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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第六十八話 心のモヤモヤ

 シャーロットの言葉に、私の体はぴしゃりと固まった。何とか目線だけでも動かせば、アルベルトとジェイクも、驚いた様な表情をしていた。


「…シャーロット殿、社交界のルールはご存じないのですか?」

「いいえ、存じてますわ。レイド様と共に、何度も参加致しましたもの。」

「では、女性の方からダンスの誘いをしてはいけないというのも、勿論ご存知ですよね?」


 シャーロットは笑顔を崩さず、自信満々な声で答えた。


「ええ、勿論です。それに、私、お誘いしたつもりはありませんわ。」

「シャーロット殿は、そうなったらいいな、と希望を申しただけです。何も咎められるような事は申しておりませんよ、アルベルト様。」

「…そうですか。それは、失礼を申しましたね、すみません。」

「うふふ、お気になさらないで下さいませ。」


 シャーロットとレイドの言葉に、アルベルト達に笑顔が戻った。私も少しホッと息を吐いた、表情を取り繕う。


「そうだ、折角の縁だ、アイシャ殿。私と踊ってはもらえないかな?」

「……え?」

「シャーロット殿の友人なのだから、これからも会う機会はあるだろう?ならば、私としても友好を深めておきたいと思ってね。」

「えっと、私は平民ですから、会う機会はなくなると思いますが…。」

「あら、そんな事気にしなくていいのよ、アイシャ。私達、親友じゃない。」


 友人になった覚えすらないのに、いつの間にか親友になってる…。


「それなら、私達とも踊ってくれませんか、アイシャ殿。本日のドレスも良くお似合いですし、是非ともゆっくりと話をしましょう。」

「アイシャ殿なら、シャーロット殿の友人ですから。いつでも我が家にいらして下さって構いませんよ。」

「私達も、喜んでお迎え致します。」


 シャーロットと一緒に話してくる彼等の笑顔が、何だか気持ち悪く感じてしまう。ゾクリとするような笑顔を向けられて引いていると、アルベルトとジェイクが前に出てくれた。


「すみません、レイド殿。アイシャ殿は、次と僕が踊る予定なのです。」

「おや、それならその後にでも…。」

「ジェイク殿は、その間にシャーロット殿と共に居てはいかがですかな?」

「ああ、それは良いですね。それなら、私もその次にアイシャ殿とダンスを踊りたいです。」


 何とか彼等と踊らないように話を進めようとするアルベルトとジェイクだが、レイド達は諦めようとしない。

 私を誘っておきながら、隙あらばシャーロットに近付けようとする彼等に違和感を覚える。


 普通の取り巻きは兎も角、レイドからしたら自分の婚約者が他の男と親しくなるのって嫌なモノじゃないの…?


「アルベルト様とジェイク様も、シャーロット殿のお気持ちを考えては頂けませんか?」

「…気持ち、とは?」


 レイドがそう呟くと、アルベルトもジェイクも笑顔を崩さずに聞き直した。


「シャーロット殿はアイシャ殿と仲良くしたいけど、いつもできないと言っておりました。」

「アルベルト様、もう少しアイシャ殿を自由にして差し上げた方が良いのではないですか?いつもお二人の言葉に従っていては、彼女もこの学園生活、不自由に感じるでしょう。」


 そんなことは無い。寧ろ、私は出来るだけ貴族の厄介事には巻き込まれたくないのだ。普通の友達なら兎も角、色々と問題のある様な友人関係は御免だ。


 …何より、シャーロットと仲良く出来る気がしないので、お断りしてくれるアルベルト達には感謝の言葉しかないのだ。


「…まあ、レイド様…。それに皆様も。そんな風に言わないで下さい。私はちょっと寂しい気持ちになっただけですもの。アルベルト様やジェイク様にもお考えがあっての事ですわ。」

「けれど、その結果がシャーロット殿を蔑ろにする事なら、私は…。」

「そうですよ。アルベルト様もジェイク様も、シャーロット殿とアイシャ殿の事を考えてほしいです。二人は、こんなにも親しい仲だというのに…。」


 シャーロットと話すのは、そこまで多い事じゃない。最近は兎も角、前は全くと言っていい程話し掛けてこなかった。

 それどころか、睨まれた事だってあるのだ。絶対に彼等の言う、親しい仲ではない。


「メアリー殿達も、自分達の事ばかりですよね。」

「本当ですよ。アイシャ殿と居るのは、いつもメアリー殿達です。シャーロット殿が近付いても、直ぐに追い払われるとか。自分だけでアイシャ殿を独占するなど、信じられない暴挙です。」

