第七話 成人の儀式
馬車を下りて神殿へと歩き出せば、門番の様な人が私を見て驚いていた。見た事も無い服に身を包んだ綺麗な私は、傍から見れば平民には見えず、貴族のようだっただろう。
門番の人は私に対してとても丁寧に対応してくれて、中へと入れてくれた。
「わあ、凄い広い…。」
初めて神殿の中へと入った。元々神殿は貴族が管理する場所なので、平民が訪れる機会なんてこの成人の儀式と結婚の誓いをする時だけだろう。
馴染みのないその場所は、何だかとても綺麗で、神聖なモノに感じた。
「いや、神殿だし神聖な場所なんだけども…。」
ボソリと呟いた私は、ふと周りを見ると明らかに普通とは違う視線を向けられている事に気が付いた。流石に、ちょっと見過ぎじゃないかな…。体に穴が開きそう…。
チラチラと様子を窺う人や、ヒソヒソと此方を見ながら話し合う人。私を見るその反応は様々だが、一つだけ言える事がある。
私、凄い浮いてる。
「それでは、これより成人の儀式を始めます。」
とても居た堪れない視線を感じていた私は、急に聞こえた声にハッとした。いつの間にか、祭殿の周りに沢山の大人達が揃っていたのだ。
「名前を呼ばれた者は、一人ずつ前へやって来るように。」
神殿長かな?一番偉いっぽい人が、祭壇の上に大きな紙を広げて順番に名前を読んでいく。祭壇に上がると何やらインクの様な物を指に付けて、紙にグッと押し付けていた。
指紋でも取ってるのかな…。
「次、アイシャ。」
「は、はい…!」
名前を呼ばれて、私は慌てて返事をした。そのまま祭壇へと向かうが、やはり周りの視線が痛い。
「此方に指を付けて、この紙へと押しなさい。貴方の魔力を登録します。」
「はい。」
私は言われた通りにすると、紙に指を押し付けた瞬間、ゾクリと魔力が流れる様な感覚がした。
「よし、これでいいだろう。戻りなさい。」
「ありがとうございました。」
ペコリとお辞儀をして、私は元居た場所へと戻っていく。その後も次々と名前が呼ばれては、ドンドンと儀式が進んでいく。
どうやら、最初は貴族の階級順に呼ばれ、平民は富豪や商人を先に呼び、最後に貧しい者が呼ばれるそうだ。私は、一応商人でそれなりにお金も持ってるハーベリー夫妻の家に厄介になってるので、平民としては比較的早めに呼ばれた。
しかし、自分達の収入が把握されている事にとても恐ろしいモノを感じるのは私だけだろうか。個人情報保護法とか無いの、此処…。
「皆、登録し終えたな。それではこれより、成人になる為の重要な話を始める。」
神殿長っぽい人が話し始めた。余りにも長ったらしいのでちょっと疲れはしたが、要約すれば、成人したら必ず仕事に就かなくてはいけない事。それから冬籠りについての説明。王族や貴族、平民の在り方や違いについて。
そして、この世界の歴史について。
私の居るこの国は南の方に位置する大陸で、サルヴァレス王国と言うらしい。サルヴァレス王国で三番目に大きい町が此処、ユレイドの町。
その昔、東西南北に分かれた大陸は、争いの絶えない日々だった。それぞれが周りの国を侵略し、我が物へとしようとしていた時、魔物が突然現れた。とても強力な力を持った魔物は、次々と人々を襲い始める。人間同士で争っている場合ではないと考えたその時の国王達は協定を結び、力を合わせて魔物を打ち倒した。
それ以降、国王達はお互いに協力し合い、この世界を発展させ続けてきたのだそうだ。
実際はもっと詳しく話していたが、簡単に説明するとこういう事らしい。何故、偉い人は話を長ったらしくするのか…。
そう言えば、仕切ってた人は本当に神殿長さんでした。
「それでは、歴史を作り上げた先祖達へとお祈りを捧げます。」
「皆、私に続いて言葉を紡ぎなさい。」
再びの長いお祈りの言葉に、私はちょっとウンザリしてしまった。こんな事を思う私は罰当たりだろうか?
