第六十三話 後等生
冬休みも終わり、学校に帰ってきた。私達は後等生になっていて、既に入学式が終わっている。どうやら、今年は平民の入学者は居なかったらしい。
そもそも、平民がこの学校に入る事は、滅多に無い事なのだ。去年は私とシャーロット。一昨年はヴォルフがいたからそれが普通みたいに感じていたが、平民が入学するのは数年に一度の頻度だ。そう何度も連続で入学することは無い。
「アイシャ、次に参りますわよ。」
「はい、メアリー様。」
今は選択授業についての見学期間中だ。家政科を選んでいる私は、放課後をメアリー達と行動をしている。平民である私とシャーロットが居るので、家政科を見学に来る子達はかなり訝しげな表情で私達を見ていた。ただし、私にはメアリー達が、シャーロットには取り巻きが一緒にいるので、表立って非難してくるわけではないが。
新入生達は、私達が公爵家の紹介でいる事を知っているらしい。寧ろ、今貴族の間では、かなり有名だそうだ。
……主に私が。
「アイシャ、もっとシャンとなさい。傍に私達が居るのよ、堂々としてればいいの。」
「は、はい…!申し訳ございません。」
「メアリー様がいらっしゃるもの。アイシャは何も気負う必要は無いわ。」
「私達の友人に、無礼を働くようなものはもう居ないでしょうからね。」
そう。彼女達が私の友人と公言し、また私の立場が確固たるものになった事で、嫌がらせや陰口が一気に減ったのだ。全く無くなったわけではないものの、去年に比べるとその差は歴然である。
私の事を見下して蹴落とすよりも、少しでも取り入って自分達に得をもたらす方が良いのだと、理解したのだろう。
正直、物凄く居た堪れない気持ちになる。幾ら仲良くしてくれても、アルベルト達の許しも無しに何かあげたり話したりする事が出来ない。平穏に過ごせることについては嬉しいが、何だか気持ち悪い感じになる。
私はただの平民で、貴族である彼等に同等に扱ってもらえる立場ではないのだから。
そこまで図太い神経を持ち合わせてはいない。好き勝手し放題、何て言われてるシャーロットのメンタルって凄いよね。その鋼鉄の様な精神力は、少し羨ましいかもしれない。
貴族相手にあんな堂々と出来るなんて、私には絶対に無理だ…。
そう言えば、そのシャーロットの事だけど。
冬休みが終わって帰ってきて、一番に声を掛けられた。今度、お茶会をするから参加するようにとの招待状を渡された。
私は直ぐにアルベルト達に連絡を取って、一緒に断ってもらった。私だけだと、アレコレ言われて納得しないかもしれないからだ。向こうは取り巻きを常に連れているのだから、その中に私一人で行くような度胸も無い。申し訳ないんだけど、一緒に行ってもらった。
流石に直接言われてはシャーロットも諦めるしかなかった。ただし、その際には二人に向かってこれでもかと言う程の甘い雰囲気を纏わせながら、寄り添っていたのには胸の奥が少し痛んだけど。
実は、私ってば嫉妬深かったのかな?
今回は仕方が無いと言って諦めたけど、アレはまた誘ってくるだろう。私も、いつまでも断り続けるのは無理だと思っている。
流石にこの学校に入って一年。公爵家のお茶会に招かれて参加はしたし、授業だってしっかりと習ってそれなりの点数を貰っている。貴族内では平民と言う立場よりも、私という人物に価値を見出してる人達も増えてきたことから、階級を理由に断るのも限度が出てきた。
そうなると、少しずつではあるが、お茶会や社交界に参加しなければいけなくなる事もあるだろう。憂鬱である。
「貴方があのアイシャ…。宜しく頼むわね、先輩。」
今日の見学も、こうして挨拶に来る子が後を絶たない。メアリー達に挨拶をした後、私にも声を掛けてくるのだ。一体、どれだけ貴族の間で私が話題になっているのかは分からないが、かなり注目の的になっている。見た目的には好意的な表情と挨拶で、私の胃はキリキリと音を立てながら押し潰されそうだ。
そんな一週間も、やっとの事で終わった。アルベルト達といるのは違う意味で胃に来るけど、まだいい。これに関しては、自分自身の問題だから自分で解決できる。
「アイシャ殿、大丈夫ですか?」