「アイシャ殿もお可哀そうに…。自由に過ごす事が出来ないなんて、窮屈でしょう…。」


 アルベルト達だけではなく、メアリー達にまで話が飛んでいく。急に同情のような目を向けられ、内心ムッとする。

 選択科目である家政科の授業には、アルベルトとジェイクの姿はない。選択授業では普段よりもシャーロットとその取り巻きが近付いてくるが、メアリー達が彼等を追い払ってくれていた。

 平民の私が表立ってアレコレ言うと角が立つので、貴族の事は貴族に任せる…が私の考えなので、基本的にはメアリー達の後ろにいたのだけども。


 まさか、そんな風に思われてるなんて…。寧ろ、凄い助かってるのに。


「ねえ、アイシャ。私が言う事ではないかもしれないけれど、貴方も言いたい事は言った方が良いわよ。」

「…シャーロット様、私は好きにさせて頂いてます。こんなにも良くしてもらってるのに、これ以上言う事はありません。」

「まあ、アイシャったらなんて謙虚なのかしら。でも、何かあったら相談して頂戴。私達、友達なのだから。」

「アイシャ殿はお優しい方ですな。本人が居るのですし、ここで口にする事も出来ないでしょう。」

「やはり、一緒に踊ってはもらえませんか。愚痴でも構いませんし、他言はしませんよ。ダンスの間は、入って来れませんから。」


 明らかにアルベルトとジェイクを攻撃している。いくら学生の身とはいえ、自分達よりも高い身分の家の者を煽るなんて、マズいんじゃないだろうか。

 二人は嫌な顔一つ出さず、困ったような笑顔で話を聞いてくれてるから、問題にはならないかもしれないけど…。


「その様な事はありません。申し訳ありませんが、ダンスはアルベルト様と踊りますので…。」

「アルベルト様の後なら、約束はないでしょう?この社交パーティーでは、既定の人数と社交をこなさなければならないのですから。」

「既定の人数以上と踊る事も推奨されていますし、是非我々とダンスを…。」

「皆様とアイシャのダンスが終わるまで、私がアルベルト様とジェイク様とお話してますわ。皆様、良い方達ですもの。きっと、アイシャとも仲良くなれるわ。」


 そう言うと、シャーロットはアルベルトとジェイクの方へと近付いて行き、そっとジェイクの手に触れた。


「さあ、ジェイク様。あちらの方に、美味しい飲み物がありましたの。ご案内しますわ」

「…いえ、シャーロット殿、私は…。」

「アルベルト様とアイシャのダンスが終わるまで、ゆっくり話しながら待ちましょう。アルベルト様も、終わりましたら是非いらして下さいな。」

「…シャーロット殿。レイド殿とご婚約されたのですから、その様に自分から殿方に近付くモノではありませんよ。」


 いつの間にか、行く事が決まったのかのように振舞う彼等に、ジェイクは慌てる。言葉も途中で遮られ、どんどん向こうのペースに持っていかれ始める。


「あら、申し訳ありませんわ。私、やっと皆様と仲良く出来るのに、とても嬉しくて…。」


 アルベルトの遠まわしの物言いにも、シャーロットは気にする事なくジェイクから手を離さない。それどころか、心から嬉しそうな笑顔を向け、こちらの罪悪感を刺激する。


「シャーロット殿。私の手を離して下さい。レイド様のいる前で、この様に親し気にするのはよくありません。」

「おや、ジェイク殿。その様な事、気にしないで良いのですよ。シャーロット殿がこんなにも喜んでいるのです。婚約者として、それを邪魔する事など出来ません。」

「で、ですが、私は…。」


 いつまで手を握っているのだろうか…。心の中が、何だかモヤモヤしてくる。表情に出ない様、気を付けなくちゃいけないのに、その思いはどんどん大きくなってくる。


「さあ、アルベルト様とアイシャは踊ってらして。終わったらこちらへいらしてね。ジェイク様と待っておりますわ。」


 ジェイクとシャーロットが、レイド達に囲まれていく。まるで人質にでも取られる様な感覚に、モヤっとした感情だけでなく、イライラとしてくる。

 シャーロットは、レイドと婚約したんだよね。何で、アルベルトやジェイクに近付いてくるの?レイドも、どうして自分以外の男が近付いているのに何も言わないの?