「これにて、成人の儀式を終了します。次の会場へと向かう方は此方へ。このまま帰る場合は、そこの神官に着いて行くように。」
神殿長が説明すると、ぞろぞろと皆が動き始めた。ああ、私もあっちの神官が居るところに向かいたい…。
そんな訳にもいかない私は、案内された方へと向かう。物凄く憂鬱ではあるが、可愛いラティスの為だ。婚活パーティーだろうが何だろうが、何か土産話でも持って帰ってあげなくちゃ。
「先程呼ばれた順番通りに席へと付くように。全員が着席して、鐘が鳴ったら後は好きに行動して構いません。」
ここでも階級順なのか…。仕方ないとはいえ、面倒臭いな。そんな事を考えつつも、抗う訳にはいかないので大人しく端っこの方にある席へと座る。
「それでは、これから成人のパーティーを行う。今、この場に限り、貴族と平民の間に差は無くなった。皆、自由に動くがいい。」
神官の言葉を合図に、チリン、と鐘が鳴った。次の瞬間、大勢の人が、私の下へとやって来た。
「ねえねえ、その服、どこの物?どうやって手に入れたの?」
「アイシャさん、だよね。どこの家の子?」
「見た事も無い服だけど、もしかして別の国から来た人なの?」
「あ、その、えっと…。」
あっと言う間に質問攻めにされた私は、何て言えばいいか分からずに上手く返事が出来なくなってしまった。その間もどんどんと言葉を投げ掛けられて、どうしようかと悩んでいると、一人の男の子が私の前へとやって来た。
「失礼、アイシャ殿、とお呼びしても宜しいか?」
「は、はい…!」
一目見て分かる、明らかに他の子達とは感じが違う。ずっと質問していた周りの人達も、ピタリと言葉が止んだ。
「私はグレンダル公爵家の第四子、アルベルト・フィン・グレンダルと申します。」
「アルベルト様、ですか。私の様な平民に、何の御用でしょうか?」
貴族に話し掛けられるなんて、普通に考えれば有り得ない事である。ひょっとしたら貴族と勘違いしてるんじゃないかと思い、自分から平民を名乗った。しかし、その言葉を聞いてもアルベルトの様子は全く変わらなかった。
「今この場で、貴方が下出に出る必要はありませんよ。このパーティーの間、私達は対等なのですから。」
「そう言われましても、私の様な平民は貴族様のお気に障る事をしない様にと教え込まれてますから。」
「神のいる神殿では、人間等どれも同じ人の子です。私は貴方と話をしたい、どうかもう少しくだけては頂けないだろうか?」
「…そこまで言って頂けるなら、出来る限りは。」
ニコニコと笑顔を崩さずに私へと紳士的に振舞うその姿は、まさに貴族と言ってもいいだろう。貴族にとって感情を相手に読ませないのは当たり前の事なのだ。
アイシャとしての記憶の中では、平民は貴族に決して逆らってはいけないと、教え込まれていた。貴族にとって、平民の命は家畜のように軽いものだ、と。
私としては余りその感覚が分からないので、取り敢えず丁寧に対応して何事も無くお話を終わりにしたい。…寧ろ話したくない。
「ありがとうございます、アイシャ殿。私は、貴方の様に素敵な方を初めて見ました。恥ずかしながらこの国から出た事が無いのですが、それは一体どこで誂えた物なのでしょうか?」
「まあ、アルベルト様。私の様な者に、大変ありがたいお言葉です。…申し訳ありませんが、私も別の国に行った事が無いので、他にどの様な御召し物があるか、分からないのです。」
「…その服は、ご両親に頂いたのですか?」
「いいえ。私に家族は居ません。」
その言葉を出すと、周りの空気が変わったような気がした。
「私の家族は、数年前に魔物に殺されてしまいました。今は遠縁の方のお世話になっていますが、春が来たらその家を出るつもりでございます。」
「それは失礼をしました…。…何処か、当てはあるのですか?」
「お気を使わせてしまい、申し訳ありません。ですが、その後の事も考えているので大丈夫です。」
「…数年前の魔物と言えば、家族が四人死んだ事件の事か?」
私とアルベルトの話に、もう一人男の子がやって来て口を挟んだ。
「お話し中に申し訳ありません。私はドリア伯爵家が第二子、ジェイク・フィン・ドリアと申します。どうか、私も共に会話に混ぜて頂けないでしょうか?」
「ジェイク殿、お久し振りです。」
「お久し振りでございます、アルベルト様。」
「…お知合いですか?」
また貴族が増えてしまった。伯爵家、って事はアルベルトよりも下の者だろう。様付けしてるし、上司か何かなのかな?
