第六十五話 初恋
「料理も美味しかったですね。」
「ええ、これならまた来ても良いですわ。」
お茶を飲みながら少し話していると、料理が運ばれてきた。それぞれがサンドイッチやパスタなどを頼んで、お腹を満たす。
食事が終われば、女子会の本領発揮だ。コレからガールズトークの始まりである。
出来たら、メアリー達に相談したい事があるんだけど、聞いても大丈夫かな…?
「ドレスは良い出来でしたわね、メアリー様。」
「ええ。流石、いつもお願いしてるだけありましたわ。」
「この後の装飾品は、どちらに参りますか?」
まずはこの後の予定から話し始める。ドレスが決まったのなら、それに合った装飾品も必要だ。髪飾りやネックレスだけでなく、靴もそれにあった物を揃えなければいけない。
うーん、更にお金が掛かるなぁ…。出来るだけ安いモノで揃えなくっちゃ。
「私、ドレスの色に合わせた新しい靴が欲しいですわ。」
「では、まずは靴から揃えましょうか。」
「その後は宝石を見に行きましょう!折角ですもの、素敵な物を揃えたいですわ。」
そんなポンポンと新しいモノを買える貴族、本当に怖い。やっぱり、元々が違うよね。私と常識が全くの別物だ。
「アイシャは何が良いかしら。親交パーティーの時の様な髪飾りでは、少し安っぽいものね。」
「他に装飾品は持っているの?」
「えっと、それ以外は…。」
確かにラティスとお揃いで買ったあの髪飾りは、平民でも買えるような金額だ。貴族であるメアリー達から見れば、かなりの安物かも知れない。
それでも、大事なモノではあるから、もう少し別の言い方をしてほしいけど。
「何か好みの宝石はあるの?」
「ほ、宝石…!?」
いやいや、私に宝石なんて買ってる余裕はないです。持っても無いし、そう言うお店に入った事だってない…!
「あ、あの、メアリー様。私は平民ですから、宝石なんて高価な物、買えない、です…。」
「…そう言えば、アイシャはただの平民だったわね。」
「シャーロットとの事があるので、忘れてましたわ。」
「…シャーロット様?」
シャーロットも私も同じ平民だし、色々と似てるようなところはある。ただし、全く違う部分だってあるのだ。シャーロットと違って、私はあんな堂々と貴族を相手に出来ない。
……いや、傍から見たら同じかもしんないけど。
「シャーロットはよく、レイド様や他の殿方から贈り物を頂いてるそうよ。」
「平民の癖に貴族と同じ物を身に着けて、同じ様な生活をしているんですってね。」
「私達貴族に対しても同列のように振舞って…。本当に、好き勝手で目障りですわ。」
そう言えば、私もアルベルト達にモノを貰った事がある。着物だったり、浴槽だったりと様々ではあるが。
私がこれだけ貰ってるのだから、シャーロットも色々と贈られているんだろう。寧ろ、私なんかよりも上手におねだりして貰ってるかもしれない。
「シャーロットがアレだから、アイシャもアルベルト様やジェイク様に色々と贈られてるのでは、と思っていたのだけど。」
「確かに、モノを贈られた事はありますが、私は出来れば余り受け取りたくはないのです。」
「…どうしてかしら?」
「私の様な平民が貴族であるアルベルト様方から贈り物なんて、恐れ多い事ですもの。」
「……そう。」
正直、胃に来るから出来たら貰いたくない。貰ってばかりで、大したお返しが出来ないのだ。私に出来る事なんてお菓子や料理をあげたりとか、前世の知識で何か役立ちそうな事を教えてあげたりとか。
「アイシャがそんな風に考える子で良かったと思うわ。」
「メアリー様?」
小さな息を漏らして、メアリーは私をジッと見る。
「シャーロットを推薦したレイド様が、彼女を正式な妻として迎え入れようとしているらしいのよ。」
「えっ…?」
突然の言葉に、私は驚きの声を上げてしまった。
「レイド様がソレを望んでいる様でね。元々いた婚約者を押しのけて第一夫人にしようと家族に話しているそうよ。反対されてるみたいですけど。」
「当然ですわよね。たかが平民を第一夫人だなんて…。」
「見目の良い平民を愛人にする事はあっても、正式に妻にする貴族なんて殆ど居ないもの。それも第一夫人に。当然、反発は大きいですわ。」
他人事で済ませられない話題に、私の心臓はドクドクと鼓動が早くなっていく。
「勿論、例外がある事も分かっているわ。けれど、既に婚約者がいる公爵家の者が、あの様な見苦しい真似をするのはおかしいと思いますの。」
「レイド様はあそこまで愚かな方では無かった筈です。それに、シャーロットの周りに居る殿方も。学園に入る前は、普通に妻や婚約者を大事にしていたのに、それが急に態度が変わったそうよ。」
「…まるで、シャーロットに操られているみたいにね。」
魔法のある世界だ。ひょっとして、そう言う魔法があるのだろうか?