 何がしたいのか、本当に分からない。公爵家の第一夫人、何て立場を手に入れたのなら、後は何が望みなんだろう…。

 お願いだから、私達に係わらないでほしい。


「すみません、失礼しますよ。」

「バルドー殿…?」


 そろそろ我慢の限界が近付いてきていた時、ふと後ろから声を掛けられた。アルベルトが直ぐにバルドーの名を出したので、振り向く前に誰か分かった。


「お約束をしていたのですが、レイド殿やシャーロット殿と話していたので待っていたのですよ。けれど、中々終わらない様なので…。」

「…すみません、バルドー殿。」

「そろそろ、お話は終わりそうですか?」


 チラリと横眼でシャーロット達を見る。レイドや取り巻きはビクリと肩を震わせたが、シャーロットは表情を崩さず、ニコリと微笑んだ。


「まあ、バルドー様。まさか、お約束をしているとは思いませんでしたわ。それでしたら、良ければバルドー様もご一緒に…。」

「いいえ、遠慮しておきます。私の他にも居ますから、大勢で話しては社交パーティーの邪魔になってしまうでしょう。」

「バルドー様、それでしたら私達は…。」

「レイド殿、お話は終わりそうですか?結構前から待っていたのですが、中々終わらないようで。特定の相手だけでは社交パーティの評価も悪くなってしまいますよ。」


 バルドーの表情は笑顔ではあるけれど、かなりの威圧感がある。有無を言わせない様な圧力に、レイドや取り巻きは否定する事が出来なくなっていた。


「そう、ですね…。これ以上お待たせする訳にはいきませんし…。」

「レイド様…。」

「シャーロット殿、またの機会にしましょう。アイシャ殿と親しい間柄なら、これからも機会はあるでしょうから。」

「……分かりましたわ。皆様、それではまた、ごきげんよう。」


 分が悪いと感じ取ったシャーロットは、すんなりと引き下がった。去り際に、やっぱり睨まれる。


「…ありがとうございます、バルドー殿。」

「いえいえ、かなり困っていた様に見えましたから。」

「バルドー様が来てくれて、助かりました…。」


 アルベルトとジェイクの言葉に、私も頷きお礼を言う。思わず、ホッと息を吐いてしまった。


 シャーロット達が離れ、私達もバルドーと一緒に部屋の隅へと移動する。そこには、バルドーの言った通り、数人の男女が居た。


「お待たせしてすみませんね、サレイヤ殿。」

「バルドー様、お気になさらないで下さい。」

「アイシャ、こちらで一緒に話しましょ。」

「はい、喜んで。」


 そこにいた女生徒はたまに寮で話をする子達なので、そちらに近付いて話し始める。一人は去年の親交パーティーで最初に話し掛けてくれたサレイヤだったけど、他の男の子は見た事ない。


「大変だったわね、アイシャ。」

「本当、馴れ馴れしいったら…。」

「ジェイク様の手に触れるなんて、信じられないわ…!」


 この距離で見えてたのか…と、少し驚いてしまった。


「シャーロットの行動は、本当に嫌ですわ。」

「アレがもしもお茶会や社交界に出るようになったらと思うと…。」


 シャーロットの貴族としての素養は問題ない。性格だけが、大問題なのだ。レイドの第一夫人になる事が決まっているのなら、これから先、どんどんそういう場には出てくることになるだろう。

 公爵家主催のお茶会やパーティーは断りにくいし、文句も言えない。身分が下の子に限っては、黙って言う事を聞くしかないのが貴族社会だ。


 元がただの平民であるシャーロットからいいように言われ続けるのは、生粋の貴族である彼女達にも苦痛だろう。ひょっとしたら、自分の婚約者や夫にちょっかい出してくるんじゃないか、何て邪推もあるだろうし。


