第六十九話 お呼ばれ
今日は、いつもと違う日だった。
無事に…とは言いがたいけども、何とか社交パーティーを終える事が出来てホッと息を吐く。バルドーやサレイヤ達には後日、助けてもらったお礼をした。
と言っても、少しのお酒とお菓子のレシピを教えたくらいだけど。
お菓子のレシピはアルベルトやジェイクの家の人に教えたモノと一緒で、最近少しずつ増え始めているモノだ。
日本料理や和菓子と違い、元々あったこの世界のお菓子なので、教えたところで温泉旅館に影響はない筈。
これからは、更にこのレシピで作る人が増えていくだろう。秘密にして欲しいとかは別に頼んでないし、きっと私の知らない人にも伝わるだろう。だけど、一気に増えたりはしない。
人は誰だって相手より優位に立ちたいと思うものだ。余り知られていないモノは、まず自分達だけで楽しむ。その後、近しい者に少しずつ教えていき、自分達の立場を確かなものにしていく。
貴族としては、当然の事である。
この機会にと、メアリー達にもお菓子のレシピを教えた。アルベルトやジェイクの家の職人が作っているものだと伝えれば、私が考えたモノだとは思われないだろう。
現に、二人の家の人はお茶会とかで出してるみたいだし。
社交パーティーの後に開かれたお茶会には、メアリー達やバルドー達が招待された。男性は基本的に参加できないので、バルドー達は家の女性陣が出席したのだけれど。
そこでクッキーやマフィンなどのお菓子を出し、今回の事に関する話を聞いていた奥様方からお礼としてレシピを教えたそうだ。
日本酒とメル酒に関しては現品を渡しただけだけで、レシピは教えられないけどね。
「こちらのレシピに関しては好きにして下さって構いませんわ。」
「それは、つまり…。」
「ええ、自分の家でだけ出すのでも、どなたか親しい者に教えるのも自由ですわ。」
「…宜しいのですか?」
「うふふ、これからも私達を宜しくお願い致しますわ。」
お礼と言いながらも自分達と懇意にしてもらえるよう優位に立つのは、流石貴族だと思った。殆どが高位の貴族で囲まれたお茶会なんて、メアリーは兎も角アンナとライラはかなり緊張しただろうなぁ。
…私だったら絶対に参加したくない。
そんなこんなで、あの日から一月が経った。そろそろ夏季試験の為の勉強を開始する季節である。今日の選択授業も夏季試験についての話が幾つか説明された。
後等生になって授業の内容は、更に難しいモノへとなっていく。今までは基本的な社交や礼儀ばかりだったものが、一気に高度なモノになる。
実技の量が増え、授業中は貴族としての振る舞いが必要になる。少しでも気を抜いたら即減点だ。常に気を張ってなくちゃいけないのはキツイ…。
何だか、昔のお稽古事を思い出すなぁ…。
「授業中に申し訳ありません。」
「おや、どうなさいましたか?」
午前の授業が後少しで終わると言う所で、教室の扉が開いた。
「リフィア先生、お家の方から使者が参ってます。何でも、急な話だとかで…。」
「……分かりました、少しだけ待たせて下さい。直ぐに向かいます。」
「はい。それでは、先に戻っております。」
開いた扉の向こうに現れたのは教員室に常駐している先生だった。どうやら、リフィア先生を呼びに来たらしいけど…。
授業中に呼び出さなくちゃいけない程、大事な要件なのかな…?