「ドリア伯爵の家の者は、皆優秀な騎士なのです。ジェイク殿の兄が、私の護衛騎士として仕えているので、幾度か顔を合わせる機会があったのです。」
「へぇ…、そうなんですか。」
「差し出がましい事ではありますが、私も貴方とお話したい事があります。どうか、ご一緒させて頂きたい。」
「その、アルベルト様が宜しいのなら、私は別に…。」
私から貴族に対してアレコレ言う訳にはいかない。知り合いみたいだし、面倒事は人に任せてしまいたい。
「勿論、構いませんよ。先程の話に、何か気になる事があったのですか?」
「ええ。その事件は、私も騎士見習いとして、共に遠征に参加していたのです。勿論、討伐に参加したわけではありませんが。」
「……そうですか。では、ジェイク様方が、私の家族を助けて下さったのですね…。」
「…私は、主に補助として行っただけなので、実際に何かしたわけではございません。初めて魔物に出会い、あれ程恐ろしい物を見たのは、今までありませんでした。」
今ではそこまで酷いモノでは無いけれど、私も初めの頃はとても怖かった。猪の様に鋭い牙、熊の様に大きな体と爪、狼の様なすばしっこい動き。私達は、一人ずつが囮になって、出来る限り時間を稼いで、他の家族を守って来たのだ。
その最後に残ったのが私。
「全て終わった後、父上にどうなったか尋ねました。そして、一人残った者がどの様な思いで過ごしているのか、とても気になっていたのです。」
「…私は、この様に何事も無く暮らしております。ジェイク様がお気にする事はありません。」
「確かに、私と貴方は何も関係が無いでしょう。ですが、それでも、私は貴方に会って話をしてみたかった。…貴方が何も無いと言うのなら、それ以上言うつもりはありませんが…。」
そう言いつつも、私をチラチラと見ている。彼はアルベルトと違って、感情が表に出やすいのかもしれない。表情が分かる分、ジェイクの方が好感が持てた。
私としても、アレはもう終わった事である。正直、思い出せば悲しい気持ちにはなるし、涙も出そうになる。しかし、その時に思い出すのは、アイシャの家族よりも、瑞希馨の家族の方が強いのだ。アイシャとしての人生を送っているくせに、気に掛けて思い出すのは昔の事ばかりだ。
「ありがとうございます、ジェイク様。私の事を心配して下さって。」
「あ、いや、それは…。」
私は出来る限りゆっくりと、ジェイクの手を握った。拒まれる事は無かったから、多分大丈夫だろう。
「ジェイク様、私の家族をこの町へと返してくれて、本当にありがとうございました。私は昏睡状態だったため、最後まで会う事は叶いませんでした。ですが、墓場へと行けば皆がそこで眠っているのです。それだけでも、とても嬉しいのです。」
「アイシャ殿…。」
「ですから、私の事はもう気になさらないで下さい。私は、もう大丈夫ですから。」
出来る限りの笑顔を作って、ジェイクへと微笑んで見せた。これ以上私なんかを気にする事は無いし、騎士になったらこれから沢山同じような事が起きるだろう。一々気にしてたら、心も体も持たないだろう。
「…ありがとうございます、アイシャ殿。貴方が、元気で良かったです。」
優しく握っていた手が、強く握り返された。きっと、これで彼は気にする事も無くなるだろう。