 私も、シャーロットがジェイクの手を握っているのに、イラっとしちゃったからね。女の子の嫉妬って、本当にどうしようもないんだなぁ…。


「アイシャ殿、良ければ一曲、お願いできませんか?」

「サレイヤ様…?」


 女の子達と話をしていたら、横から声を掛けられた。チラリとアルベルト達の方を見れば、小さく頷いてくれた。踊っても良いらしい。


「勿論、喜んで。」

「申し訳ありません、アルベルト様。先に譲って頂いて。」

「いいえ、お気になさらず。サレイヤ殿でしたら、構いませんよ。」


 サレイヤの名前はリストに乗っていた。優先順位は低かったのでこちらから行くことは無かったが、シャーロットの取り巻き達と踊るよりはずっとマシだ。

 あの、値踏みするような視線は、耐えられそうになかったし。


 音楽が変わると、直ぐに踊り始めた。反対側の部屋の奥からはシャーロットやレイド達がジロリとこちらを見ていたが、気付かない振りだ。

 その後にアルベルトと踊りさえすれば、特に何か言われる事も無いだろう。


 サレイヤとは大した話も無く、すんなりとダンスが終わった。私が女の子達と話してる間に、アルベルト達から話を聞いていたらしい。

 詳しく詮索されなくて、ホッとした


「それでは、アイシャ殿。どうか、私と一曲踊って頂けますか?」

「はい、アルベルト様。喜んで。」


 まるでドラマのワンシーンの様に、アルベルトはそっと私に手を差し出した。内心物凄くドキドキしてるけど、何とか顔には出ていない筈。

 アルベルトは本当、王子様みたいだよね…。こう…、一つ一つの動作が様になると言うか…。


「これで、後はメアリー殿達と合流したら、社交パーティーはお終いですね。」

「はい。皆様のおかげで、何とか終わりそうです…。」

「今日は疲れたでしょう。ゆっくりと休んで下さいね。」

「アルベルト様も、大変でしたよね。本当にありがとうございます。」


 他愛もない話をしながら、特訓の時と同じようにダンスを踊る。ジェイクの時とは違い、アルベルトは普段通りに接してくれた。

 何だか、少しだけ安心する…。これが最後のダンスだからか、さっきまで会った緊張感が一気に無くなった。


「もう少し、ゆっくりの方が良いですか?」

「いいえ、大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます。」

「…アイシャ殿がキツくないのなら、良かった。」


 優しく微笑むアルベルトは、私に顔を向けながら周囲の様子を探っている様だった。どうやら、思ったよりも気を使わせていたらしい。申し訳ない気持ちで一杯だ…。


「コレが終われば、また暫くはゆっくり過ごせますから。」

「夏の試験が近付いたら頑張らないといけませんね。」

「そうですね。また一緒に、勉強会を開きましょうか。」

「はい!」


 そうして、ダンスが終わる。いつも通りの会話で、特訓通りのダンス。確かに、ホッと安心したのもあったけど、何だか物足りなく感じてしまう。


 最初のダンスでジェイクがいつもと違う事をしてきたので、アルベルトもそうなんじゃないかと身構えていたが、そんなことは無かった。

 思ったよりもガッカリしている事に気が付いて、私は心の中で期待してたのかもしれない。


 アルベルトはジェイクよりも貴族らしく、その所作は上流階級そのものだ。今回は初めての社交パーティーという事もあって、色々と考えてくれていたのだろう。

 私は自分の事ばかりなのに…。


「…アイシャ殿?」

「あ、いえ、何でもないです。戻りましょう、アルベルト様。」

「ええ。」


 手を引かれ、エスコートされながらジェイク達の場所へと戻る。やっぱり、アルベルトはいつも通りだった。



 その後は何事も無く、社交パーティーを終えた。アルベルトとジェイクと一緒にホールを出て着替えを済まし、馬車に乗る。女子寮まで送ってくれるそうなので、疲れているしその言葉に甘えた。


「……はあ。」


 今日は、本当に疲れた。温泉に入る気力もない。


「最後まで、いつも通りだったな…。」


 パーティーが始まる前はジェイクと同じ様な感じだった。シャーロットが来てから、アルベルトは私を気遣うようにいつも通りにしてくれた。

 その事に感謝はするけど、物足りなく思う日が来るとは思わなかった。


「……凄い、恩知らずみたい。」


 もっと、近付きたいと思った。ジェイクの様に、ジッと私だけを見ていてほしかった。


 そんな感情が、私の心の中に渦巻いて、モヤモヤとさせる。


「寝よう…。」


 頭をフルフルと振って、考えないようにする。アルベルトの優しさを無下にするなんて、有り得ない事だ。明日の朝にでも温泉に入れば気分も晴れるだろう。


 私は、着替えた服のままベッドにダイブして、深い眠りに就いた。

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