「そんな魔法があるのですか?」
「いいえ。人の心を操る様な魅了の魔法は、存在しないと聞いているわ。」
「もしもそんな魔法があったら、好き勝手し放題ですもの。国が成り立たないわ。」
「そう、ですよね…。」
流石に、そんな都合のいい魔法は無いのか。学校の授業でもそう言う魔法の話題は出てこなかったし…、本当に存在しないのかな…?
「けれど、そう思いたくなるくらいには、シャーロットはおかしいくらい殿方に囲まれてるわ。」
「シャーロットがレイド様にだけ懸想している、ならまだ良いのですけどね…。」
「ああも多数の殿方に色目を使っているとなると、当然批判も多い筈ですわ。ただでさえ、平民で身分が違うというのに…。」
アンナの言葉に、私はキョトンとした表情になってしまった。
「あ、あの、レイド様だけだったらいいんですか…?」
「それは、そうでしょう。レイド様がシャーロットを推薦して通わせているんですもの。レイド様だけなら、そこまで大きな問題ではないわ。」
「えっと、それは何故でしょう…?平民が相手なのは、変わらないですよね?」
「…アイシャと同じでしょう?」
「私?」
メアリーが不思議そうな表情で、私へと言葉を掛ける。一体、私とシャーロットのどこが同じなのだろう…?
「アイシャはアルベルト様の推薦でこの学園に通っているのよね?」
「はい。」
「共に居るジェイク様も、アルベルト様の方が身分が高いから譲っただけで、そうでなければ自分が推薦しようとするわよね?」
「ジェイク様は勝手に出来ない、と言ってましたが、多分…。」
「ねえ、アイシャ。」
「はい?」
メアリーが呆れたような声で、話を続ける。
「貴族が異性の平民を推薦する理由って、なんだと思う?」
「…それは、後々自分の得となるのが分かっているからで、その為に教育の場を教えるのでは…。」
「そうね、根本的にはそれが一番だわ。でも、異性に関してはそれだけじゃないのよ。」
なんとなく、メアリー達が何を言いたのかが分かった。それはシャーロットだけでなく、私も同じ理由だからだ。
「平民の異性を推薦する理由、自分の元に置いておきたいからよ。」
「……。」
ああ、やっぱりそうか。最初の内は単純に私に教育の場を与えてくれたのだと考えていたし、アルベルト達もそう思っているのだと決め付けていた。
ただ、それは間違いだった。私は見聞を広める為、勉強の為にだと思っていたけど、アルベルト達からすればそれだけではなく、…私との関係を深める為。
何か自分で言うとちょっと己惚れてる感じになるけど、彼等の気持ちを知った上で考えると、多分間違ってないと思う。ひょっとしたら、最初は違ったのかもしれないけどね。
「アルベルト様もジェイク様も、アイシャに好意を抱いてるでしょう?」
「えっ、えぇっ!?」
急にそんな事を言われて、思わず大きな声を上げてしまった。メアリー達がそんな事を言うなんて、私は分かりやすかったのだろうか?もしかして、私が彼等に好意を抱いてるのもバレバレ!?
