような、残念だった様な、複雑な気持ちになる。
私は、何を期待していたのだろうか…。
日が暮れるまで町を回り、その日は楽しく過ごした。服は着て寮に帰る訳にもいかず、朝出掛けた時に着ていたモノに着替える。今日着た物はくれると言っていたが、全力で拒否した。こんな高いモノ、貰えるわけがない。
だけど、アルベルトも決して諦めなかった。いらないのなら捨てて構わない、と言われ、無理やり持たされてしまったのだ。
当然捨てられるわけがなく、私は部屋のクローゼットに、大事にしまった。
今日は楽しいと言えば楽しかったんだけど、ドキドキで慌ただしかった。コレがデートというものかと、すっかり身に染みた。
私にデートは向いていないのかもしれない。二人きりのデートは、もうこりごりだ…。