「さて、私事で申し訳ありませんが、今日の午後の授業は中止となります。皆様、今日習った所はしっかりと復習しておくように。」
「ありがとうございました。」
リフィア先生は授業を終わらせると、スタスタと教室を出て行った。私達は姿が見えなくなるまでお辞儀をして見送る。
「…アイシャ、行くわよ。」
メアリーに声を掛けられて、私は下げていた頭を上げる。今日の授業は無くなってしまった。取り敢えずはお昼ご飯だ。
「ねえ、アイシャ。たまには私達ともお昼ごはん食べましょうよ。」
「シャーロット様。」
「…あら、シャーロット。アイシャは私達と昼食を共にするのよ。邪魔しないでくれるかしら。」
「まあ、メアリー様。そう言って、いつもアイシャを独り占めして…。自由の利かないアイシャが可哀そうだわ…。」
同情したような目を私に向けて、シャーロットはメアリー達を非難する。廊下のど真ん中で言い争っているので、注目の的だ。
「メアリー殿。シャーロット殿はレイド様の第一夫人となる身、少々無礼が過ぎるのではありませんかな。」
「シャーロット殿の友人であるアイシャ殿を独占するなど、許されざる行為ですよ。」
「…失礼ですが、私は別に独占してるわけではありませんわ。アイシャの意思を尊重してます。それに、いずれ結婚するのだとしても、今はただの平民ですわ。貴族である私が何故シャーロットに気を利かせなければなりませんの。」
「何ですと…!」
挑発するような笑顔で、メアリーはシャーロットの取り巻きに言い放った。あからさまに表情を苛立たせた彼等は、声を荒げて反論する。
「メアリー殿、学生は皆平等だ!貴族と平民で差別をするなど、学園の規則に反するぞ!」
「あら、最初に無礼だ何だと言ってきたのはそちらではありませんか。」
「クッ…!」
どう考えてもメアリー達の方が優勢だが、周りの見物人達もどんどん増えていく。正直、目立ちすぎて居た堪れない。昼食の時間だからか、家政科の生徒以外も何だ何だと集まってくる。
「それでは、失礼致しますわ。私達、昼食を頂きに参りますの。」
「お待ちなさい、メアリー殿!話はまだ…!」
「すみません、シャーロット様、皆様。私は自らの意思でメアリー様達と居ますので…。」
「アイシャ殿…!?」
メアリーが切り上げようとするが、取り巻き達は諦めずに喚き散らす。私もいい加減このままでは困るので、横から口を挟んだ。
「それは、私達では無くメアリー達と居るという事かしら?」
「その通りです、シャーロット様。元々、メアリー様達とそう言うお約束でしたので…。」
「……そう。でしたら、仕方が無いですわね。」
薄ら寒い笑顔で、シャーロットは取り巻きに声を掛け、大人しく引き上げた。社交パーティーが終わってからというものの、更に誘ってくる事が増えている。
メアリー達だけでなくバルドー達にもお菓子のレシピが出回ってる事に気が付いたのか、特にお茶会への誘いが凄い。
「やっと昼食が取れますね、メアリー様…。」
「本当。午後の授業が無くなったからゆっくり取れるから良いけど、こうも幾度となく邪魔をされたら堪らないわ。」
食堂の席に座り、のんびりとお昼ごはんを食べ始める。既にチャイムが鳴ってから大分時間が経っているせいか、食堂に居る人数は少なかった。
「そうだわ、アイシャ。私達、お菓子を持ってきたのよ。午後は裏庭で味見してみてくれないかしら。」
「アイシャはいつもアルベルト様方のお菓子を食べてるし、少しでも意見が欲しいのよ。」
「折角教えてもらったレシピですもの。」
「勿論、喜んで。」
メアリー達は自分隊の料理人と一緒になって、色々と研究しているらしい。去年のヴァレス祭で発表した様に、見た目が綺麗になるようなお菓子を作ってるそうだ。
今日はその試作品を持ってきたから、どんな感じか感想が欲しい、と。
「良い天気ですわ…。今日はお茶会を開くにはピッタリですわね。」
最近は暑くなる日も多いが、今日の天気はポカポカ陽気で、丁度いい気温だった。メアリーの言う通り、外でゆっくりお茶をするのには最高に気候だ。
昼食を食べ終え、食堂でゆっくしとお茶を飲みながら過ごす。急に無くなったとはいえ、本来は授業のある時間帯。学校の外に出る事は出来ないため、校内で過ごさなくちゃいけない。
寮に帰って自室で過ごしたり、図書室に行って自習したり。私達の様に校内でお喋りしたりと、色々選択肢はあるけれど。
「アイシャ、私の家はクッキーを花や動物の形にしてみたの。」
「私はマフィンにアイシング?というので絵を描いてみましたわ。」
「我が家はチョコレートよ。様々な調理法があると知って、私の家の料理人も驚いていたわ。」
この世界のチョコレートは、何の工夫もされていないただの固形チョコレートだ。しかも、ちょっと苦いビターチョコ風味。
アーモンドや果実も入っていないので、お菓子と言いつつも子供には不評だ。どちらかと言えば、大人の方が好んで食べている。
私は色んな人が食べられるように、ナッツ類や果実を入れたり、生クリームの入った生チョコやトリュフを教えてあげた。
ケーキやマフィンに入れたりはしてるけど、固形のまま小さく切って入れてるだけだった。もう一度溶かすと言う考えは、思い付かなかったのだろうか?