「何を驚いているか知らないけど、自分の家の名前を使って貴族のいる学園に平民を連れてくるんだから、好意を抱いてる事は分かり切った事でしょう?」
「それは、そうですが…。」
そりゃ、嫌いな相手をわざわざ責任もお金も必要な学校に入れようとはしないだろうけども…。
「アイシャがあの二人に好意を抱いてるのだって、見てれば分かるわ。」
「あうぅ…。」
やっぱり、バレバレでしたか…。
「アイシャの様に、紹介してくれた相手に好意を抱くのなら、周りに対して迷惑も掛からないし良いのよ。」
妬み等の嫌がらせはあるけれど、対外的には問題ないらしい。メアリー達も、最初はそう言う気持ちだったと、小さく呟いた。
「…メアリー様?」
「だけど、シャーロットはレイド様だけじゃなく、他の殿方にも色目を使い、自分の取り巻きにしてしまったわ。」
「平民であるシャーロットが、推薦者であるレイド様以外に好意を寄せると、色々と問題があるのよ。」
「どうしてあそこまでただの平民に入れ込んでるのか分からないけれど、他の貴族女性を蔑ろにする彼女は問題だらけなの。」
そりゃ、今まで友好な関係を築けていたのに、ポッと出の平民に自分の夫となる相手を好き勝手に使われてたら、良い気持ちにはならないよね。
「妻になるにしても、レイド様だけじゃなく他の殿方にも好意を寄せいているようだし有り得ないわ。今いる婚約者を追い出して第一夫人に、何て仮に家族が許しても相手の家は許すはずないもの。」
思っていたよりも、シャーロットって色々と問題だらけだったんだなぁ…。あれ、でも、私の立ち位置ってどうなってるんだろう?
「あの、メアリー様。私の場合はどうなっているのでしょうか…?」
「…アイシャがアルベルト様を選ぶのか、ジェイク様を選ぶのか、私達には分からないわ。けれど、少なくともこの二人にだけ好意を寄せているのは分かるから、そこまで問題ではないのよ。嫉妬等のやっかみはあるでしょうけどね。」
「そうなのですか…。」
貴族と平民の恋愛って、思ってた以上に面倒臭い。まあ、元々の常識とか生活の基盤が違うし、仕方ない事だろうけど…。
もしもあの二人のどちらかを選んだら、私も当事者になるんだし、今からしっかりと考えておかないといけないんだよね…?
「そう言えば、アイシャ。貴方、結局どちらを選ぶの?」
「ふぇぇ…!?」
「アルベルト様もジェイク様も、素敵な方だけどアイシャの好みはどっちなの?」
「わ、私は…!」
急に話題を振られて焦る。さっきまでの話とは打って変わって、メアリー達の目にはキラキラとしたものが見える。いきなりのガールズトークに、アタフタと慌てふためいてしまった。
「やっぱり地位も高い紳士的なアルベルト様かしら?推薦者でもありますし。」
「あら、ピンチを救ったジェイク様の方がいいのではないかしら?危ない時に助けてくれる騎士様なんて、私は憧れますわ…。!」
「そう言えば、同じ平民に親しい男性が居るのですってね?確か、ルドルガ…でしたかしら。」
ルドルガの事まで知られてる…。貴族のネットワークって怖い…。個人情報保護法なんて存在しないですもんね…!プライバシーの侵害だ、なんて言ってもないんですよね…。
「もしかして、その平民の子と結婚するからアルベルト様達に贈り物を拒むのかしら?」
「い、いえ、そう言う訳では…!」
「アルベルト様やジェイク様からは、何を頂いたの?あの二人からの贈り物ですもの、きっと素敵な物でしょうね!」
「……えっと、その、親交パーティーの時の着物は、あのお二人から頂いた物ですが…。」