「ええ。ご心配をお掛けしました。アレだけの貴族の方に声を掛けられるなんて、私の様な平民では荷が重くて…。」
「何かあったら、直ぐに言って下さいね。」
「はい。ありがとうございます。」
ここまで自分が貴族の方に声を掛けられるようになると、いざ温泉旅館が完成した時に何か問題が起きそうで怖いな。ちゃんと貴族にも受け入れられるように考えてはいるけれど、所詮は平民である私の考えが主立っている。
今はアルベルト達が手伝ってはくれているけれど、もしも貴族の手が引かれたら何が起こるか分からない。少しでも穏便に、そして温泉を皆に気に入って貰えるようにしたい。料理や娯楽だけじゃない、温泉というモノ自体が広がっていくようにするには、どうしたらいいのだろうか…。
そんなこんなで、時間はどんどん過ぎていく。その間にも、私に話し掛けてくる子達は増えていくばかりだ。ブレン伯爵の様に親が直接訪ねてくる事はないけど、少しでも情報を得ようと日常会話を混ぜながら声を掛けてくるのだ。
その時はいつも、シャーロットやその取り巻きがいる事が殆どである事に、私もアルベルト達も気付いていた。
「少し、シャーロット殿の動きが、気になりますね。」
「寮でも、最近は毎日のように話し掛けてきます。他愛のない話ですが…。」
他愛のない、とは言っても、彼女の話す事はアルベルト達についてばっかりだ。表情はにこやかだけど、その笑顔には薄ら寒いような、ゾクリと背筋も凍るような嫌な感情が向けられている。恐らく、思ったようにアルベルト達が自分に靡かないからだと思う。
「春の終わりに学園主催で行われる、社交パーティー。あの時ばかりは、ずっと私達が傍に居られるわけではありませんから、アイシャ殿は気を付けて下さいね。」
去年は親交を深めるためにあったパーティーだが、後等生になった今年は実際に行われる様な社交パーティーが、学校の授業として開催される。手を抜けば成績に響くが、真面目にやって高評価を得ると社交界などを断っている口実が無くなってしまう。
おまけに、コレは授業である。必ず何回かダンスを踊って話をしなければならないし、その相手は毎回別の人物でないと駄目だ。つまり、アルベルトとジェイク以外の相手と、ダンスを踊ったり会話をしなくてはいけない。
私がそうなのだから、アルベルト達も同じだ。私から離れてそれぞれがダンスをして、会話をし、それを何度か繰り返す。いつもの様にずっと一緒にいる訳ではないので、何かあっても自分で何とかしなくちゃいけない。
「今から考えるだけでも憂鬱ですね。アイシャ殿が、私以外と踊る事ですら、少し苛立ってしまいそうなのに…。」
「えぇ…!?」
「私も同じです。学園の授業ですが、出来る事なら誰にも渡したくないです。」
あれ、おかしいな。ついさっきまで真面目な話をしていたと思ったのに、二人は何を急に言い出してるんだろう…!
そ、そ、そんなヤキモチのような…。いや、正確にはヤキモチなんだろうけど、こうもハッキリ言うなんて、今まではなかったのに…!突然のセリフに、思わず顔が熱くなるのを感じた。
「…ふふ。アイシャ殿、顔が赤いですよ。」
「えへへ。少しは、意識してもらえてるんですよね?」
「あ、あの、それは…。」
意識するに決まっている。一度告白された身としては、何も考えずに今まで通りに居るなんて出来ないのだから。これからは、こんな風にアピールされ続けるのか…何て考えると、既に恥ずかしさで倒れてしまいそうだ。
「可愛らしいですね。アイシャ殿、もっと顔を良く見せては貰えませんか?」
「だ、駄目です!そんな事、出来ません!」
恥ずかしさのあまり俯いてしまった私に、アルベルトは微笑みながら顔を上げる様に言う。いやー、無理、駄目。こんな顔、見せられない。
覗きこもうと私に近付いてしゃがむアルベルトに、ジェイクは拗ねたような声で言った。
「むぅ、アルベルト様ばかりズルいです!私だって、アイシャ殿の顔を見たいです!」
「ま、待って下さい。ジェイク様も、どうか…!」
「私と顔を合わせるのは、嫌ですか?」
「あ、あうぅ…。」
そんな悲しそうな声で呟かないで下さい。わざとですか!?わざとじゃないですよね、素ですよね、知ってます!ジェイクにそんな計算高い事、出来なさそうですもんね…!