「どれも美しい見た目ですね…!流石、メアリー様達です。」
「ふふ、当然よ。今年のヴァレス祭は、去年よりもずっと進化した研究発表致しますわ。」
「アイシャ、また作ってくるから味見して頂戴ね!」
「勿論です。」
まだ食べてもいないのに、もう次の約束をしてしまった。三人共、テンションが高いし、はしゃいでる様に感じるけど、流石は貴族。そんな様子は微塵も見えない、上品なままだ。
「そろそろ参りましょうか。」
「はい、メアリー様。」
食堂を出て裏庭に向かう。既に午後の授業は始まっている時間で、周りには殆ど人が居ない。普段から人の少ない裏庭なら誰もいないだろうと、メアリー達は考えていたそうだ。
しかし、私達の予想は外れる。
「あれ、ジェイク様…?」
「本当ね。騎士科の生徒が裏庭に。」
「如何しましょう、メアリー様?」
裏庭に着いた私達の目に入って来たのは、騎士科の授業を受けている生徒達だった。直ぐにジェイクを見付け、その様子を見ている。
入学式後の見学以降、他の選択授業の様子って見た事無かったから、何をしているか知らないんだよね。
「次!」
「はい!」
先生かな?呼ばれた生徒が元気よく返事を返して立ち上がり、皆の前に出た。その手にはキラリと光る剣が握られているけれど、アレってまさか実際に刃が付いてたりする…?
「いいぞ、その調子だ。もう少し踏み込んでみろ。」
「はい!」
生徒の持つ剣が、先生へと振り下ろされるが、それを見事に受け流している。言われた通りに動く生徒の息が切れ始めた所で、指導は終わる。
「よし、ここまで。次!」
「はい!」
次に呼ばれて立ち上がったのは、ジェイクだった。
「アイシャ、ジェイク様よ!」
「は、はい…。」
先生に向かって剣を構えたジェイクは、普段の弟の様な可愛らしさが全くない。真剣な表情で先生と対峙し、そして斬りかかった。
さっきの生徒とは全然違う。ガン、キン、と何度も大きな音がぶつかり合う。その瞳に、いつだったか貴族に襲われた時の事を思い出した。
「ジェイク様、素敵ですわ…!」
「本当に…、格好良いですね…。」
「……アイシャ。」
ジェイクから目が離せない。まるで釘付けにでもなったかの様に、瞬きさえ忘れていた。メアリーに声を掛けられてハッとしたら、目が凄い乾いた感じがしていた。
パチパチと瞬きをする。
「すみません、メアリー様。」
「随分と、見入ってましたわね。」
「初めて見る姿でしたので…。その…。」
改めて言われると物凄く恥ずかしい。
「まあ、騎士科の授業なんて私達が見る機会は無いものね。」
「ジェイク様、格好良かったです。」
やっぱり、他の人の目から見ても格好いいよね、ジェイクって。普段とのギャップが凄くて、本当にキュンとくる。
裏庭の隅の方でコッソリと話し合っていたら、ふと、ジェイクと目が合った。驚いた様な顔をして、振っていた剣が止まると、先生から注意を受ける。
「す、すみません!」
「気を抜くな!」
「は、はい!」
直ぐに先生に顔を向け、授業を再開する。
「…邪魔、しちゃいました。」
「そうね…。」
「今日は裏庭でなく、寮にしましょう。私の部屋に、招待してあげるわ。」
「良いんですか?」
「当然でしょ。アイシャの感想が欲しいんだから。」
「あ、ありがとう、ございます。」