「まあ、衣服だなんて!随分と直情的な贈り物ですわね!」
一応、二人にはその代わりのお礼もしてるんだけど…。話は聞いてもらえなさそうですね。
「アイシャは、一体どのような殿方が好みなの?」
「わ、私は、その…。」
自分の好きなタイプなんて、考えた事が無い。だけど、確かに三人共、全然違うタイプだ。
ずっと一緒に居たルドルガは、最初の頃は兄さんの様に思っていた。優しくて、頼りになる。それでいて、時には怒ってくれたり、注意してくれたり。
一番最初に私の夢を話した人で、手伝うと言ってくれた。ルドルガがいなかったら、私はきっと一人で温泉旅館を作ろうとしてたと思う。誰よりも傍に居ると安心できる、私の夢を叶えてくれる人。
逆に、ジェイクは弟のような存在だった。素直なせいか直ぐに表情に出るところが貴族らしくなくて、余りの可愛らしさについ気が緩んでしまう。
だけど、いつも私がピンチの時には一番最初に駆けつけてくれる。何があっても私を助けてくれる、ヒーローのような格好良い一面もあるのだ。
そして、アルベルトはいつも紳士的で、とても優しい。たまにちょっとからかったりするから、恥ずかしい気持ちになるけど。
色んな所に気が利いて、私が言う前に気付いてくれるスマートなところは流石だと思う。普段は貴族の一員であるように感情を抑えているけど、ふとした時に出る心からの笑顔にはときめいてしまう。その微笑みは、まるで物語に出てくるような王子様みたいだった。
私にとって三人は、かけがえのない存在。今の私が居るのは、あの三人がいてこそなのだ。彼等の中からたった一人を選ぶ事が、私には出来るのだろうか…。
「随分と悩んでいるのね。」
「メアリー様…。」
「アイシャが彼等にどれだけの好意を抱いてるか分からないけど、現状、誰か一人を選ぶ事が出来ないのは分かったわ。」
「私、今までこんな気持ちになった事が無いのです…。」
「あら、平民は私達貴族と違って、自分達で相手を選べるのではないの?」
ライラの言葉に、私はそっと頷いた。
「基本的にはそうですが、家によっては親が決める場合もございます。私の場合、親が決める相手と結婚する予定でしたから…。」
まさか、死んでしまうなんて思っても居なかった。前世では母さんがそろそろ相手の紹介でも、何て言ってたくらいで、まだ会った事も無い関係だったし。
今回の人生だって、私は温泉旅館が出来たら、それで良かった。結婚なんかしなくたって、従業員を雇いながら一人で切り盛りする事を考えていた。
「そうなの。なら、アイシャは初めての恋なのね。」
「あら、素敵ですわ…!」
「初恋は叶わないモノ、何て言われてるけど、それは本人の努力が足りないだけだわ。恋は、勝ち取ってこそ意味があるのよ。」
「アイシャが誰を選ぶのか、楽しみだわ…!何かあったら、相談しても宜しくてよ。」
いつの時代も、女の子は誰かの恋バナで楽しむものらしい。きゃっきゃとはしゃぐ三人は、とても華やいだ声を上げている。当事者そっちのけで楽しそう…。
「さあ、アイシャ!もっと話を聞かせて頂戴!」
メアリー達の言葉に、私は成す術も無く根掘り葉掘りと質問攻めにある。答えている内に、私は何だか恥ずかしい気持ちになってくるのだが、止めてくれる味方は居ない。
結局、今日のお買い物はドレスを買っただけに終わり、その後はカフェでいつまでも話し続けるのだった。
装飾品、見に行かなくて良かったのかな…?
時間遅くに帰って来た頃には、疲れ切ってそのままベッドへとダイブしてしまった。女の子同士って、楽しいけど辛い…。




