第六十話 気まずい話し合い
私の頭は今、いっぱいいっぱいだった。つい先日の事なのに、私の中では、遠い記憶の様に感じる。何で、どうして、と。
寧ろ、夢だったのではないだろうか。その方が、妙に納得が出来るくらいには、現実に思えなかった。
アルベルトとジェイクに、告白される日が来るなんて…。
告白っぽいモノは、確かにあった。だけど、アレは勘違い故の言葉。私が好きな訳ではなく、私の持っていたモノに興味があったからこその、言葉だと思っていた。
成人の儀式が終わった後の、パーティー会場。婚活パーティーでの言葉なんて、私の中では既に無かったモノになっている。
けれど、先日思いを告げてくれた二人の思いは、間違いなく本物だった。
「はぁ…。どうしよう…。」
今日は、私とルドルガ、そして、アルベルトとジェイクが、温泉旅館の様子を見ながら話し合いをする日である。ルドルガに会うのは、夏休み以来だ。町に帰って来てから何日も経ったが、ルドルガは忙しいらしくて、未だ話すらしていたなかった。
今の心境状況で話し合いなんて、正直心が重くなる。
勿論、告白されたのが嫌な訳ではない。寧ろ、その…、嬉しかったというか…。だけど、私は自分の気持ちがハッキリとしていない。アルベルトの事も、ジェイクの事も…ルドルガの事だって、好きなのだ。
ああ、優柔不断が過ぎるよ、私…。前も思ったけど、初めての恋を拗らせすぎでしょう…。
「そろそろ時間だ…。こんなに気が重い話し合いは初めてだ…。」
意識しすぎるのはよくないと分かってはいる。だけど、仕方が無いと思う。好意を寄せている相手から告白されれば、誰だって色々と考えちゃうものだろう。
それが、一人だけだった場合なら、直ぐに返事をして終わりなんだけどな…。
ウジウジと考えていれば、あっと言う間に時間は過ぎていく。いつの間にか約束の時間になっていて、家のチャイムが鳴った所で意識がハッとなった。
「い、いらっしゃいませ、皆様…!」
「お邪魔しますね、アイシャ殿。」
「失礼します!」
「おう、アイシャ。久し振りだな、元気だったか?」
「ルドルガさん…。はい、ルドルガさんも元気そうで良かったです。」
「まあな!体が丈夫なのが取り柄だし!」
いつも通りのルドルガが、何だか凄い癒される。いつもはジェイクに癒されるのだが、今の私にそんな余裕はなかった。
先に家の中へとやって来たアルベルトとジェイクはソファに座り、その後ろにチャックが立った。飲み物を用意して私も座ろうとしたところで、何故だかアルベルトが手招きをする。
「アイシャ殿、良ければこちらへ。」
「い、いえ…!その、恐れ多いですから…!」
「私の隣では嫌ですか?」
「め、滅相もございません…。」
「では、どうぞ。」
いつもの様にルドルガの隣へと座ろうとしたら、アルベルトに隣に座る様に言われてしまった。抗う事が出来ず、諭された私はストン、と腰を落ち着ける。
ルドルガとジェイクの目線が、凄い気になるんだけど…。
「し、失礼致します…。」
「ふふ、ありがとうございます。それでは、早速話し始めましょうか。」
アルベルトは微笑んだまま話し合いを始めた。隣と言ってもピッタリとくっついている訳ではなく、多少の隙間はある。それに、後ろにはチャックが居るから、まだ何とかなってるんだけど…。
それでも、ドキドキしない訳ではない…!物凄い緊張する…。
「ルドルガ、オンセンリョカンはどうなってますか?」
「は、はい!夏に話をした時よりも順調に進んでいまして、旅館自体は殆ど完成しております。後は隅々まで確認しつつ、内装に入っていく予定です。」
「タッキュウについてはどうですか?」
「アイシャに言われた通り、専用の広間を二つ用意してそこに並べてます。一つ一つの間隔は広めに開けて、ワシ?という紙を張り付けたコウシ…えっと、衝立を置いてあります。」
因みに、この世界は和紙どころか、それに近い物すらない。前世の世界で言う洋紙と呼ばれる物が、この世界の紙だ。しかし、旅館は絶対に和風建築にしたい。そして、その為には障子は絶対に必要だ。
和紙が無いなら作ればいい。ちょっと作るのは面倒だけど、最初のお手本さえ見せながら教えてしまえば後は職人に任せるだけ。これで和紙が量産出来るなんて、やっぱり手伝ってもらえて良かった。私一人だったら、何もかも自分でやらなくちゃいけなかったんだもん。
和紙を使った格子だけでなく、色々な種類の格子を用意してもらった。やっぱり、部屋毎に色んな雰囲気があった方が良いしね!
それに、実家に近い方が私のテンションも上がるし…!