メアリーの部屋にお呼ばれしてしまった。ちょっと…と言うか、かなりドキドキする。寮の三階は入った事無いし、自分の所とは全然違うんだろうな。
歩き出した三人に続く前に、ジェイクに向かって一礼する。既に指導が終わっていてチラチラとこちらの方を見ていた。
その様子に、思わずクスリと笑ってしまった。さっきまでの真剣な表情とは違い、いつもの様な可愛らしさを感じる。ジェイクは本当に素直で表情豊かだなぁ。
小さく手を振ってから、メアリー達の後を追った。
「わぁ…!」
二階から三階へ向かう階段を上がると、目の前にキラキラと輝く光景が広がった。廊下の広さや扉の間隔だけでも二階と違うのに、何と天井には豪華なシャンデリアが。所々にある花瓶には綺麗な花が飾られていて、歩いているだけで華やかな気分になる。
「こちらよ、アイシャ。」
「し、失礼します…。」
階段を上がって程好い近さに、メアリーの部屋はあった。大きな扉が開かれると、直ぐに数人の侍女が頭を下げて出迎える。
部屋の中は私の部屋と比べ物にならないほど広くて、煌びやかだった。
「お茶を入れて頂戴。」
「畏まりました。」
侍女に命令を言うと、スタスタと歩き始める。アンナとライラも動き出したので、私も後を着いて行く。
「どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
大きなテーブルに着くと、侍女の人が椅子を引いてくれた。私はお礼を言って席に座ると、直ぐにお茶が用意される。
さっき言われたばかりなのに、もう準備できるなんて…。侍女ってどこの家も凄いんだなぁ。
「さあ、アイシャ。食べてみて頂戴。」
「はい。頂きます。」
差し出されたお菓子が、ズラリとテーブルに広げられる。その一つ一つを口に運び、シッカリと味わって食べた。
「…美味しいです。聞いたばかりなのに、凄いですね!」
「ま、まあ、当然だわ!我が家の料理人は、優秀ですもの。」
「アイシャ、こっちはどう?」
「こちらも、とても美味しいです。サックリとした食感なのに、じんわりとバターの風味が広がって…。」
教えてから一月しか経ってないのに、ここまで自分のモノにするなんて…。やっぱり、本職の人は凄い…。私が作るよりも美味しい…!
その後は、ちょっとしたお茶会のように楽しくお喋りして過ごした。話しても大丈夫そうなところだけ、アドバイスをすると、侍女達が真面目にメモを取っていた。
私としては、少しだけど温泉の話が出来たので、とても満足だ。メアリー達も興味津々の様子だったし、早く一緒に入れると良いな。
…いや、流石に一緒には入れないか。貴族と平民、お客様と従業員じゃ、立場が合わないや。
今日はそのまま、ずっと寮で過ごしていた。そう言えば、いつもなら土の日はジェイクにも会えなかったんだよな…。
偶然とはいえ、騎士科の授業の様子を見れて、良かったと思う。剣を振るうジェイクの姿は、その…、格好良かったから。滅多に見る事の出来ない光景に、心が躍ってしまった。
思わず、今日のジェイクの姿が思い浮かんだ。暫くボーっと考え込んでいたけど、顔が熱くなるのを感じて、軽く頭を振るう。このままだとまた考え込んでしまいそうなので、ベッドに潜って目を瞑る。
早く寝ないと…。
だけど、その思いとは裏腹にドキドキが中々収まらず、寝付けなかった…。