「…それでは、話を元に戻してもいいかな?」
「アルベルト様…!大変、失礼致しました!」
「申し訳ありません、アルベルト様…。」
「いえ、お気になさらず。まあ、ただ…少しだけヤキモチを焼いてしまいそうですね。」
「えっ…?」
キョトンとした顔をするジェイクに対し、私はハッとした。この観衆の中、身の上話をした上に貴族であるジェイクと手を握り合っている。これはマズい…。
「申し訳ありません、ジェイク様。平民の身でありながら無礼な真似を…。」
「い、いや!私の方こそすまない!手は痛くないだろうか?」
「ええ、大丈夫です。」
声を掛ければ、ジェイクも直ぐに気が付いたようだ。パッとその手を離して、アタフタと慌て始める。
「アルベルト様も、失礼致しました。」
「ふふ、ジェイク殿がちょっと羨ましいですね。」
「あ…、その…!」
「からかうのはコレくらいにしましょうか。それで、最初の話なのですが…。その服についてですが、家族ではないと言うと親戚の方から?」
「いいえ、コレは、私が自分で作りました。」
周りが、ザワリと騒ぎ始めた。
「一から、ですか?」
「ええ、そうです。私、将来は自分で店を持つ事を夢にしております。その為、少しでも色んな方に気に入って貰えるようにと、今は色々と試行錯誤しているのです。」
「その服も、その為に?」
「これは今日の儀式の為に、何年も掛けて作りました。せめて、死んでしまった家族に、私は一人でお大丈夫なんだ、と言う所を見せたくて…。私は人よりも魔力が少ないので、何をするにも時間が掛かってしまいます。ですから、コレは特別な日の為の物にでもしようかと…。」
「ふむ…。」
正直に話していいのかは迷ったけど、下手に嘘をついてバレるよりはマシだろう。ちょっと話を盛りはしたが、嘘ではないのでまあ、いいだろう。アルベルトは少し考えていたが、直ぐに私の目を見てニッコリと笑った。
「アイシャ殿、私はもっと貴方と話をしたいです。どうか、私の家へと来てはくれませんか?」
「えっ…?」
「お、お待ちください、アルベルト様!そ、その、私もアイシャ殿とはもっと話をしたいです…!」
二人に誘われた瞬間、周りの女の子達がキャーキャー騒ぎ始めた。
「どうでしょうか、アイシャ殿。出来れば、私は我が家に来て頂きたいのですが。」
「その、もし良ければ、私の家に来て頂けないでしょうか…?」
「えっと、あの…。」
話をしに行くだけだよね?どっちに先に行くか、って事?でも、階級的にアルベルトを優先しそうなのにしないって事は、どっちかしか行けないって事かな?
「申し訳ありません、状況が分からないのですが、質問しても宜しいでしょうか?」
「はい、どうぞ。」
「その…、お話をしに行くだけですよね?どちらかの家しか行けないのですか?もし片方だけ、と言うのなら、私に選ぶ事は出来ませんのでその場合は…。」
どちらもお断りさせて下さい、とは貴族に向かってハッキリ言えないので最後の方はちょっと暈す。
私としては、どっちも行きたくないのだけど。
「アイシャ殿、このパーティーにおいて男性から家に来てほしい、と言うのはお付き合いさせてほしい、という事です。」
「え、えぇぇ…!?」
アルベルトのその言葉に、私は驚いて、大きな声を出してしまった。