「なるほど…。かなり進んでいる様で安心しました。それ以外に、何か気になる事はありますか?」
「そうですね…。リョカンの大きさの割に、タッキュウの量が少なく感じます。かと言って、タッキュウだけでこれ以上のスペースを取ると、少し微妙になってしまいます。」
「ふむ…。メインはオンセンですが、確かにタッキュウも重要です…。タッキュウ以外の遊戯室を作っても良いのですが…。アイシャ殿、何かいい案はありますか?」
「あ、それならビリヤードはどうでしょうか?」
「ビリヤード?」
三人が揃えて言葉を発した。キョトンと首を傾げる様は、とても可愛いと思えてしまう。
本当はピンボールとかスマートボールみたいのが良いんだけど、流石に釘を調整するのがちょっと難しそうなので止めた。
「大きなテーブルの四隅と間の端穴が空いていて、そこに長いキューと呼ばれる棒でボールを打って落としていくゲームです。ルールも色々ありますが、基本的なのはナインボールと呼ばれるものです。」
「アイシャ殿、それはどういうモノですかっ?」
食い気味に聞いてくるジェイクが、とても幼く見えて可愛い。ああ、久し振りに弟みたいに思える。癒される…。
「えっと、ボールは全部で十個。どれも別の色で塗られていて、真ん中に数字が書かれているのが的球と呼ばれるモノで九個。真っ白で何も書かれてないのが手球と呼ばれるモノで一個。キューで打っていいのはこの手球だけで、その手球を的球に当てて穴に落としていくのです。九の数字が書かれた的球を落とした方が勝ちなのですが、必ず小さい数字の的球を当ててからじゃないと駄目なのです。」
「ん…?つまり…?」
「一の的球から順番に当てて穴に落として最後に九の的球を落とせばいいのですが、もしも狙えそうなら一の的球経由で九の的球を落としに行っても良いのです。そして、幾つかあるファウルやミスを犯さない限り、手番が後退する事はありません。」
「なるほど…。つまり、全部を落とし続ければ相手に順番を渡すことなく、ゲームセットにする事も出来るのですね。」
簡単な説明ではあったが、どうやら分かって貰えたようだ。他にもルールはあるが、取り敢えずは一般的なナインボールだけあれば大丈夫だろう。
「では、タッキュウの他にこのビリヤードと言うモノも作ってみましょうか。ルドルガ、頼めますか?」
「はい、大丈夫です。アイシャの話を聞く限り、そこまで難しそうなモノでもなさそうですし。」
「それなら、オンセンリョカンを見に行きましょうか。タッキュウの時のように、一回作って見たほうがいいでしょうし。」
「畏まりました。」
私達は話を一旦止め、旅館の方へと移動する事になった。向こうに着いたら、また材料を用意してもらってビリヤードの台やボールを作ってみよう。
ルドルガに必要な材料を伝えながら温泉旅館へと向かうと、段々と大きな建物が近付いてくるのが分かる。
そして、目の前に旅館が現れると、その完成度に私は思わず感動した。
「凄い…凄いです…!これこそ、私の思っていた温泉旅館です!」
我が家にそっくりな作り…。三階建てではあるが、平屋っぽい和風建築…!木の温もりが溢れ、格子風の窓や扉。中を確認すれば室内は障子の貼られた、純和風の畳の部屋。
気が付けば、私は感動のあまり涙を流していた。
「流石フィルダン大工店の皆です!私の…私達家族の旅館…!」
勿論、和室だけではない。和室に比べると数は減るが、洋室だってある。旅館第一号であるこの本館は貴族の方向けに作られているので、満足してもらえるようにどの部屋も広い。ちゃんとした内装はこれからだけど、かなり豪華に仕上がるはずだ。
やっと…、やっとここまで形になって来たんだ…。
記憶が戻ってからもう七年。夢にまで見た、私の、温泉旅館…。家族はどこにもいないけれど、ずっと夢だった私の旅館。後少しで、それが叶うんだ…。
「アイシャ、大丈夫か?」
「えへへ、ありがとうございます、ルドルガさん。何だか、とても嬉しくって…。」
「まだまだ完成までは遠いんだから、泣くのは早いぞ。」
「アイシャ殿、こちらを…。」
感動で震えている私に、ルドルガは声を掛けてくれた。そうだ、まだこれからなんだから…!泣くのは、完成してからにしないと!