「…天然は、ちょっとズルいですね。」
アルベルトのその呟きに、私は大いに賛成します。本当に悲しそうな声で呟くジェイクを、無下になんてできません…。
私は観念して、小さく息を吐いてから、俯いていた顔をあげた。
「ふふ、アイシャ殿、嬉しいです!」
「あ、あまり見ないで下さいね…。」
多分、さっきよりはマシなはず。でも、そんな心から嬉しそうなジェイクの表情は、とてもキュンとしてしまうので止めて下さい。正直、ちょっと眩しすぎます。
「アイシャ殿、ジェイク殿ばかりでは不公平です。私にも見せて下さい。」
「わわっ…!」
軽く手を引かれて驚いた。思わずそっちを見れば、満足気に微笑むアルベルトの顔が。ああ、ズルい。その表情は、格好良すぎるんじゃないでしょうか。
何だろう、嬉しいような、恥ずかしいような。こんなのが卒業式の時まで続くなんて、私の心臓が持たない様な気がするんですが…。
「そろそろ、止めましょうか。」
「…そうして下さい。」
「でも、アイシャ殿。さっきの私達の気持ち、本当ですからね!」
離してくれたのは有り難いけど、そんな止めを刺すような事は言わないで下さい。今までこんな事が無かったんだから、私にはどう対応して良いのか分からないんです…。
こんなモテ期、経験した事無いんですから!恋だってやっと初めてだったのに、ちょっと私には刺激が強すぎます…。
学園生活がずっとこれが続くと、落ち着かない…。冬休みの間が恋しい、町に帰りたい…。
そこまで考えて、町に帰るのも駄目だと、結論が出る。町に帰ったら、今度はルドルガが居る。二人よりも初々しい感じの告白だったが、それは私にとっても同じだ。あんな告白をされたら、今までの様にいられるか不安である。
記憶を取り戻してから、殆ど毎日、一緒に居たのだ。誰よりもずっと私の傍に居て、助けてくれた。まるで兄弟の様に思っていた相手に、まさかこんな恋心を抱くとは思ってもみなかった。
そう考えると、今までの長い時間の思い出が、急に恥ずかしいものに思えてくる。私、よくよく考えたら結構ルドルガの近い所にいたよね。期間限定ではあるけど、一つ屋根の下で住んでたりとか…。
「……!」
「アイシャ殿、どうかしましたか?」
「い、いえ!何でもありませんっ。」
同じ家で過ごしたことを思い出して、頭がボンと煙でも出そうなほど熱くなった。駄目だ、思い出しちゃ駄目だ。落ち着かないと…!
「スー…ハー…。スー…ハー…。」
大きく深呼吸して…。よし、落ち着いた。
「すみません、失礼しました。」
「落ち着いたのなら良かったです。」
「取り敢えず、学園主催の社交界については、少しずつ話し合っていく事にしましょうか。」
「そうですね。これに関しては、逃げる事は出来ません。少しでも、安心できる相手を見定めなくてはいけません。」
気が付けば、既に日が暮れかけている。私達は話し合いをしていたホールから出て、寮へと向かった。
「それでは、アイシャ殿。また明日。」
「お休みなさいませ、アルベルト様、ジェイク様。」
「お休みなさい、アイシャ殿!」
女子寮まで送ってもらった後、私は二人が男子寮へと向かうのを静かに見送った。中に入れば、私に視線が向く。話し掛けようと女生徒達が近寄って来る前に、メアリー達が先にやって来た。
「アイシャ、やっと帰って来たのね。」
「メアリー様。アンナ様とライラ様も、どうかなさいましたか?」
「ええ、ちょっと話があって。アイシャ、次に予定が空いてる休日っていつかしら?」
「休日、ですか?」
学校が休みの日の私は、基本的にはアルベルト達と一緒に居る。学校内で勉強したり話してたりと色々だが、毎回一緒に居られるわけではない。
アルベルトもジェイクも貴族であり、最近は家に呼び出される回数も増えている。そんな時は、私は自室にこもって勉強したり、温泉旅館のことを考えたりと外に出る事は無い。
「えっと、そうですね…。再来週の日の日は、アルベルト様もジェイク様もご実家の予定で家に帰るそうなので、私は自室で勉強してようと思っておりましたが…。」
「そう。それなら、その日、私達と一緒に出掛けないかしら?」
「お出掛け、ですか…?」
何と、メアリー達の言われたのは休日に出掛けようというお誘いだ。勿論、今までそう言うお誘いが全く無かったわけではない。お茶会や社交界とまではいかなくても、休日に少し町に出るくらいのお誘いが幾つかあった。
家政科の授業で共に居る様になってからは、メアリー達から何度か誘われた事があったけど、まだ貴族と一緒に居るのは慣れてないからと断った。
それ以外の人達から私が注目されるようになったのは親交パーティーの終わった夏からだったし、その時はいつもの様な身分だけでなく、テストに向けての勉強を理由に断っていたのだ。
夏休みが終わってからの秋では更に誘いが増えていたけど、中々アルベルト達の許しが出ないことを理由に断っていた。平民である私がこの学校に居る間、紹介者であるアルベルト…というよりは、グレンダル公爵家の者が保護者の代わりの様になっているから、何かするには許可が出る事を皆は分かっている。
だから、滅多な事では無理やりにでもするような事態は無いのだ。
暫くすればヴァレス祭の準備も始まり、更に断る理由も増えたしね。
「えっと、明日にでもお伺いしてみますね。」
「そうしてちょうだい。」
「返事、待ってますからねっ。」
そう言って、メアリー達は部屋へと戻っていった。私も続くようにそそくさと自分の部屋へと帰って行ったのだ。
確かに、ヴァレス祭やら冬の試験やらで最近誘われる事は少なかったな…。あのお茶会はちょっと予定外だったけど。
後日アルベルトとジェイクに確認したところ、メアリー達なら構わない、という事で許可がもらえた。外出届も出しておいてくれるらしい。
無事に出掛ける許しがもらえたと伝えると、メアリー達は何だか嬉しそうな表情で、素直じゃない言葉を吐いていった。
ツンデレって可愛い…。