涙を手で拭おうとすれば、ジェイクがハンカチを差し出してくれた。私はお礼を言ってそれを受け取り、目元を拭く。
「ほら、アイシャ。ビリヤードはどうやって作るんだ?」
「あ、そうでしたね。これを、こうして…。」
私はルドルガに手伝ってもらいながらビリヤード台を完成させ、そのままボールとキューを作り上げた。
「このボール、結構な重さがあるんですね。」
「キューと言う棒も、思ったより長いです。」
「まあ、基本的には大人の方がする遊戯ですから。私達にはちょっと長いかもしれませんね。」
「へー、そうなのか。確かに、この長さじゃ小さいアイシャには無理かもな。」
「む!そんな事ありませんよ!何だったら勝負してみますか?」
「おう、良いぞ!実際やった方が分かりやすいかもしれないしな!」
確かに今の体はちょっと小さいけれど、キューはそこまで重いモノじゃない。ビリヤード台にだって届くし、打てないわけではない。
馬鹿にした事を、後悔させてやるんだから!
「アイシャ殿、このビリヤードは二人でやる遊戯なのですか?」
「基本的にはそうですね。最初にルドルガとやって見本をお見せしますから、次はアルベルト様とジェイク様でやってみて下さい。」
「ほら、アイシャ!早く来いよ。」
「最初はルドルガさんに打たせてあげます。まずはブレイクショットからです。」
そうして私とルドルガでビリヤードを一回だけやってみたところ、当然のことながら私の勝ちである。卓球ほどじゃないが、流石に初めての相手に負ける程、私は下手くそではない。ちょっと悔しそうに表情を歪めるルドルガに、私は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「どうですか、ルドルガさん!身長が全てじゃないんですよ!」
「くそぅ…!あんなカーブしたり飛び跳ねたりするなんて、聞いてないぞ…。」
「卓球同様、ビリヤードにも色んな技がありますからね。」
「あ、そうだ!卓球の勝負、忘れるとこだった!親父や皆で、練習したんだぜ。」
「ふふ、ソレも後で勝負してあげますよ。」
アルベルトとジェイクは既にルールを覚えたようで、二人でビリヤードに集中していた。チャックも興味深そうに見ているので、終わったらやってみるか聞いたら、申し訳なさそうに断られた。
護衛で来てるから、何て言っていつも断っているけど、どうせならチャックにも楽しんでもらいたいなぁ。
卓球の時と違い、アルベルト達は一度のゲームで直ぐに此方へと近付いてきた。どうやらアルベルトの勝利だったらしい。
「このビリヤード、中々に計算する事が多いので面白いですね。」
「思ったよりも集中力が必要で、凄い楽しかったです!」
「ふふ、それは良かったです。」
満足気に話す二人を見て、私はホッとした。これなら、他の人がやっても楽しんでもらえそうだ。
「では、このタッキュウとビリヤードの二つを遊戯室に用意するという感じで大丈夫ですか?」
「はい。内装はこれからですので、その為のスペースは作れます。」
「それなら、細かい所はルドルガ達に任せましょう。お願いしますね。」
「畏まりました。お任せ下さい!」
出会った当初と違って、ルドルガも大分アルベルト達に慣れて来たなぁ、何て思う。最初の頃みたいにどもったり緊張でガチガチになったりしなくなったし。
そんな事を考えながら、その後もコレからの予定について話した。温泉の種類や、内装、ルール。それに、従業員達の教育状況も。
あと一年で完成するともなれば、シッカリと細かい所まで決めておかなければならない。私達は、四人で色々と話し続けた。平民と貴族での違いもあるからもう少し長引くかと思ったが、考えていたよりもすんなりと話し合いはまとまった。
「それでは、今日はこの辺りにしましょうか。」
「はい、アルベルト様。」
話し合い的には、かなり進んだ所まで決まった。ここからはフィルダン大工店であるルドルガ達の仕事だ。グッと気合を入れてルドルガは返事をする。
「アイシャ殿、どうもありがとうございました。」
「いいえ。こちらこそ、ありがとうございます。後少しで出来上がるのが、楽しみです!」
「私もです!アイシャ殿、早く完成出来ると良いですね!」
「はい、ジェイク様!」
今日は時間が遅くなる事も無く、アルベルト達は帰って行った。ルドルガも送ってもらう様で、一緒に馬車に乗り込んでいく。
私は彼等の姿が見えなくなるまで、家の前で頭を下げてお見送りをした。
「ふぅ…。」
気が付けば、最初はあんなにも気まずい気持ちだった筈なのに、私は今日の話し合いを楽しく終えていた。やっぱり、こうして皆で楽しく話せるのは、とても楽しい。
「返事…、どうしよう…。」
もしも、私が誰か一人を選んで返事をしたら、今のこの関係は無くなってしまうのだろうか。
「それは、嫌だな…。」
けれど、彼等の気持ちを知った以上、もう後戻りは出来ない。アルベルトとジェイクの言葉を、無かった事には出来ないのだから…。
「ルドルガさん…。」
ルドルガは、私の事をどう思っているのだろう…?あんな噂が立って、迷惑では無かっただろうか。もしもルドルガが何とも思ってなかったら、私は二人から将来も相手を選ぶのかな…。
果たして、三人の中で揺れ動くこの気持ちに、決着がつく日は来るのだろうか。




